《幕間》
「おい、どうなってるんだ」
机に報告書を叩きつけ、あらあらしく男がつぶやく。
「どうと言われても、これは事実ですから」
「だから、これが事実なことに憤ってんだろうが」
丁寧な口調で淡々と語る、長い黒髪をサイドテールにまとめた女を男が睨みつけた。
「一週間で3人殺されるなんて、前代未聞だぞ」
男が叩きつけた報告書にはこの一週間で死亡した契約者の詳細がつらなっている。
「ちなみに、全員同じ契約種、分類は悪魔ですね。それと契約をしていました」
「んなこと見ればわかるわ!」
「それは失礼」
さらに語気を強める男に対し、女は表情を変えぬまま謝罪の言葉を口にする。
「で、この悪魔と契約してんのは後何人いるんだよ」
「一人ですね」
「……まずいじゃねぇかよ」
「そうですね」
登録済みの契約種とは、契約者が確認できている悪魔のことを指す。
その契約種と契約している人間が一人もいなくなって仕舞えばその契約種は存在を感知できなくなり、再び未登録の契約種になってしまうこともある。
「契約者殺しの対応はうちの管轄です」
「あぁ」
「これ以上死ぬと上から文句を言われるのでは?」
「あぁ!」
そうだよと言わんばかりに声を張り上げる男。
「でもその上から何の情報も降りてこねぇじゃねぇか」
これじゃ対応のしょうがないだろうがと荒々しく呟く男に女はピシリと向き直る。
「そういうと思いまして、最後の一人を事情聴取のため呼び出しました」
パンパンと女が二度ほど手を叩く。
沈黙。
パンともう一度女が手を叩く。
沈黙。
女がもう一度手を……
「おい」
「はい」
男の声に女が答える。
「遊んでる場合じゃねんだぞ」
「失礼いたしました」
叩こうとしていた手を下ろし、女は自分で部屋の扉を開けた。
扉の外に立っていたのは10代くらいの若い少年。
「失礼します!」
一つお辞儀をして部屋に入った少年に、男は腕を組んで問いかけた。
「お前の契約種はなんか言ってんのか?」
ド直球の問いかけに少年はたじろぐことなく言い放った。
「いいえ何も」
はぁぁあああっと重たく長いため息が男の口から漏れる。
「ため息をつくと幸せが逃げますよ」
「じゃあお前が吸っとけ」
「了解しました」
ビシッと敬礼しつつとんでもない肺活量で息を吸い込み始めた女を一瞥し、男は低く呟いた。
「出せ」
「はい……?」
少年はその言葉の意味がわからず聞き返す。
「お前と契約してる悪魔出せ」
「え、あの」
「んだよ出来ねぇのか?」
もともと悪い目つきをより鋭くして少年を睨む男。少年は申し訳なさそうに眉を下げながら言う。
「自分、まだ新人なもので、事情が聞けるほど顕現させると制御できない可能性が……」
「それに関しては問題ありません」
息を吸いすぎてゴホゴホとむせながら女が告げた。
「あなたごとき私なら人差し指、これであれば息一つで済みます」
「そうだ。何も怖気付くことは……今これっつったか?」
ふっと女が顔を逸らして口を窄める。口笛のつもりだろうが音はなっていない。
「ッチ。……おい」
「はい」
「さっさとしろよ」
顎でさされて、少年はおずおずと頷く。
「で、では顕現させます」
「あぁ」
短い返答の後、少年は目を瞑り、何かを念じるように眉間に皺を寄せた。
さっと手をかざし、まだ言いなれぬ言葉を口にする。
「――顕」
ごうっとどこからともなく音が鳴り、少年の前方に黒いモヤが出現した。
『いきなりこんなところに呼び出すなんてなによクソガキ』
モヤから発せられているにしては可愛らしすぎて何やら違和感のある高い声。どうやら顕現は成功したらしい。
「てめぇに聞きたいことがあるんだが、いいか」
『はぁ? てめぇってなによ。礼儀くらい弁えなさいよね大人でしょ。……あら、でも大人の男の割には随分と可愛らしいサイズ感ね』
グシャァっと机の上の報告書が男によって潰された。ひぇっと少年は息を呑む。
「落ち着いてください深呼吸です。ひっひっふーですよ」
「黙ってろ殴るぞ」
「失礼しました黙ります」
口を引き結んで男の横にすっと直立した女。
男は一度息を吐いてから口を開いた。
「呼び出されたことに心当たりはあるんじゃねぇのか」
『さぁ。わたくしには何が何やらさっぱり』
ふぅぅううっと男が息を吐く。
そして、怒りを押し殺してから若干震えた声で悪魔に問うた。
「お前の契約者を殺した奴は誰だ」
その質問を聞いた途端、モヤがビクンと跳ねて、ふるふると震え出した。
『……なんのことかしら』
「しらこいてんじゃねぇぞ」
『しらないわ。勝手に死んだだけでしょう』
「一週間で三人、おんなじ悪魔の契約者が死ぬなんてあり得ねぇだろうが」
『だから、わたくしは知らないわよ』
「お前はあいつら殺したやつの顔を見てるはずだろ」
『知らないわ』
「だから、……」
『知らないって言ってるでしょう!』
甲高い声と共にモヤがまたごうっと音を立てて少し大きくなる。
あまりの叫び声に空気が震える。キーンと耳の奥に残る高い残響。一番間近で聞いていた少年は思わず耳を塞いだ。
その響きがまだおさまらないうちに、モヤは狂ったように叫び出す。
『わたくしは知らないわ! えぇ、何も知らないわ。だから何も言えないのよ。あんな、あんなののことは何も知らない。知ってはいけない。何も言ってはいけないのよ。触れてはいけないのよ。だって、そう、だってあんなもの。わたくしが語れる域を超えているもの。話してはいけないわ。だって、だって話したら……』
――――わたくしが殺されるもの!
支離滅裂。何を言っているのかまるでわからない。ただ恐怖の感情だけをのせたような声で、悲痛な叫びを最後に残し、モヤはその場からしゅん、と消えた。
まるでこれ以上問われるのを嫌うように、拒むように。跡形もなく、消えた。
ただ、その場に残った三人には先ほどの叫びが耳の奥にこびりついて消えない。
モヤがあった場所からしばらく視線を動かせず、沈黙があたりを包んだ。
「一体何が起こってんだよ……」
男の呟きに答えられるものはいなかった。




