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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
14/22

そうして彼女は粘土を捏ねる 3

「楽しみにしていてね? 絶対、キリエが喜んでくれるようなのを作って見せるから」

 目を閉じるとそう言って笑うメユの姿が思い出されて、それだけで自然と頬が緩み胸の奥が温かくなる。

 病室の一角に据えられたベッドの上でキリエは身体を横たえながら毛布に顔を埋めて込み上げてくる笑いを堪える。

 メユが見せてくれた日の本の国の衣装で着飾った自身の自画像は、何度思い返しても笑みが浮かんでしまうくらい素敵なイラストだった。今は手元にないのが残念だけれど、イラストは彼女の資料なのだから仕方がない。

 ニトとメユが自分のために手間暇を掛けて、イラストを今まさに人形として起こしてくれているのだ。これ以上の何かを望んだら、それこそ罰が当たるというものである。

「いつできるのかしら…… ふふ、楽しみだわ……」

 あの日にイラストを持ってきてくれて以来、メユとニトは作業の合間を縫っては病室を訪れては人形制作の進捗状況を教えてくれる。その進捗に耳を傾けては、期待に胸を膨らませるのがキリエの日課になっていた。

 怖くて不安になるぐらい幸せで、何もできずにただただ吉報を待つ時間を、人々は幸福と呼ぶのだろう。そういう意味では、私は今まさに幸福の渦中に居た。

 でも、と思う。

 そんな幸福な時間を享受しながら、自身の中で燻ぶるような感情が芽生えているのもまた事実だった。

 初めは何かの気の迷いかとも思っていた。あまりにも自分が世間一般で言う幸福とは程遠い生活をしてきた故の違和感のようなものである、そう楽観視していたのだ。しかし、そんな楽観とは裏腹に、幸せになればなるほど、幸福であることを実感すればするほど、不満の芽が育っていったのである。

 これには、流石の私も戸惑いを隠すことができなかった。

 親友と弟がわざわざ自分のために人形を作ってくれる。そんな身に余るほどの幸福に、一体何の不満があるというのだ。

「あら、ベッドの上に大きな芋虫が寝っ転がっているわ?」

 毛布に顔を埋めてモゾモゾとしていると、唐突に声が掛けられた。思わず小さな悲鳴をあげてしまう。慌てて、顔を上げて病室の扉の方を見遣ると美しい銀色の髪をした給仕服に身を包んだ女性が立っていた。

 いや、より正確に言うのであれば人間ではない。関節の各所には人間では絶対にありえないはずの球体が嵌っている。

 そう…… メユと同じ球体関節人形だ。

「ノーラさん!」

「お邪魔しているわね、キリエ。身体の調子は如何かしら?」

 私が「とってもいいよ」と応えると、ノーラさんは嬉しそうな微笑を浮かべて病室の中に入ってきて、「それは良かった」と優しく頭を撫でてくれた。

 人の手とはちょっとだけ違う、固くて生き物の熱を感じない手の平。でも、その手の平は不思議な温もりと安らぎを与えてくれる。私はその手の平が大好きだった。

「それで…… どうして芋虫になんかなっていたの? 悩みでもあるの?」

 ノーラは椅子に腰を掛けながら問いかけてきて、私は少しだけ考えてしまう。これ以上心配は掛けたくないけれど、だからと言って私自身もこの悩みをいつまでも抱えて居たくはなかった。

 チラリとノーラの方を盗み見ると、銀糸の合間から心配そうな琥珀色の瞳が覗いていた。やっぱり彼女には隠せそうもない。もう既に心配されているのなら、と私は勇気を出して口に出してみる。

「実はね……」

 そう初めの一言を切り出してみると、胸の内に秘めていた言葉は次々と口を継いで出てきた。メユとニトが日の本の国の衣装に身を包んだ自分の絵を持ってきてくれて嬉しかったこと。その絵を元に人形を作ってくれると約束してくれてとても楽しみなこと。でも、どういうわけだか幸せだと思っているはずなのに自分は不満を感じていること。

 たどたどしい説明にもノーラは時折相槌を打ちながら、微笑みながら静かに私の話を聞いてくれた。

 その時間はとても心地よくて、ついついしゃべり過ぎてしまうくらいだった、

「そう…… だから、キリエはモヤモヤしたものが溜まっているのね?」

「……うん」

「ふふ、良かった。キリエに不満があるなんて言うから、心配しちゃった」

 一通り喋り終わると、ノーラは確かめるように告げた。その言葉に頷くと、彼女はクスリと安堵したような笑みを漏らして「それなら力になれそうね」と言ってくれた。

 こちらとしては困っているので笑われることはちょっぴり不満だったけれど、でも、ノーラが悩みを解決するのに力になってくれるというのは心強かった。

「それで…… ノーラは、私の不満の原因が分かるの?」

「もちろん。キリエの悩みはとても自然で健全なものだから心配しなくても良い物です」

 本当に、と視線で問うとノーラは力強く頷いてくれた。

「その悩みはね、キリエがメユ達にお礼を返したいって気持ちが育っているからですよ」

「あっ……」

 そうだ。確かに私は二人にお礼がしたいのだ。

 言葉にしてみればひどく明瞭で、単純な問題だった。

 ノーラが告げると、私の中で胸につかえていた物がストンと落ちた気がして、目の前がパッと明るくなった気がした。

 ノーラの方を見遣ると私のそんな表情を見てクスクスと楽しそうに笑っていた。

「ねぇ、ノーラ。どうすれば、メユとニトは喜んでくれるかしら?」

「心配しなくてもキリエが喜んでくれれば、それだけで二人とも喜んでくれると思いますよ。彼女達はキリエに喜んで欲しくて作っているのですから。お礼の心配なんかしなくても、キリエの喜ぶ姿を見せてもらうのが二人にとって最大の報酬です」

「そうかなぁ……」

 確かに、ノーラの言う通りかもしれない。彼女達は一度たりともお礼を求めてなんかいなかった。ただ私に喜んで欲しいという思いだけで二人はここまでしてくれているのだ。なら、何かしようと思う方が野暮というものだ。

「……でも」

「それでも、キリエは二人にお礼がしたいんですよね」

「……っ!」

 やっぱりお礼がしたい、と言おうと思ったところでノーラに悪戯っぽい笑みで先回りされてしまう。ノーラはなんでもお見通しで私の心の中まで覗かれているようだ。なんだか頬が熱くなる気がした。

「どうすれば、二人は喜んでくれるかしら?」

 一日の大半をベッドの上に居る私には、できることは限られている。恥ずかしい事に返せる物が何もないのだ。

 それでも彼女達に何かを返したい。

 無理を承知で頼んでみると、ノーラは微笑みながら頷いてくれた。

「そうね、キリエにできること…… 二人で少し考えてみようかしら?」

「ありがとう、ノーラ」


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