そうして彼女は報告しに行った 3
メユは病室を出た後、ピノッキオドリームへの帰り道を急ぐ。特段帰り道を急ぐ理由などなかったのだが、キリエの「楽しみにしている」という言葉が、自ずとメユの足取りを軽くさせた。
通りをスキップしながら歩いていると、前方に店先で店員と話をしている髪の毛を金色に染めた軽薄そうな人影が目に入った。
「よぅ、メユ」
脇道に逸れてやり過ごそうかとも思ったが、男はそれよりも僅かにはやくこちらの存在に気付き片手を挙げた。あんなに親しそうに挨拶をされてしまっては無視するわけにもいかない。私も渋々ながら手を挙げて応える。
「元気にしていたか?」
「ネメシアが声を掛けてくるまではね」
「お、ってことは今まで元気だったんだな。上々、上々」
「……はぁ」
「どうした?」
「なんでもない」
嫌味を言ったはずなのに、ネメシアはそれだけ元気なら上出来だと嬉しそうな表情を浮かべる。それが上面の言葉なら私も難癖つけてやることもできるのだけれど、心の底からそう思っているので、嫌うに嫌えない。
正直に言うと、ネメシアがもっと嫌な奴だったら良かったと思うことがままある。そうすれば、私は心置きなくノーラを買った彼のことを恨むことができるのに。
そんな思いを込めてため息を吐くと、ネメシアは心配そうな表情で私の顔を覗き込んだ。
「ところで、メユは甘い物は好きか?」
「突然なに?」
「ちょっと甘味の開拓でもしようかと思ってね」
どうやら男一人で甘味処に入るのは少し気が引けるので、どうやら私に一緒に来て欲しいということらしい。
甘味は好きだ。クッキーは好きだし、キャンディーも好き。チョコレートも大好きだ。一緒に行くのがネメシアということに思う所がないわけではないけれど、お菓子に罪はないし、甘未を御馳走してもらえるというのなら断る理由はない。
「仕方ないから付き合ってあげる」
「それは助かる」
甘味を御馳走してもらったら、すぐに帰ってキリエのための人形を作り始めよう。そう胸中で心に決めつつ、ネメシアの後ろをくっついていく。
「ここ?」
「男が一人で食うには、ちょっとばっかり、勇気が要るものでね」
「ふーん」
人通りの激しい石畳の中央通りを歩くこと数分。やってきたのは、最近は若い女の子の間で有名になっているという近くのクレープ屋だった。確かに男の人が一人で食べにくるには少しばかり勇気が要る店だろう。
「好きなものを選んでくれ」
「なんでも良いの?」
「もちろん、なんでも」
「焦がしイチゴ・ミックスベリーバニラアイスチーズケーキブリュレください!」
「迷わず一番高いのを選びやがったな、こいつ」
迷わず店員に注文すると、隣で「少しは遠慮しろよ」という怨嗟の声が聞こえた気がした。
でも、直前で「なんでも良い?」ときちんと確認したし、御馳走してくれると言ったのはネメシアの方だ。私は何も悪くない。
「じゃあ、俺はチョコクレープを」
ネメシアが財布を取り出しながら自分の分を注文すると、店員は愛想よく注文を復唱してテキパキと用意し始める。やがて、クレープが出来上がると、代金と引き換えにそれを受け取った。
受け取ったクレープはずっしりと重く、トッピングに添えられた焦がしたイチゴからは香ばしくて甘い香りがして食欲をそそる。
店先に備え付けられた椅子に座り、口を大きく開けてクレープにかぶりつく。
チョコレートの濃厚な甘みとベリーの適度な酸味がほどよく混ざり合い、それをアイスが包み込み絶妙なハーモニーを作り出している。
クリエはお菓子を買ってきてくれることはあるけれど、どうにも買ってくるお菓子に偏りがあるのだ。世情に疎いからお菓子を食べに行こうなんて言ってくれることはないし、こんなに凝ったお菓子なんて頂き物でもらった時くらいしか口にしない。
だから、とっても新鮮でおいしい。
「お気に召したようでなにより」
「ん」
舌鼓を打っていると、ネメシアは笑いながらそう言った。
「……んぐ」
「良かったら、こっちも食うか? 口付けてねぇから」
「ううん、要らない」
「あ、そう? あんまり美味しそうに食べるんで、遠慮しなくても良いんだぜ?」
ノーラみたいに親しい人がくれたらちょっと考えるけれど。流石に私も人のクレープを貰ってまで食べるほど卑しん坊ではない。
最後の一口を口の中に放り込んで残った紙で指先を拭くと、ようやくネメシアがチョコクレープを食べ始めるところだった。
ついついクレープを堪能してしまったけれど…… そもそも、このクレープ屋さんはネメシアが食べたいって言ってきたのではなかっただろうか。
「ん? ……あぁ、そうだっけ?」
「そうだよ…… で、本当は何が目的なの?」
ネメシアは手にしたチョコクレープを齧りながらすっとぼける。
まさか本当にクレープを食べたかっただけ、とは言うまい。世の中にはタダより高いものは無いというし、私だって奢られて「はい、さようなら」というほど、察しは悪くない。
クレープ代くらいは付き合ってあげよう。
「いや、大したことじゃないよ」
「なに?」
「少しお前と二人で話がしたかっただけ」
お前さん、俺の事を嫌っているから話なんかしてくれないだろう? そういってネメシアは小さく笑った。当たり前だ。大事なお姉ちゃんのことを買っていった人間を好きになることなんてできやしない。
私が頷くと、彼もまた乾いた笑い声を漏らした。
もしも、お金に物を言わせて自分勝手なことをする嫌な奴だったら恨むこともできるだろうし、ノーラも嫌々買われたのなら蹴飛ばすこともできるだろう。
でも、違うのだ。
ネメシアは良い物を良い物と認めた上で欲しい物を欲しいと言って正々堂々求めるし、ノーラもそれが分かったから自分から買って欲しいと願い、クリエもそれなら幸せになれると思ったから手放した。
それは分かっている。
なら、私は…… ノーラを姉と慕っていた気持ちはどこに向ければ良いのだろう。
「……ネメシアが嫌な奴だったら良かった」
「それじゃあ、ノーラが不幸になっちまうだろうが」
「止めて、触んないで」
ぐしゃぐしゃとネメシアの手が私の頭を撫でる。
気安く頭を撫でて欲しくない。頭を振って抵抗すると、ネメシアはケラケラと楽しそうに笑いながら、手を引っ込めた。少なくとも、そういうデリカシーのないところは嫌いだ。ノーラにもそういうことをやっていないか不安になる。
まぁ…… あくまでも私のことを子供扱いしているから頭を撫でるのだろうけど。
「………さて、行くか。今日はありがとうな、メユ」
「あ、ちょっと…… ネメシア!」
いつの間にかチョコクレープを食べ終えていたネメシアが立ち上がって帰ろうとする。
あまりに自然な動作だったので思わず彼のことを呼び止める。
クレープのお礼を言おうと思ったけれど、やっぱり私の喉は彼に「ありがとう」という言葉を言うのを拒否してしまい、所在なく周囲を見渡すことしかできなかった。
「どうした?」
足を止めた彼は振り返り、首を傾げる。
「その…… この間、勧めてくれた粘土…… 使いやすかった」
結局、出てきたのはそんな言葉。素直にお礼を言う事ができない私が、今は少しだけ恥ずかしかった。
でも……
「……おう」
ネメシアは嬉しそうに笑って。そんな風に応えてくれた。




