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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
15/22

そうして彼女は粘土を捏ねる 4

 もう人形の完成は目の前で、色を付けたらキリエに贈ることができる。その事実は、メユ病院へ向かう足取りを軽くさせ、いつもの公園の噴水の前でニトを待つ時間を心地よいものにしてくれた。

 近くのベンチに座って噴水で水浴びを楽しむ小鳥たちを眺めてニトのことを待っていると、待ち合わせの時間のほんのちょっと前にニトが走ってやってきた。

「ごめんね、待った?」

「ううん。私も今来たところだから、全然待ってないよ」

 謝るニトに首を振ると、安堵したかのようにニトは胸を撫でおろした。でも、いつもは時間に余裕を持ってやってくる彼が、時間ギリギリにやってくるのはちょっぴり珍しい。

 試しに理由を訊ねてみると、ニトは少しだけ嬉しそうな表情を見せて手に持った荷物を私に差し出した。受け取ってみると、中からは何やら食欲をそそる様な香ばしい香りがする。被せてある布を少しだけ

 ずらして中を覗いてみると、中から美味しそうなキツネ色の菓子パンたちが顔を覗かせた。

「どうしたの、これ?」

「来る途中で売っていたんだ。美味しそうだったから買って来た」

 皆で一緒に食べよう、とニトは笑みを作る。

 それは名案だ、良いところもあるじゃない。

 そうニトを肘で押すと、彼もまた気恥ずかしそうに笑いながら肘で押し返してきた。私達は互いにグイグイと押し合ってしばらくじゃれ合う。そうやって暫く戯れた後は、どちらともなく病院への道のりを歩き始めた。

 病院への道は通いなれたもので、もう目を瞑って歩いても行けるほどだ。

 でも、通りを歩く時の穏やかな陽射しと吹き込む爽やかな春風は肌に心地よくて、路地に咲いた花達は日によって表情を変えるので飽きさせることはない。

 私が自分を持ち始めてから色んな街を見た訳ではないけれど、それでも、私はこの街が好きだと自信を持って言える。それはニトも同じだったようで、彼もまたこの街が好きだと言ってくれた。

 そんな他愛のない話をしたり、ちょっと季節の花に誘われて道草をくったりしている内に、キリエの居る病院へと辿り着いた。

 受付に行くと、すっかり顔馴染みになってしまった看護師さんが私達の受付を済ませてくれた、

「こんにちは、キリエ。来たよ!」

「あ、二人とも来てくれたんだ。いつもありがとうね」

「姉ちゃんも今日は調子が良さそうで何よりだよ」

 ノックしてキリエの居る病室の扉を開けると、キリエは丁度何か書き物をしていたらしく起きていてくれた。今日は随分と調子が良いらしく、私達のことを穏やかな笑顔で迎えてくれる。最近は何かと調子が悪い事も多かったので、私も安心しながら椅子に腰を掛ける。

「キリエは身体が弱いんだから、あんまり無理はしないでね?」

「心配してくれてありがとう、メユ。でも、私は大丈夫よ? 最近、ちょっと夜更かししてしまっているだけだから」

「そうなの? それだけなら良いけど……」

 キリエは何かと無理をしがちなので、ちょっとだけ心配だ。視線を移すとニトも同じ気持ちだったらしく、その表情はキリエが最近眠れていないのではないかと心配していた。

「本当に大丈夫だから。最近、ちょっと夜に書き物をしていただけなの」

「……うん、分かった」

 そこまで言うのなら大丈夫なのだろう。キリエだって自分の身体のことは良く知っているはずだ。

念のために「でも、これ以上は夜更かししないように」とだけ釘を刺しておくと、彼女は苦笑いを浮かべながら頷いてくれた。

「それにしても、キリエは何を書いていたの?」

「私が書いていたもの…… 知りたいのかしら?」

 私達が来るまでキリエが何かを一生懸命書きつけていたノートを指さしながら訊ねると、彼女は悪戯っぽく笑いながら問いかけてきた。

 いつもはお淑やかなキリエがそんな表情をするのは珍しい。ちょっとだけワクワクしながら頷いて言葉の続きを待つと、彼女はますます嬉しそうな表情を浮かべた。

「ふふ、”今は”教えてあげないわ」

「え⁉ なんでぇ? 教えてよぉ」

 てっきり教えてもらえると思っていたので、焦らされるなんて考えもしなかった。

 私は思わず彼女の腕を掴んで抗議の声をあげる。キリエは私のそんな抗議を相変わらずの嬉しそうな笑顔で受け止めながら、私に身を任せてきた。

「ごめんなさい、今は教えられないわ。でも、代わりに、一段落着いたら二人には必ず教えてあげる」

「本当? 一段落着いたら教えてくれるって、ちゃんと約束してくれる?」

「本当に、本当よ。メユも楽しみにして待っていてね?」

 なんだかズルいような気がして唇を尖らせるけれど、キリエがそういうのなら仕方がない。私は素直に諦めることにする。

「それじゃあさ、そろそろ皆でパンでも食べない?」

「あぁ、なんだかさっきから美味しそうな香りがすると思っていたのだけれど、それだったのね?」

「うん。途中で美味しそうな菓子パンが売っていたから、御土産に買って来たんだ」

 姉ちゃんが喜ぶと思って、とニトが言いながら手に持ったバスケットを差し出すとキリエは手を合わせて喜んだ。

「私から選んで良いのかしら?」

「うん、姉ちゃんのために買ってきたからね。姉ちゃんから選んで」

「そう…… それなら、遠慮なく選ばせてもらうわね? ありがとう、ニト」

 心底嬉しそうな表情でバスケットを受け取り、中のパンを覗いてちょっと迷った表情を浮かべるキリエの姿を見て、私もついつい頬が緩んでしまう。さんざん迷ってから、キリエは豆を甘く煮たペースト入りのパンを選んだ。

「ほら、メユも見ていないで早く選んでよ」

「私? 先にニトがパンを選ばなくて良いの?」

「いつも人形作りを手伝ってくれているお礼。こういう時くらいは格好つけさせてよ」

「そういうことなら遠慮なく」

 私も遠慮なくパンを選ばせてもらうことにする。


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