22.
レオンが「仕事の効率化」という名目で、鑑定室の隅に特設の執務机を(勝手に)新調した日のこと。
カランカラン、と鈴が鳴り、店のドアが遠慮がちに開いた。入ってきたのは、先日騎士団本部でミコトの「講義」を受けた新人騎士の三人組。彼らは店に一歩踏み出すなり、隅で書類を捲るレオンの姿を見つけて直立不動になった。
「「「し、失礼しますッ!!」」」
「あら、先日の新人さんたちね。いらっしゃい。……レオンさん、あなたがそんなに睨むから、彼らが石像みたいになってるじゃない」
ミコトは呆れ顔でレオンを窘め、三人に椅子を勧めた。彼らは震える手で、小さな袋を差し出す。
「あの……顧問! 講義の後、肩が驚くほど軽くなりまして! これは、その……同期のみんなで出し合った、お礼のクッキーです!」
「まあ、ありがとう。……でも、相談はそれだけじゃないわね? あなたたちのオーラ、なんだかソワソワして、お尻に火がついてるみたいだわ」
ミコトが水晶玉を覗き込むと、三人は顔を見合わせ、声を潜めて切り出した。
「実は……講義の後から、宿舎の廊下で『銀色の亡霊』が猛スピードで走り抜けるという噂が広まりまして。みんな、団長のしごきが霊的な呪いになったんじゃないかって、夜も眠れないんです」
その瞬間、隅っこでペンを走らせていたレオンの手が止まった。彼の背後から、どす黒い「威圧感」が漏れ出す。
「……私の訓練が、呪いだと? 誰だ、そんな根も葉もないことを言っているのは」
「ひっ、だ、団長! 申し訳ありません!」
ミコトは溜息をつき、レオンの前に立って彼の視線を遮った。
「レオンさん、座ってて。……いいですか、皆さん。それは亡霊じゃなくて、単なる『集団心理の残像』よ。あなたたちが毎日、レオンさんの高速移動や厳しい訓練を意識しすぎているせいで、空間にそのイメージが焼き付いちゃったのね」
ミコトはルルに命じて、レオンが持ってきた「白銀の岩塩」を一掴み持たせた。
「これを宿舎の四隅に置きなさい。それと、寝る前に『団長はただの人間、怖くない』って三回唱えること。いいわね?」
「ただの人間……怖くない……。はい! やってみます!」
新人が少し安心した顔を見せたその時、レオンが静かに立ち上がり、彼らの背後に立った。
「……今の言葉、聞き捨てならんな。私が『怖くない』だと? 明日の朝は、その亡霊とやらを追い越すほどの速度で、外周を百周ほど走ってもらおうか」
「「「ぎゃあああああ!!」」」
悲鳴を上げて逃げ出していく新人たち。
それを見送って、ミコトは腰に手を当ててレオンを睨みつけた。
「レオンさん。……あなた、自分の評判を自分で下げてどうするんですか。これじゃ、私がどれだけお清めしても追いつかないわ」
「……ふん。彼らが私のことをそれほど熱心に考えているのなら、それはそれで教育の成果だ。……それより、ミコト。あのような若造からもらったクッキーより、私が用意したこちらを食べなさい」
レオンは対抗するように、どこからともなく高級な果物タルトを取り出した。
ミコトは彼の「負けず嫌い」なオーラに苦笑しながら、結局、新人からのクッキーとレオンのタルトを並べてお茶会を始めることになった。
「……全く。特別顧問の仕事って、騎士団の霊障解決じゃなくて、あなたの性格の矯正なんじゃないかしら」
「……それで構わん。私の魂を導けるのは、世界であなた一人だけなのだから」
「……、……っ。もう、そういう恥ずかしいことを真顔で言うのはやめなさいってば!」
占いの館は、今日も騎士団の騒動と、レオンの重すぎる愛で賑やかだった。




