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《幕間》

 赤桐家の葬儀は、あの惨状から3日後に行われた。

 

 黒いワンピース姿の女性や、スーツ姿の男性。そして同じ制服を着た学生などが多数集った。

 

 たくさんの花に包まれて笑う三人の写真。しかし、その下の棺の中にその体は入っていない。

 

 ハンカチを濁り締めて目元を拭う人や、人目をはばからず声を上げて泣く人、唇を噛み締めて俯く人などで部屋は溢れかえっていた。


 

 椿は部屋の隅で、そんな暗い空気を眺めていた。


 

 ――息子さんが独り残されたそうよ。

 ――高校生になったばっかりなんだろ。

 ――これから家族もなしで一人で生きていくなんて。

 ――可哀想に。


 

 絶えず聞こえる哀れみの声。それに耐えられなくなって、椿はそっと目を伏せた。

 

 警察は、部屋に残された血液量から生きている可能性は限りなくゼロに近いとし、殺人事件として捜査を進めている。死体が消えていることから、未登録契約種が絡んでいる可能性も高いと考え、《契約者組合》との共同作業で犯人を追い詰めるそうだ。

 

 椿は、自分が契約者になったことを誰にも伝えなかった。果たしてそれは、円滑に復讐を遂げるためか、罪の意識からか、本人にもそれはわからない。ただ、自分が家族の命と引き換えに力を手に入れたことを話すことはできなかった。


 

 

「これってさぁ、出棺すんの?」

「なに言ってるの。するでしょそりゃ」


 

 近くにいた制服姿のグループから、椿の耳に声が届いた。

 

「えぇ。火葬場連れてってもすることないだろ」

「あぁ、まあ確かに。死体は言ってねぇんだもんな」

「ていうか、殺されるってやばいよね。どんな恨み買ってたんだろ」

「赤桐の家族だろ? 八方美人が祟ったんじゃね?」


 

 くすくすと静かに広がる笑い声。

 

 何かを言い返すべきなのだろう。口を一度開くが、そこから言葉は出ず、椿はもう一度目を伏せた。


 

 

「……ねぇ」

 

 淀んだ空気に凛と響いた女の声。耳から頭を通ってすっと抜けていくような、爽やかな風のような、そんな声だ。

 

「なんの話をしてるの」

 

 まさしく威風堂々。ほんの少し圧を含んだその声に、気圧されたのか怖気付いたのか。はたまた冷静になったのか。罰の悪そうな顔で集団は部屋に散っていった。


 

「こんにちは、椿くん」

 

 

 目を引くような艶やかな銀髪。見るものの視線を吸い込むような黒い瞳。左目は髪で覆われて見えないが、それがまた神秘的な雰囲気を醸し出している。

 百七十センチ近くありそうな身長に、すらりと長い手足。背中まで伸びている髪の上半分を無造作に結った髪型はいつもと変わらない。

 

 

「樹さん」

 

 

 彼女は椿の姉、赤桐楓の一番の友人だった。

 

「うちの生徒多いね。私と違って楓は友達多かったからかな」

 

 悲しく暗く、淀んだこの部屋の中、樹だけはいつもと変わらず、綺麗に笑っていた。

 

 

「ていうか椿くん身長伸びた?」

「この前あったの5月ですよ。1ヶ月では伸びません」

「いやぁ、成長期の男子は侮れないぞ?」

 

 笑う樹につられて椿も少し笑う。

 

 先ほどまでの、哀れみや悪意のこもった声は聞こえなくなっていた。


 

 

「どこに行っちゃったんだろうね、楓」


 

 その代わりと言わんばかりに聞こえたのは、樹の寂しげな声。心なしか楓の音が震えていた。



 

「私さ、あの日一緒にクレープ食べたんだ。それでさ、楓が、椿は今日部活で帰ってくるの遅いから、リビング空いてるよ、ゴールデンウィークのお泊まりぶりだから、お父さんとお母さんも樹ちゃんに会いたがってるよ。家寄って行きなよって言ったんだよね」


 

 いつもはきはきと喋る樹にしては珍しく、途切れ途切れに聞こえる声。話すことがまとまらないのか、要領を得ない内容。

 

 それでも椿は、黙って耳を傾けた。


 

「私さ、次の日、小テストあるからって断って。だけど、やっぱり、行くべきだったよね。小テストなんてどうでもいいんだから、行っとけば、良かったなぁ」


 

 もはや椿に語っているのかもわからない。独り言のような、後悔のような、懺悔のようなそれを聞いて、椿は拳を握りしめた。


 

「ごめんね、椿くん」


 

 唐突な謝罪。咄嗟に反応できず、椿は固まった。

 

「私があの日、もう少し楓のこと引き止めてたら。もう少しクレープゆっくり食べてたら、楓は……」

 

 ぷつっとそこで切られた言葉。だが、その先に続く言葉は一つしかないだろう。


 

 ――楓は死ななかったかもしれない。


 

 そう、言いたいのだろうと理解して、椿は自身の手のひらに爪を食い込ませた。

 

「謝らないで、ください」

 

 光る彼女の髪の毛から目を逸らし、俯いて、やっと紡げた言葉。

 

 

「樹さんは悪くありませんから」

 

 

 樹は悪くない。


 

 悪いのは、たった二人。家族を殺そうとした誰か。

 そして、


 

「でも、楓どっか行っちゃってさ。私のこと嫌いになったんじゃないかなぁ」


 

 先ほどまでとは違う。明らかに震えた声。椿は、より強く拳を握り、より深く俯いた。

 

「姉が、樹さんのこと嫌いになるわけないですよ」


 

 合わせる顔がなかった。

 

 楓のことを本気で心配して、後悔して、謝罪までする樹に、椿は合わせる顔がなかった。


 

 樹は悪くない。


 

 悪いのは、たった二人。家族を殺そうとした誰か。

 

 そして、


 

「悪いのは、俺です」



 

 家族を殺した椿だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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