第13話 辿り着いた答え
――――時は戻り、現在。
土手に腰を下ろしたまま、御影は長い過去話を語り終えた。
「これが、私がある人に言われた言葉です」
御影は少し照れたように笑った。
「……って、すみません。偉そうに言いましたけど、これは私の持論というより、他の人からの受け売りですね」
「そう……だな」
太陽は、どう反応すればいいのか分からず、曖昧に頷いた。
無理もない。
御影の話に出てきた彼女を励まし、陸上を続けるきっかけを作ったという少年。
それは、御影の隣に座っている太陽本人なのだから。
「あの時、その人に言われた時は、本当に痛いことを言う人だなって思いました」
御影は言葉ではそう言うが、嬉しそうに目を細める。
「でも、後になって考えてみると、確かにそうだなって。忘れるんじゃなくて、その苦しみを抱えたまま前に足を踏み出すことが、本当に成長するってことなんだって」
御影は晴れ晴れとした笑みを浮かばせ。
「あの人のおかげで気づかされたんです。本当に、あの人には感謝しています」
「……そうか」
多分、御影は気づいていない。
自分の言う「あの人」が、今まさに隣にいる太陽だということに。
それほどの影響を与えた相手なら、顔や特徴くらい覚えていそうなものだ。
けれど、当時の太陽は黒髪で、どこにでもいるような地味な男子中学生だったが今は金髪にピアス。一見すれば軽薄なチャラ男に見える。
外見があまりにも変わりすぎている。
それに、あの時の御影は泣き腫らした顔で、まともに太陽の顔を見ていなかったのかもしれない。
何より、太陽はあの時、御影に名前を名乗っていない。
だから御影の中で、太陽は今も名前のない「あの人」のままなのだろう。
「……それで。それを俺に話して、俺をどう説得したいんだ?」
御影が2年前に出会った晴峰御影だと分かった。
けれど、だからといって、過去の太陽が言った言葉を、現在の太陽にぶつけてくる意味までは分からない。
御影は、少し考えるように目を伏せた。
「私の場合の挫折は、今まで負けたことがなかった陸上で初めて負けたことでした。古坂さんの悩みは恋愛、それも失恋です」
「……全然違うだろ」
「そう思うかもしれません」
御影は肯定するが、直ぐに首を横に振る。
「でも、私はそうは思いません」
「……なんでだ?」
「そもそも挫折の形は、人それぞれです。けれど、苦しみの根っこは案外似ていると思うんです」
御影は、自分の胸元にそっと手を当てた。
「あの時こうしていればよかった。もっとこうしていればよかった。もっと早く気づいていればよかった。後悔とは、そういう所から来る苦しみです」
「……」
太陽は顔を顰めた。
光に振られた時、太陽も何度も思った。
もっと自分に魅力があれば。
もっと光の心を引き止められる男だったなら。
もっと早く、何かに気づけていたなら。
唇を噛み千切りそうになるほど、何度も後悔した。
だからこそ、その苦しみから逃れるために、太陽は過去の自分を消そうとした。
黒かった髪を金に染めた、怖くて無理だと思っていたピアスを開けた。
性格も陽気で、軽くて、誰にでも愛想を振りまくピエロを演じた。
「確かに、大好きだった相手に振られたのは辛いと思います」
御影は、慎重に言葉を選ぶように続ける。
「心にできた傷は、私には計り知れないものかもしれません。けれど、古坂さんは過去の失恋をきっかけに、今の容姿へ変えたと言っていましたよね」
「ああ」
「それは、過去の自分を忘れたかったからですよね?」
「……まあ、な」
太陽は、歯切れ悪く答えることしかできなかった。
「あの人はあの言葉に救われました」
御影の瞳に、静かな熱が宿る。
「自分の実力を過信して、敗北して、自暴自棄になっていた私に、あの人は立ち上がる言葉をくれた。だから私は、今でも陸上を辞めずにいられます」
御影は、迷いのない声で言った。
「昔の敗北を思い出しては、自分を奮い立たせてきました。これまで精進してこられたのは、あの時の悔しさを忘れなかったからです」
そして、彼女は拳を握る。
「全ては、私が初めて強敵だと認めた人――渡口光さんと、もう一度戦うために」
太陽は御影に打ち明けないといけないことが2つある。
1つは、御影を励ました「あの人」が、自分だということ。
御影の中でどれだけ美化されているかは分からないが、太陽自身に、そこまで立派なことを言った自覚はない。
そして、もう1つ。
御影が再戦を望んでいる光は、過酷な練習の末に足を壊し、陸上を引退しているということ。本当なら、教えるべきなのかもしれない。
本当は言うべきだった。真実を知ることは早いにこしたことがない。
けれど、言えなかった。
光との再戦を信じてここまで走ってきた御影に、「その相手はもう走れない」などと告げる勇気が、太陽にはなかった。
「……言えるわけねえよな」
ぽつりと、太陽の口から言葉がこぼれる。
(そもそも、俺とあいつはもう終わってる。俺が原因とはいえ、こいつらの陸上での因縁に、俺が口を挟むことじゃねえ)
無責任だと思いながらも太陽は口をそっと閉じる。
「古坂さん、古坂さん!」
「……ん?」
御影に呼ばれ、太陽ははっと顔を上げる。
いつの間にか、御影が太陽の前に身を乗り出し、顔を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか? なんだか、すごく難しい顔をしていましたけど……」
「ああ、悪い。少し考え事してた」
「本当ですか……? 私が癪に障るような事を言って立腹したんじゃ……」
泣きそうになる御影に太陽はイヤイヤと手を振り。
「言ってない言ってない。お前の言葉は、すごく助かってるから。そんな悲観的になるなよ」
「そ、そうですか……?」
太陽がフォローすると、御影はほっと胸を撫で下ろした。
その様子を見て、太陽は少しだけ面を喰らう。
初めて会った時の御影は、もっと刺々しかった。
敗北の直後で、涙を堪え、怒りと悔しさで全身を震わせていた。
だが、今の御影には、あの頃のような危うさはない。
たぶん、あの日から彼女は本当に前へ進んできたのだろう。
「お前は、本当にすごいな……」
「へ?」
御影はきょとんとする。
「私は全然すごくないですよ。今でも、あの時負けた悔しさで枕を濡らす時があるくらいですから」
けれど、と御影は言葉を続ける。
「そう感じるたびに思うんです。私、陸上を続けてよかった、って」
御影は照れ臭そうに頬を掻き、真っすぐ太陽を見つめる。
「忘れることは、諦めること。捨てることは、何も持っていなかった自分に戻ること……。そうなれば、これまでの自分を否定することになるんです」
「これまでの自分を、否定する……か」
「はい」
御影は強く頷いた。
「今、どんなに辛い思いをしていたとしても、過去に好きだった気持ちは嘘でないはずです」
その言葉に、太陽の胸が小さく跳ねた。
「私も大会に負けて、陸上を辞めようとした時、正直、陸上を嫌いになりかけたこともあります。でも、少なくとも、陸上に取り組んでいた時の私は、陸上が大好きでした」
御影は太陽を見る。
「古坂さんも、そうですよね? 彼女さんのこと、好きだったはずです」
「俺、は……」
急に投げられ言葉を詰まらす太陽だが、過去の日々を思い返す。
「(確かに俺は、今でこそ光の事が嫌いだが……。あの、卒業式の日までは俺は、あいつの事が大好きだった……)」
太陽と光は幼い頃から同じ時を兄妹の様に過ごしてきた。
中学の頃に太陽が光に告白をして、友達以上恋人未満の曖昧な関係から一歩踏み出し二人は付き合いだした。
そして、そのまま高校、大学をずっと付き合い続け、就職をした後に結婚して。
質素でも平凡でも、妻になった彼女と助け合いながら愛を育み。
子供が生まれ、子供の成長を二人で見守り、子供が大人になって、孫もできて。
年老いても、ずっと一緒に居たかった。
気持ちが悪いと揶揄されるかもしれないが、将来の幸せなビジョンを脳で描くほどに、太陽は光の事が好きだった。
だが、卒業式での出来事が全ての歯車を壊し瓦解させた。
「今がどうであれ、過去の事実は消せない……」
太陽は小さく笑い。
「俺は……昔の俺は、あいつのことが好きだった」
それは、偽りのない想いだった。
太陽のその告白に、御影はどこか安心したように頷いた。
「ですよね。相手の事が好きでもないのに付き合うなんてありえません。そんなことをする人は、誰かの気持ちを利用する最低な人か、詐欺師くらいです」
「もしかしたら俺がその最低な奴か詐欺師かもよ?」
自嘲気味に言うが、御影は首を横に振り。
「古坂さんは、そんな人には見えません」
「……なにを根拠に言ってるんだ?」
太陽は、自分の金髪を指でつまむ。
「自分で言うのもなんだが、俺の格好、かなり胡散臭いチャラ男だと思うんだが」
純日本人の男子高校生が金髪にピアスをしていれば、普通は警戒される。
だが御影は、不思議そうに首を傾げた。
「なんででしょうか……。私自身があまり人を見た目で判断しないのもですが、古坂さんと初めて会った時も、正直、怖いとは全く思いませんでした」
御影は太陽の外見をマジマジと見つめ。
「むしろ、ああーこの人は無理に着飾っているのかなって。高校デビュー的な、少し痛い感じに見えました」
「ぐっ……中々言うな、平然と人の心を抉りやがる……」
御影は至って悪気はないのだろう。
良くも悪くも御影は純真で思った事を口にするタイプかもしれない。
だが、的確に急所を射抜いてくる観察眼に、太陽は頭を抱えて蹲った。
「どうせ俺は痛い中途半端な高校デビュー野郎だよ……。入学当初も散々笑われたしな……」
「ああーっ! また良かれと思って言った言葉で傷つけてしまいました!」
御影は慌てて両手を振る。
「違うんです! そういう意味ではなくてですね!」
「じゃあ、どういう意味だよ……」
「えっと……その……なんででしょう?」
「知らねえよ!? なんで傷ついた本人に聞くんだよ!」
太陽が突っ込むと、御影はしゅんと肩を落とした。
だが、すぐに何か思いついたように人差し指を立てる。
「そうです! 私が言いたいのは、古坂さんは見た目通りではなく、すごく話しやすい方だということです!」
「…………本当か?」
「本当です!」
御影は必死に弁明する様に何度も強く頷く。
「私はこう見えても、人を見る目は良い方です。ですから、古坂さんが見た目通りの、女性を騙して泣かせるような人には見えませんでした」
「……褒めてるのか、それ」
「褒めていますよ……多分!」
「そこは自信を持って言えよ!」
太陽は疑わしげな目を向けるが、御影は少しだけ視線を逸らし、それから小さく笑った。
「でも、本当に不思議なんです」
「何がだよ」
「最初に古坂さんを見た時、初対面のはずなのに、すごく話しやすかったんですよね」
御影は一歩太陽に近づき、太陽の顔を下から覗き込む。
「私は先ほど、古坂さんと初めて会ったと言いました。でも、話していく内に、どこかで会ったことがあるんじゃないかって思ってしまうですよね」
実際の所は中学の頃に一度対面している。
ただ、現在の太陽の外見が大きく変わっているため、過去の数分程度の認識から合致はしなくてもしかたない。
太陽は、その事実を告げなかった。
彼女の中で、あの時の自分がどれほど美化されているのかは分からない。
けれど、過去の自分を救ってくれた少年が、今では元カノに振られて捻くれた男になっているなんて知ったら、失望するかもしれない。
それでも、太陽は御影に聞きたい事があった。
「……一つ聞いてもいいか?」
「え、あ、はい。私でお答えできるものなら」
太陽は言葉を選んで御影に尋ねる。
「お前は、昔に会った、お前を励ましてくれた奴に、再会したいと思ってるのか?」
御影は最初、質問の意味が分からなかったように目を瞬かせた。
だが、すぐに理解したのか、少しだけ遠い目をする。
「そうですね……。正直に言えば、会いたいとは思っています」
御影は土手から見える街を見つめる。
「この街に渡口光さんがいるのでしたら、彼もこの街にいる可能性は高いですし」
「なら、探したら会えるかもしれないな」
「そうかもしれませんね」
御影は小さく頷く。
しかし、御影はなぜか苦笑を浮かばせる。
「ですが、正直、会うのは少し怖いです」
「……どうしてだ?」
ある意味、恩人のような相手だ。会いたいと思うのは分かる。
だが、怖いという感情は太陽には少し意外だった。
御影は瞼を伏せ、自嘲気味に笑う。
「私は、最低な女かもしれません―――相手には最愛の恋人がいると分かっていたのに……私は、その人に惹かれてしまったのかもしれないですから」
その告白に、太陽の心臓がどきりと跳ねた。
だがそれは、恋や照れではなく、驚きに近かった。
「好きになったって……お前はそいつと一度しか会ったことがないんだろ? 一目惚れか?」
「それとは違うと思います。初めて彼を見た時は、特に何とも思いませんでした」
御影は静かに首を横に振る。
「でも、彼と話しているうちに分かったんです。彼は、他人のことをまるで自分のことのように考えられる優しい人なんだって」
御影はまるで過去の太陽を思い出すかの様に目を細める。
「私は、そんな彼の恋人である渡口光さんが、羨ましいと思ってしまいました」
御影は笑う。
だが、それは少しだけ寂しそうな笑顔だった。
「だから、今でも彼女と仲良くしている彼を見ると、少し辛いと思ってしまうんです」
太陽は、昔の記憶を思い返す。
確かに御影は、去り際に光を羨ましいと言っていた。
好きだからこそ、他の女性と仲良くする姿を見たくない。
その嫉妬に似た感情を、御影は抱えているのだろう。
「お前は、その優しさに惹かれたってことか?」
「そう……なるんでしょうか」
御影は困ったように笑う。
「女性は、弱っている時に優しくしてくれた男性に惹かれることがあると聞きます。私も、例に漏れずそうだったのかもしれませんね」
「そんな単純な……」
「単純でいいんです。恋に複雑な理由付けは必要ですか?」
「……ないな」
ですよね、と御影は笑って返す。
多少呆れはあるが、過去の自分を好いてくれているかもしれないという事実に、少しだけこそばゆさも感じていた。
「……もし仮にだけどさ」
太陽は、ちらりと御影を見る。
「お前が気になってるその男が、今は彼女に振られてフリーだったら……お前はどうするんだ?」
「どうする、と言われましても……」
唐突な質問に御影は困ったように首を傾げる。
「そんなこと、考えたことがありません。あんな優しい彼が、彼女さんに振られることなんてあるんでしょうか?」
「……知らねえよ」
今の「知らねえよ」は、そいつのことを知らないから何も言えない、という意味での返しだった。
心の中では、
「その彼は、彼女に振られているんだよ。しかも今、お前の目の前にいる」
と呟いていた。
御影は太陽の心情など知る由もなく、真剣に考え込む。
「もし、彼が今フリーだったら……やっぱり分かりません。でも、できれば仲良くなりたいとは思います」
「仲良くって、アタックとかしないのか?」
自分自身のことを聞いているようで、太陽は少し気恥ずかしくなる。
御影は穏やかに微笑んだ。
「お互いに何も知らないのに、いきなりアタックはできませんよ。まずは、ちゃんと互いを知ってからです」
「……案外、奥手なんだな」
「そういうわけでもありません」
御影は少しだけ照れたように視線を逸らす。
「まあ、恋愛経験が皆無に近いからというのもありますが……恋のピストルが鳴ったら、私は全力で走りますよ―――全力疾走は、私の得意分野ですから!」
「……」
太陽は何を言えばいいのか、しばらく沈黙する。
正直かなり痛い台詞だった。
だが、御影の衒いのない笑顔を見ていると、不思議と笑う気にはなれなかった。
太陽の脳裏に、過去の御影の笑顔が重なる。
(こいつは、あの悔しさを乗り越えたんだな)
そのきっかけを作ったのが自分だというのだから、人生は本当に何が起こるか分からない、しかし。
(なのに、その言った本人の俺は、まだ立ち直れてない)
あんな偉そうなことを言った本人が、今も光との失恋を乗り越えられずにいる。
「だっせぇな……俺」
無意識に呟いてから、太陽ははっとした。
横を見ると、御影が怪訝そうな顔で太陽を見ていた。
「……なんだよ」
「いえ……少し、デジャヴと言いますか」
御影はじっと太陽を見る。
「今の古坂さんが、彼に少し似ていた気がして」
「っ!」
別に、隠し通せるとは思っていない。最後までそうつもりも毛頭ない。
いつか、あの少年の正体が自分だと知られる時が来るかもしれない。
けれど、今はまだ、自分を、あの頃の自分と結びつけられたくなかった。
「そ、そういえば俺、そろそろ帰らねえと!」
「…………え?」
狂乱したかのような急な言動に御影は一拍遅れる。
「悪いな。つまらない相談に付き合わせた。今度どこかで会ったら、何か礼するわ」
じゃあな、と逃げるように土手の坂を上ろうとした、その時。
「待ってください!」
背後から声が飛んだ。
(もしかして……バレたか……!?)
冷や汗を流しながら振り返る。
だが、御影が太陽に向けていたのは、疑いの目ではなく、笑顔だった。
「正直、私は初めて来る土地で不安でした」
御影は自身の胸を握りしめ。
「この土地に馴染めるのか。友達はできるのか。ありふれた悩みかもしれませんが、少し心配していたんです」
そう言って、御影は太陽を見上げる。
「でも、今日、古坂さんと出会えて、その不安が少し消えました。ありがとうございます。そして……これからも、友達としてよろしくお願いいたします」
友達の定義は曖昧で、誰かが線引きするものではない。
気づけば、いつの間にかそうなっているものなのかもしれない。
形式上、太陽と御影は今日出会ったばかりだ。
けれど、この土手で交わした会話は、2人を少しだけ近づけた。
「ああ。これからよろしくな、晴峰。お前がどの学校に転校したのかは知らねえけど、同じ学校ならいいな」
「あっ。でしたら、私が転校する学校は――」
御影が言いかけたところで、太陽は人差し指を立てて制止した。
「それは、休み明けのお楽しみってことで。川辺で出会った相手が、偶然同じ学校に転校してくる。なんかフィクション漫画みたいで面白くねえか?」
得意げに言う太陽を、御影はきょとんと見上げた。
だが、すぐに小さく吹き出す。
「確かに……それは少し面白いですね」
「だろ?」
ぷくくと笑う御影は、目尻の涙を指で拭き。
「分かりました。古坂さんと同じ学校かどうか、休み明けを楽しみにしています。もし一緒の学校でしたら、学校案内をよろしくお願いしますね」
「もちろんいいぜ。学校の隅から隅まで案内してやる」
太陽は手を振りながら今度こそ、その場を立ち去ろうとした。
「待ってください!」
「……今度はなんだよ」
またしても呼び止められ、太陽は振り返る。
御影は少しだけ真面目な顔になっていた。
「先ほどの話の結論を、言い忘れていました」
「結論?」
首を傾げる太陽。
御影は二、三度深呼吸をし、真っ直ぐな瞳で太陽を見上げる。
「どんなに辛い想いをしても、過去は変えられません。時間も戻りません。でも、強く想っていたことまで嘘にはならないんです」
御影は自身の手を見つめる。
「苦しかったことも、悔しかったことも、全部あって今の私がいます。だから、忘れるなんて勿体ないと思います」
その表情に過去に負けて泣いた表情はなかった。
「忘れるんじゃなくて、その辛さ以上に楽しい思い出を作ればいいんです。そのためなら、私はどんな努力も惜しみません―――」
御影は自身の胸に手をそっと添える。
「―――それが、私が辿り着いた答えです」
そこにいたのは、悔しさを乗り越えて立つ、笑顔の少女だった。




