そうして彼女は粘土を捏ねる
人形作りというのは複雑な作業で特殊な技術を持ったものしかできないように思われている節がある。しかし、その作業を極限まで噛み砕いて突き詰めれば、「粘土を捏ねて形を作る」という所まで辿り着く。
粘土を捏ねて人の形を作るなんてことは、誰もが子供の時に一度はやった事があるように、決して特別な物ではない。故に、技術によって出来不出来はあったとしても、人形作りという行為自体というのは極々ありきたりなものだ。
そう考えているせいか、クリエはメユに手を引かれて工房にやってきたものの、特にメユの手伝いをする訳でもなく自身の人形作りを進めていた。時折、彼女の手元を微笑交じりに眺めるだけで、メユの人形作りに敢えて口を出すことはしなかった。
あくまでも人形を作るのは彼女なのだ。
「むぅ…… なんだか上手く形が作れてない気がする……」
もっともメユの方はと言えば、迷いなく動いているクリエの手元の人形と自分の手元の人形を見比べて、眉間に皺を寄せながら粘土を弄んでいる。
やはり、手を動かさなければ進まないと分かっていても、なかなか手を動かせずにいた。
「ねぇ、クリエ。少しだけで良いんだけどさ。お願い、聞いてくれない?」
「どうしたの? 直接的な手伝い以外なら聞いてあげるよ」
「う……」
メユはいつもより少しだけ甘えた声を出してみるものの、クリエの柔らかな笑顔で釘を刺されてしまい、あえなく撃沈する。多少のお願いなら聞いてくれるクリエではあるが、妙に優し気な表情の時は絶対に手を貸してくれない。
「ケチんぼ……」
「あのね、贈り物はメユが作るから意味があるんだよ」
ささやかな抵抗とばかりにポツリと零すと、クリエは苦笑いを浮かべて答えた。
自分でも理不尽な言動であることは分かってはいるが、それでも口にせずにはいられなかったのだ。
そも、メユは決して不器用な方ではない。どちらかというと手先は器用な方だし、クリエの手伝いをしているお陰で、一から作ったことはないにしても大まかな人形の作り方は知っている。
人形技師としての腕だって見習い以上の腕前はあるだろう。
それでも、本職の人形技師が隣で人形を作っているのを見てしまうと、彼女はどうしても自分の作品が見劣りしてしまう気がするのだ。
もっとも…… 隣に居るのは世界でも最高峰の腕を持つ人形技師である。今回ばかりはどう考えても相手が悪い。
「クリエはさぁ…… 元から手先がすごく器用だったの?」
「まさか。どちらかというと不器用な方だったよ」
メユが自身の人形を指先でつっつきながら問うと、案の定、予想していた通りの答えが返ってきた。当然ではあるが楽な道などあるはずもなく、結局の所は地道に作業する以外に道は無いのだ。
「大丈夫、手を動かせば必ず成果は伴うよ。それが創作の良い所さ」
「……分かったよ。やってみる」
クリエの口から何度も繰り返された言葉に、少しだけ辟易しながらもメユは再び自分の人形と向き合う。
私では何年も人形作りを続けてきたクリエには敵わない。悔しいけれど、それが現実だ。でも、だからと言って人形作りを止める理由にはならないし、キリエに喜んで欲しいという気持ちだけなら、私だってクリエにも負けていない。
迷いながらも手を動かし始めると、視界の端ではクリエが柔らかく微笑んだのが見えた。
「そうそう。その調子。上手に作れているよ」
「本当に? お世辞じゃなくて?」
「もちろん。キリエを喜ばせてあげたいって気持ちが伝わってくるよ」
そう言ってもらえると私も嬉しい。そうすると、不思議と動かしている手にも少しずつ迷いがなくなってくる。
「メユ。正面だけじゃなくて、色んな角度から見て御覧。そうすると、どこを直せばよくなるのか自ずと分かってくるから」
「分かった。やってみる」
「イラストから立体にするときには、見えない部分があるからね。そこを補ってやると人形の表情が生き生きとしてくるよ」
クリエの助言を受けて、作っている人形を色んな角度から観察してみる。
イラストでは見えない所を想像し、人形の気持ちになって考える。
この格好なら、どこを見て欲しいか。どこが一番可愛く見えるだろう。その時には手と足はどこに置くのが一番自然だろうか……
人形が人形の気持ちを考えるというのもなんだか奇妙な話だけど、でも、私自身が人形なんだからクリエよりもずっと人形の気持ちに寄り添えるのも事実だ。おかげで順調に作業は進んだ。
「できた!」
既に組みあがっていた素体に衣装を纏わせ終えると、思わず声が漏れた。
どれくらい集中して作業していただろうか。気が付けば日は随分と傾いていたし、同じ姿勢を続けていたお陰で身体は凝り固まっていた。
「お疲れ様。どれどれ、できたやつを見せて?」
どうやら丁度クリエも作業がひと段落したところらしい。手に残った粘土を落としながら興味深そうに訊ねてくる。
はいどうぞ、とできた人形を差し出すとクリエは驚いたような表情を作り、それから目を細めた。
「うん、上手にできている。これならきっとキリエも喜んでくれるね」
「本当? それは良かった」
出来上がったのは日の本の国の伝統的な衣装を着た人形だ。表面の仕上げはまだしていないし色も付けてはいないのだけれど、人形の姿かたちは十分に分かる。
勿論、人形のモチーフはキリエである。
じっくりと出来上がった人形を眺めていたクリエは作品を机のうえに戻し、よく頑張ったねと私の頭に手を乗せた。
クリエに認めて貰えて安堵すると同時に、超一流の人形技師に自分の認めてもらえて嬉しくなる。この年になって頭を撫でられるのは少しだけこそばゆい気がしたけれど、それはそれで悪いものではなかった。
「ねぇ、クリエの作品も見せてよ」
「僕の作品を?」
私だけ作品を見せるのは不公平だ。クリエの作品も見せて貰わないと釣り合いが取れない。ちょっと駄々を捏ねてみると、クリエは少し困ったような表情を作った。どうやら、直前まで隠しておくつもりだったらしい。
「キリエには完成して渡すまでは内緒って約束してくれる?」
「もちろん!」
二つ返事で頷くと、クリエは仕方ないと観念したように人形を形作る部品を組み立て始めた。




