23.
特別顧問としての初仕事を終えた数日後。王都の片隅にある、魔導士や犯罪者が収容される特殊監獄の面会室に、ミコトの姿があった。
その背後には、当然のように「護衛」という名の影と化したレオンが、一歩も引かずに控えている。
鉄格子の向こう側に現れたのは、かつての華やかな神殿の法衣を剥ぎ取られ、灰色の囚人服を纏ったセシルだった。
顔の半分を覆っていた黒いアザは、ミコトの「お返し」によって一度は消えたものの、今の彼からは、生気を吸い取られたような、どす黒い灰色のオーラが立ち上っている。
「……何の用だ。私を、嘲笑いに来たのか?」
セシルの声は枯れ、かつての傲慢な響きは微塵も残っていない。
「嘲笑うほど暇じゃないわよ。……ただ、あなたのオーラが、この街の結界を内側から腐らせているのが視えたから。……セシル様、あなた。自分が何を抱え込んでいるのか、本当にわかっていないのね」
ミコトが冷ややかに指摘すると、セシルはガタガタと震え出した。
「わかっている……わかっているさ! あの禁忌の魔法を使った日から、暗闇の中で誰かが囁くのだ! 『すべてを壊せ』『お前を捨てた世界を焼き尽くせ』とな……!」
「それは、あなたが呼び出した怨念の『残り滓』じゃないわ。……セシル様、あなた。追放する前から、神殿の地下に眠る『古い闇』と契約していたでしょう?」
ミコトの言葉に、セシルは目を見開いたまま固まった。
「……何のことだ」
「しらばくれても無駄よ。あなたの心臓の奥に、真っ黒な『種』が埋まっている。神殿が私を追放したのは、私の魔力がないからじゃない。……私の『視る目』が、神殿が隠し持っていたその『闇の力』を暴いてしまうのが怖かったからよ」
ミコトが核心を突くと、面会室の温度が急激に下がった。セシルの影が、意志を持っているかのように床でうねり始める。
「――っ、下がれ、ミコト!」
レオンが瞬時にミコトを抱き寄せ、腰の剣を半分だけ抜いた。その切っ先から放たれる神聖な威圧感が、うねる影を壁際へと押し戻す。
「レオンさん、大丈夫。……セシル様、最後の忠告よ。その『種』を自分から手放しなさい。今ならまだ、人間としてやり直せるわ。……でも、これ以上その闇に栄養を与え続けたら、あなたは本当に……」
「黙れ! 黙れ黙れ! 私は選ばれたのだ! 無能な貴様とは違う、真の力を授かったのだ!」
セシルは狂ったように笑い出し、影の中に沈んでいった。
「……。……残念ね。あそこまで根が深いと、私の塩でも、もう届かないわ」
ミコトは溜息をつき、レオンと共に監獄を後にした。
外の新鮮な空気を吸い込みながら、レオンはミコトの肩に手を置き、その表情を覗き込む。
「……ミコト。やはり、神殿の腐敗はセシル一人で終わる問題ではないようだ。……あなたが追放された本当の理由がそこにあるのなら、私は騎士団の全戦力を持って、その闇を暴き出す」
「レオンさん……。ありがとう。……でも、まずは私の店で、温かいお茶でも飲みましょう。……なんだか、今日はすごく冷えるわ」
「ああ。……あなたを二度と、あのような暗がりに近づけはしない」
レオンのオーラは、ミコトへの保護欲でかつてないほど濃く、深いピンク色に染まっていた。
セシルの背後に潜む「神殿の闇」。
それは、特別顧問となったミコトと、彼女を溺愛する騎士団長が避けては通れない、次なる戦いの幕開けでもあった。




