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人形店 ピノッキオドリーム  作者: 佐藤 敏夫
第一章 ピノッキオドリーム
11/22

そうして彼女は報告しに行った 4

「ただいまー」

「おかえり、メユ」

「おかえりなさい」

 ドアベルを鳴らしてピノッキオドリームへと帰ってくる。相変わらず店内は閑散としていたけれど、丁度クリエとノーラがお茶をしている所だった。どうやら、調律を終えた所らしく、リハビリがてら紅茶を淹れているところだった。

「メユも紅茶を飲みますか?」

「メユの好きなクッキーもあるよ」

「紅茶だけもらおうかな」

 そういって椅子を引いてテーブルに座ると、二人はちょっとだけ驚いた表情を作った。

「あれ、どうしたの? 珍しいね、紅茶だけなんて」

 クッキーは好きだ。ノーラの焼いたクッキーはサクサクとした食感がたまらないし、甘すぎない上品な甘さが俊逸だ。いつもなら喜んで貰うところだけど、今日は外で甘い物を食べて来たし、これ以上は甘い物の食べ過ぎになりそうなのでここはグッと我慢して遠慮しておく。

「どこかで甘い物を食べて来たんでしょう?」

「うん、まぁね」

 察しの良いノーラはすぐに私が外で甘味処に寄ってきたところを察したらしい。私は人形なので太るなんてことはないのだけれど、それでも体調に影響が出てくるのだ。

「あとでちゃんと歯磨きをしておくんだよ?」

「言われなくても分かっているよ、クリエ」

 当たり前のことを言うクリエの言葉に耳を傾けながら、ノーラは温めたカップに琥珀色の液体を注ぐ。そんなやりとりが少しだけ懐かしい。ノーラがネメシアに買われる前までは、ずっと私達の家はこんな感じだった。

 ノーラが紅茶を淹れてくれて、私がクッキーを食べているのを、クリエが頬杖を突きながらのんびりと眺めている。いつもは三人きりのお茶会なんだけれど、時々ピノッキオドリームにやってきてくれたお客さんが加わるのだ。

 今だったら、ニトがこの席に加わるのだろうか。

「……ねぇ、ノーラ」

「ん、なぁに?」

 僅かに首を傾げると彼女の銀糸を紡いだような髪がサラリと揺れた。

「本当に…… 本当に、帰ってきてくれないの?」

 無駄だと分かっていてもつい訊いてしまう。

「えぇ、私はもうネメシアの所有物ですから」

「そう…… だよね」

 困ったような笑顔を浮かべながらノーラは答えた。分かりきっていた答えではあったけれど、実際に返ってくるとやっぱりへこむ。

 もっとも、所有物でありながらこうして依然と殆ど変わらずに紅茶を一緒に飲めるのはある意味考え方によってはネメシアのお陰でもあるし、ノーラ自身もネメシアの元で不自由しているとか不満があるというのも聞いたことがない。

 軽薄そうに見えて、ネメシアは律儀な所があるし彼の元に居るのなら、そう悪いことにはならないだろう。

 それは…… 幸せってことなのかな。

 そうしたら、私がこれ以上一緒に居たいと思うことは私の我儘なのだろうか。二人の間に私が入る余地なんかなくて、それどころか邪魔にしかならない。

 そう考えると、私がキリエに人形を贈りたいと考えるのだって、もしかしたら、私やニトの自己満足なのかもしれない。本当は嬉しくもない物を無理に悦ばせているようで負担になってしまっているのではないだろうか。

「…………」

 黙ってカップに満たされている琥珀色の液体を見つめていると、横に居たノーラがクスクスと笑い声を漏らした。

「メユ、我儘を言ってもらえるというのも…… 意外に悪くないものですよ?」

「え?」

 知らない内に、考えが漏れていたのかと思って彼女の方へと視線を移すと、彼女は「ピノッキオドリームの看板娘がそんな俯いた顔をしていれば誰でも分かりますよ」と穏やかに笑った。

 要は、分かりやすく表情に出ていたという事だろう。単純と言われているようで、なんだか子供扱いされているような気分にもなるので、ちょっとだけ嫌な感じだ。

 おまけに、いつもは人に迷惑を掛けないように、て言っている。自分の言葉に責任を持つようにって言っているのに、その言葉には一貫性の欠片もない。

「はははっ、それもそうだね」

 矛盾を指摘すると楽しそうにクリエは笑い、紅茶に口を付けて喉を湿らせるとゆっくりと言葉を紡いだ。

「でもね、メユ。我儘を通すのと、人に迷惑を掛けるっていうのは似ているけれど違うんだよ」

 クリエがゆっくり、言葉を選ぶように何かを言うときは、とても大事なことを言うときだ。

「我儘と人に迷惑を掛けることは…… 違う?」

「そう。似ているけれど、違うんだ」

 言葉を反芻するように繰り返すと、クリエはゆっくりと頷いた。言葉の意味を考えてみる。こういうときのクリエは焦らせずに待っていてくれる代わりに、決して答えを教えてくれることはない。それはノーラも同じで、二人はどんな形であれ、自分で物を考えて答えを出すことを良しとしているからだ。

「……分かんない」

 我儘を言ったら言われた人は困ってしまう。困ってしまうというのは、それは人に迷惑が掛かってしまうという事ではないだろうか。

 素直に心情を告げると、私のことを労うようにノーラの手が頭の上に乗せられた。

「今はそれで構いませんよ、メユ。貴女にも分かる時が必ず来ます」

 チラリとクリエの方を見ると、クリエも微笑を浮かべてノーラの言葉を肯定していた。

「さて…… 調律も終えたことですし、そろそろ私もお暇させて頂きましょうか」

 見送りは不要ですよ、と告げてノーラは立ち上がる。

「あのさ、ノーラ」

「どうしたの、メユ」

 思わず呼び止めると、ノーラは玄関のドアノブに手を掛けたまま振り返った。

 言って良いのだろうか。少し躊躇ったけれど、彼女の優しそうな表情を見てすぐに考えを改める。分からないことは、分からないままにしておかない。

「私さ…… ノーラに、また家に…… ピノッキオドリームに帰ってきて欲しいってずっと思っていて、良いの?」

 拒絶されたらどうしようとも思ったけれど、勇気を振り絞って訊いてみる。

 すると、一瞬だけノーラは驚いたように目を瞬かせたけれど、すぐにその表情は綻んだ。

「えぇ、その方が私も嬉しいです」

 それだけ言い残すと、ノーラは「それじゃ、また来るから」と店を後にした。

 ノーラの返事はたった一言だったけど、その一言を聞いた途端に目の前がパッと明るくなって胸の奥が温かくなったような気がした。

 飛び跳ねて喜びたい衝動を堪えていると、ポンっと肩にクリエの手が置かれた。なんだろうと思ってクリエの方を見上げると、丁度、私のことを見下ろしているクリエの柔らかな瞳と目があった。

「それじゃ、キリエのための人形作りでもしようか」

「うん」

 今の私ならクリエの言葉にも躊躇うことなく頷くことができた。

 急いでテーブルの上の紅茶を片付けて、クリエの手を引いて工房の方へと向かった。



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