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親友殺しのその後で

 シャワーの音と湯気がお風呂場を満たしている。


 タイルの上を流れるのはどす黒い赤。


 

「洗っても洗っても落ちる気がしないんだけど」

 

 髪の毛を泡のついた手でかき混ぜながら私は呟く。ちなみに髪にまとわるその泡は、元の白と赤が混ざって、可愛らしいパステルピンクになっていた。

 

 

「ってか、楓の遺言笑っちゃったよね」

 

 あれを遺言と言っていいのかは定かではないが。

 手足の骨ばっきばきで、腹から血だったらだらで、それをした相手に言うセリフが、

 

「『ありがとう樹ちゃんマジで最高』なんだもんなぁ」

 

 あいつマジでいかれてるよ。

 笑った頬に熱い雫が伝った。


 

『……ご主人』

「なに?」

 

 やけに暗いハクビの声が聞こえたので、シャワーを止める。

 熱い雫が頬を伝う。邪魔だったのですぐに拭った。


 

 

『泣いて、ないのか』

「え、なんで?」

 

 さっきとは全く違う驚きと呆れの混じった声のハクビにこっちがびっくりする。

 

 やっぱさ、シャワーは熱いのに限るよね。熱いのが顔を伝う時の開放感ったらないよ。

 

 あと個人的に霧状の細いやつよりも、ふっとい線でお湯が出てくるシャワーがいい。体を流れる雫を感じたい。


『お前、なにかおかしいぞ』

「なにが?」

 

 タイルの間に挟まっている血の塊を足で蹴る。じわっと溶けた赤はそのまま流れていく。

 

 

『仕方なかったこととはいえ、友人を殺した。なのに涙ひとつも流さないのか』

「だって、仕方なかったじゃん」


 

 ハクビが深刻そうに喋る理由がいまいちわからない。

 

「それにさ、今生の別ってわけでもなかった訳だし」

『だが、殺したんだぞ』

「だからわかってるって。でもハクビも聞いてたでしょ、クレープ食べてる時、楓が言ってたこと」

 

 確かに殺したが、会えるチャンスはまだ残っているのだ。それに、楓だって喜んで死んでいった。涙を流すなんて滅相もない。



 

「いったいなにを悲しんで泣けばいいの?」



 

 悲しくなければ涙は出ない。

 

 

「それにさ、おかしいのはハクビの方じゃない?」

 

 私は壁に欠けていたシャワーを手に取って床に向ける。

 

「殺すしか選択肢はないって言ったのはハクビなのに、どうしてそんな心配をするの?」

 

 私にはそれがわからない。選択肢がそれしかなかったんだから、仕方ないじゃない。

 

「こうしないと世界が崩壊しちゃうんでしょ?」

 

 そんで私も死ぬんでしょ?


 

『……お前は本当に、ご主人なのか?』

「なにその謎かけ」

 

 ハクビの言葉に思わず笑ってしまう。

 

 どういう意味だよそれ。生まれた時から私は私ですけど。


 

『ご主人』

「なによ」

 

 白い壁に飛んだ血がなかなか落ちなくてちょっとイライラする。


 

『俺と契約する以前に別の何かと契約をかわしたりしたか?』

「いや、してないけど」



 あの衝撃のカミングアウトの前までは私普通の女子高生だったからね? ラスボスどころか契約者になるとすら思ってなかったんだから。

 

 そう振り返ってみるとここ最近の私の人生怒号の展開すぎるな。方向転換がえげつねぇ。それもこれも全部楓のせい……ではないか。私の四肢奪い取ったやつのせいだわ。マジなんで消えたんだよ私の手足。

 

 行き場のない怒りを風呂の壁や床にぶちまけて、やっと綺麗になった事を確認し、風呂場から出る。もう夜も更けてきてるし、そろそろ寝なければ。

 

「とりあえず今後の方針として、契約者殺しは続行。それと同時に主人公の監視もしつつ、『朝比奈(あさひな)さん』を探せばいいって事だよね」

 

 やることがいきなり二つも増えたけど。まぁ殺しに比べば負担的には微々たるもんよ。

 

「明日からも頑張るぞー」


 

 

 てなわけで、おやすみ。




――――

 


 眠る気満々で目を閉じたはずなのに、なんだか違和感を感じて目を開ける。

 

 広がる波紋、永遠に続く漆黒。


 

「謎空間再来じゃん」


 

 呟いて後ろを振り向くと、ハクビがいた。相変わらずどこもかしこも真っ白で。黒い空間だからより白が際立って発光しているようにさえ見える。

 

「ここってなに? ハクビの秘密基地?」

「秘密……いや、そんな幼稚なものではないが」

「へぇ。ってか私寝たいんだけど、どうやったら戻れる?」

「安心しろ。体はちゃんと眠っている。ここに来ているのは魂だけだ」

「それ寝てるって言えるのか?」

 

 休んでる気がしないんだけど。

 

「で、まだなんか聞きたいことあんの?」

 

 シャワー浴びてる時からずっと質問攻めに会ってた訳だけど。まだ聞きたいことがあるのだろうか。

 

「いや、もう質問をするつもりはない。考えてもわからないことは考えないたちだからな」

「そう」

 

 生きやすそうでいいと思う。こっちも煩わしくないし。

 

「ただ、今後の予定について話したいことがあってな。呼びとめたんだがご主人が寝るのが早すぎて、仕方なく呼んだだけだ」

「疲れてるんだから仕方ないでしょ」

 

 今日はいつも以上に重労働だったんだから。

 それで、

 

「今後の予定って? 私が寝る前に呟いたやつじゃダメなの?」

「あぁ。一旦主人公の監視に集中するべきだと思ってな」

「つまり、契約者殺しを一旦ストップするってこと?」

「そうだ」

 

 うーん。私は別になんでもいいんだけど、


 

「理由は?」


 力を取り戻すため、契約種を早取り込む必要があるんじゃなかったっけ?

 

「ご主人の言う中ボスを早々に見つけられた時点で時間には大分余裕が生まれた。このまま無計画に殺しをしていれば契約者たちにすぐご主人のことを突き止められてしまうだろうから、慎重に進むべきだと思ってな」

「ばれたらなんかまずいの?」

 

 むしろ寄ってきてくれた方が楽なのでは?

 

「契約者にばれるのはそこまで不味くないが、主人公にばれることが不味いな。俺たちはまだ主人公が契約ている中ボスが誰か知らない。大きく動くのはその情報が取れてからの方がいいだろう」

「確かに」

 

 今一番警戒すべきは主人公だもんね。こっちが力取り戻す前に正体バレちゃって先制攻撃されたらたまらん。今まで割とあっさり殺せてたのはこっちにハクビというアドバンテージがあったから。ハクビと同じ中ボスも契約している主人公相手にはハクビはハンデにならない。

 

「じゃあ、明日からは主人公の監視と情報集め優先ね」

「ああ。俺の存在がばれないよう、主人公の近くでは表に出るのは控えたい。くれぐれもで危ないことを起こさないようにしてくれ」

「はーい」

 

 なんかハクビお父さんみたい。

 

 

「俺の用事はこれだけだ。呼び出して悪かったな」

「あ、ちょっと待って!」


 

 すっと意識にもやがかかったので私は急いで静止の声をかける。


 

「なんだ?」


 

 ハクビの声が少し遠く感じる。



 

「私のことさ、樹って呼んでくれない?」

 

「……、…」



 

 意識が遠くてハクビの姿が見えないから、どんな表情をしているのかがわからない。ただ、微かに息を呑んだような気配がした。

 

「なんとなく言う機会なかったから言ってなかったけど前々から思ってたんだよね。ご主人って呼ばれ方なんか慣れないしさ、唯一私の名前呼んでくれてた楓もいなくなっちゃって、なんか寂しいし」

 

 呼んでくれないと、なんか忘れちゃいそうなんだもん、自分の名前。


 それに私、自分の名前結構好きだし。

 

 

「だから樹って呼んでよ。契約上は主従関係かもしれないけど、私ハクビと仲良くしたいし」


 ってか楓いなくなって話し相手ハクビしかいなくなっちゃったから仲良くしてもらわないと困る。冷静に考えると、私今唯一の親友失ってぼっち状態なんだよな。

 

 言い終わると同時に意識がだんだん薄れる。ぐわんぐわんと耳の奥で空気の揺れる音が反響する。


 

 え、なに。返事は? ハクビ返事は?


 

 ダメだもう声すらでない。これは拒否か? 無言の拒絶か? 私と仲良くするのそんなに嫌だったのか??

 

 なんかすごい悲しい。泣きそう。

 ぐわんぐわんとうなる音。その音に紛れてなにかが聞こえた気がした。


 

 

「いつき」


 

 遠く小さく聞こえたそのひらがな発音に私は思わず笑みをこぼす。


 

 このツンデレめ。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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