6. 犯人に家の場所を教えたのは、まさかの……
ウルフはスマートフォンの画面をテーブルに置いた。
「おばあさんの投稿を見てくれ」
そこには、庭で育てた花の写真が映っていた。
『今日は庭のバラがきれいに咲きました。春が来ましたねえ』
「これがどうしたんだい?」
「窓に注目してくれ」
赤ずきんが画面を拡大した。
窓ガラスに、ぼんやりと周囲の景色が映っている。
向かいの建物。
特徴的な屋根。
道路の曲がり方。
そして、遠くに見える看板。
「……あ」
赤ずきんの表情が変わった。
「これ、家の近所の景色じゃん」
「そうだ」
ウルフは次の画像を開いた。
今度は、おばあちゃんが作った夕食の写真。
『今日は肉じゃが。ちょっと作りすぎちゃいました』
その背景にも窓が映っている。
さらに別の投稿。
『今日は雨がすごいですねえ』
窓の外には、近くの川と道路が写っていた。
「……おばあちゃん」
「なんだい?」
「写真、何も考えずに投稿してた?」
「そうだよ。きれいな景色だったからねえ」
「……」
赤ずきんは両手で顔を覆った。
「いやあああああああ!!」
「な、なんだい!?」
「おばあちゃん! SNSって日記帳じゃないの! 全世界に公開される可能性があるんだよ!?」
「でも、知らない人から『いい景色ですね』ってコメントをもらったよ?」
「そこじゃないの!!」
赤ずきんはテーブルを叩いた。
「いい景色ですね、の裏に『ここが自宅か……』って考える人がいたらどうするの!?」
「そんな人がいるのかい?」
「いるかもしれないから怖いんでしょ!!」
ウルフが静かにうなずいた。
「投稿をいくつも組み合わせれば、家の場所を推測できる場合がある。ひとつの写真だけならわからなく
ても、窓の景色や近所の看板、道路、投稿の時間帯が手がかりになる」
「……」
「それに、おばあさんは大雨の日にも投稿していた」
「雨の日?」
赤ずきんが聞き返す。
ウルフは、さらに別の投稿を開いた。
『川の水が増えてきました。大雨警報が出ているので、今日は家でおとなしくしています』
写真には、増水した川と、その近くの道路が写っていた。
「……あ」
赤ずきんが画面を見つめる。
「これ、警報が出てるときの投稿?」
「ああ。ほかにも、雨が強くなった時間や、家にいることがわかる投稿がいくつもあった」
ウルフは眉をひそめた。
「犯人がそれらを見ていたなら、家の位置だけじゃなく、おばあさんがいつ家にいるか、周辺がどんな状況かまで推測できた可能性がある」
「……つまり」
赤ずきんはゆっくり顔を上げた。
「おばあちゃんのSNSが、犯人にとっての無料情報サービスになってたってこと?」
「……そういう可能性はある」
「しかも本人は無料で情報を提供して、手作り肉じゃがの宣伝までしてたと」
「宣伝はしてないよ!」
「そこはどうでもいいの!!」
赤ずきんが絶叫した。
「もうやだ! なんでうちの家族、情報セキュリティ意識がこんなに壊滅的なの!? 私が配信で個人情報に気をつけてても、身内から位置情報が漏れてくるとか、どういう罠!?」
「赤ずきん、落ち着け」
「落ち着いていられる!? あたし、監禁されかけて、ストーカー狼に助けられて、今度はおばあちゃんのSNSが原因かもしれないって聞かされてるんだけど!?」
「……ごめんねえ」
おばあちゃんがしょんぼりした。
赤ずきんは一瞬、言葉を止めた。
「……いや、おばあちゃんを責めてるわけじゃないんだけど」
「うん」
「でも、危ないことは危ないって知ってほしいの」
「……そうだねえ」
おばあちゃんはスマートフォンを見つめた。
「きれいな景色を見せたかっただけなんだけどねえ」
その言葉に、赤ずきんは少しだけ表情を和らげた。
「……うん。それはわかるよ」
ウルフも静かにうなずいた。
「悪いのは、公開された情報を悪用して人を傷つける側だ。ただ、公開する情報を少し減らすだけでも、危険を減らせることはある」
「……」
「だから、今後は窓の景色や近所がわかる写真は控えたほうがいい。大雨のときも、場所がわかる写真やリアルタイムの行動は投稿しないほうが安全だ」
「……そうだねえ。気をつけるよ」
おばあちゃんは、スマートフォンをそっと伏せた。
そして。
「ところでウルフ」
「はい?」
「お前さん、どうしてそんなに詳しいんだい?」
「…………」
赤ずきんの顔が、ゆっくりとウルフへ向いた。
「……あ」
「……」
「そうだよね?」
「……」
「おばあちゃんのSNSを全部見てたんだよね?」
「……」
「投稿時間も、写真も、過去の記録も?」
「……はい」
「しかも、私のSNSも全部見てる?」
「……はい」
赤ずきんは深く息を吸った。
「……ねえ」
「はい」
「人の個人情報を悪用する犯人が最低なのは当然として」
「……はい」
「それを防ぐために、私たちのSNSを全部監視してるお前は何なの?」
「……見守りです」
「監視!!」
赤ずきんの声が家中に響いた。
「見守りって言えば何でも許されると思ってる!? 私が嫌がってるのに、勝手に投稿を全部チェックして、親族のアカウントまで調べて、それで『君を守るためだ』って、そんなの私にとっては怖いんだけど!?」
「……」
「私を大切に思うなら、私が嫌だって言ってることをやめてよ! こっちは安心してSNSを使いたいだけなの! なんで好きな人の存在がセキュリティアラートみたいになってるの!?」
「……すみません」
「謝ればいいと思ってる!?」
「……」
「いや、謝るのは大事だけど! でも謝っただけで解決したら警察いらないんだけど!?」
「……はい」
「はいじゃない!!」
おばあちゃんは、二人を交互に見た。
「……若い子は大変だねえ」
そして、焦げたマフィンをひとつ手に取った。
「まあまあ。お菓子でも食べて落ち着きなさい」
赤ずきんとウルフは、同時にマフィンを見た。
「「それは無理」」
声がきれいに重なった。




