作戦立案
「ねぇ、なんかわかった?」
初夏の爽やかな風に揺れる背の低い緑と道の端にさららと浅く流れる細い用水路。それらを横目に私は木陰に腰を下ろす。
初夏とはいえども夏の端くれ。照りつける太陽の暑さは、風が運ぶ涼しさを上回っていた。
『あぁ。わかったぞ』
ばたぱたと顔に風を送る腕から、爽やかとは真逆の声が静かに覗いた。
『樹、お前は嘘が下手だ』
「うるさいなぁ」
思わずべしっと腕のシミを叩いた私は悪くない。
なんか『ご主人』呼びが消えたことで、高圧的な口調に拍車がかかってないか? めっちゃ馬鹿にされてる気がするんだけど。
『戻すか? 呼び方』
「いいよ今ので」
元々頼んだのは私だし。いくらなんでも『ご主人』は、ねぇ。私一般女子高生よ? そんな下僕みたいなの求めてないから。
『すでに六人殺しておいてまだ一般人を名乗るか』
「うるさい。あと、殺したのは三人だから」
赤桐一家は確かに命は奪ったけど殺してはないじゃん。トドメ刺したのは主人公でしょうよ。
「ってかあんたね、最近思考を読むのに邪念がなさすぎじゃない? この前まではそんなことなかったじゃん」
『前までは契約的にも、関係的にも主従関係にあったから自重していただけだ。だが今は互いを名前で呼んでいる。つまり関係上は対等になれたわけだ。そりゃ読めるものは読む』
「プライバシーの侵害」
コミュニケーションが円滑になったのはいいことかもしれんけどね。
「で、私じゃなくて、主人公のことでなんかわかったことあんの?」
『契約している中ボスが誰かと言うことについては何とも言えないな。ただ、あの様子を見るに契約していることは間違いないだろう』
「ま、死体が消えてる時点でそこはね」
察してましたよ。椿くんおとなしそうな雰囲気出しといて結構思い切りいいことするよなぁ。
『向こうも気配を隠している。普通に近づいてもこれ以上の情報は得られないな』
「だね。どうにかして中ボスを顕現させないと」
『だが、どうする? 警察にも組合にも報告せず隠しているとなると、自ら進んで顕現させることはないだろう』
「つまり、顕現させざるを得ない状況を作ってあげれば言い訳だ」
椿くんのことを思い出して考えよう。私と同じ県立名倉高校の一年生、男子、剣道部に所属。家族思いで、クールに見えて意外と熱い。友達のことも大切にしてるみたいで、逆に友人からも一目置かれてる……
考えれば考えるほど主人公だな椿くん。
「……あぁ、主人公か」
『何か思いついたのか?』
「うーん。いや、これ完全にメタ読みなんだけど」
『めた……?』
あ、出たよハクビのひらがな発音。胸抑えて悶える女はもういないけど。
「主人公なら友達のことは見捨てないでしょ」
てか友達見捨てる主人公とかこっちから願い下げだわ。共感できず、応援できない奴が主人公の物語とかあり得ないんだから。
「学校で椿くんのこと誰かに襲わせればいいんじゃない?」
このままでは友達に被害が及ぶので、必要に駆られた椿くんが中ボス顕現。同じ学校内にいる私とハクビでそれを目撃して、中ボスの能力を考察。
うん。我ながらいい思いつきだ。
『確かにいい考えではあるが、樹。誰にどう襲わせるんだ? 中ボスを顕現させねばならない状態を作るにはそこそこの強さの人間が必要だぞ』
「まぁ、そこらのチンピラが乗り込んでも先生たちで対処できるもんね」
隠してる力をひけらかすほどのピンチには陥らないだろうし。
「そこもちゃんと考えてるから安心してよ」
よいせっと私はおろしていた腰を上げる。木陰と風のおかげで汗ばんでいた肌もずいぶん乾いた。
「契約者にぶつけるんならやっぱ契約者でしょ」
『なるほど。組合を使うのか』
私の思考を読んだのか、それとも自身で思い当たったのか。どちらにせよハクビは、私のしたいことがわかったらしい。
「そういうこと。私は身バレするとまずいから、救援電話はハクビの声でお願いね」
『助けてと泣き叫べと? 俺が?』
「できない?」
『できるできないの話ではないだろう』
ハクビにも一端のプライドがあるらしい。少し渋っている声色だ。
「じゃあ他になんか案ある?」
『…………わかった』
少しの間の後、渋々といったふうにハクビが言った。このくらいは我慢してもらわないとね。私だってしたくもない殺し散々やってるんだから。
「襲わせるのは、契約すればいいよね」
『それも俺か?』
「当たり前でしょ」
『どうでもいい雑魚とは契約したくないんだが』
「文句言わない」
すでに契約してる契約種でも、契約者側の許可があれば多重契約ができたはずだ。
「決行は顔が見えにくい夜にしよう。どんな契約者が来てくれるかは運次第だけど、そこんとこの駆け引きはハクビがうまくやってよね」
『丸投げすぎないか』
「作戦立案は私。実行はハクビ。ずっとこれでやってきたでしょ」
『今まで殺した六人は作戦というほどのものはなかったと思うが』
「だから、殺したのは三人だって!」
『誤差だろう』
「誤差じゃない。倍だよ?」
『安心しろ。そのうち誤差になる』
安心できねぇよ。
「なんか悪に染まってきちゃってやだなぁ」
『急にどうした。さっきまで嬉々として心無い作戦を語っていたじゃないか』
「嬉々とはしてないから」
あと別に心なくはないでしょ。普通に誰でも思いつくレベルのシンプルな作戦でしょうよ。
『学校を襲わせて、知り合いが死んだらどうする』
「死なないでしょ」
『なぜそう言い切れる?』
「だって椿くん主人公だもん」
主人公補正で何とかなるっしょ。
『……はぁ』
小さくため息が聞こえたが、私は無視した。
まじで暑すぎ。早く家帰って制服脱ぎ捨てたい。




