バーサーカーになる理由
「ほんっとにごめん、楓」
私の誕生日当日。四肢を失い、そして謎の契約種と契約してから数時間。私は放課後、楓を空き教室に呼び出した。
「せっかく忠告してくれたのに……」
私が欲深い女だったせいで水の泡だ。
「樹ちゃん」
楓は俯いたまま。ぼそりと呼ばれた名前は
震えていた。
「……楓?」
なんだか体も震えている気がする。
怒られて罵られる覚悟はしていたが。まさか、そんな、怒りに震えるほどに爆発寸前なのだろうか。
出会ってから一度も怒ってるとこを見たことない温厚な楓がブチギレてるのか? これは、だいぶ、まずいかもしれない……。
「……あの、かえ」
「いま、樹ちゃんの中にはハクさまがいるってこと?!」
「は、ハクさま?」
かっと目をむいた楓に肩をがっちり掴まれて少し、いやだいぶたじろぐ。
「あぁ。そっかぁ。そうだよね。そうなるよね。」
「え、あの楓……おこってる?」
「全然全く? むしろ感動で震えてる」
「……なぜゆえ?」
ぶるぶると震えている楓をちょっと引いた目で見てしまう。
「だって! 最推しだよ!」
「お、おう」
叫んだ楓に私は頷く。それは前にも聞きましたが。
「通常の樹ちゃんももちろん好きだけど、やっぱりラスボス、バーサーカーモードの樹ちゃんも私は大好きなの!」
「バーサーカーモード……」
やめなさい。人を殺戮ロボットのように言うな。
まだ殺してないわ。まだ。
「でも、ラスボスって死んじゃうじゃない?」
「そうね」
物語の途中で出てくる敵は仲間になる可能性あるけど、ラスボスは九割九分九厘殺されますからね。
「推しが死ぬとか私耐えられないし。でもでも、だったら樹ちゃんがラスボスにならないほうがいいのかなって思って、でもやっぱりラスボスになった樹ちゃんも見たくって!」
熱弁する楓に、私は半歩体を引きつつなるほど、と思う。
「一週間前とかいう割とギリギリの段階で教えてきたのは、ずっと葛藤してたからか」
楓とは高一の時からクラス一緒で仲良いし、言う機会はいくらでもあったはずなのだ。
「あたり」
「やっぱね」
おかしいと思ってたんだよ。いきなりカミングアウトしてきたの。
「だから、結局私はどっちでも良かったの。樹ちゃんがラスボスになる選択をしたのなら、私は少しの間、それを間近で堪能させてもらうだけよ」
「いや、ラスボスになりたくて契約したわけではないんだけどね」
欲に負けただけなんだけどね?
「あ、でも樹ちゃんが死んじゃうのは嫌だからなんとか頑張って!」
「頑張るとは?」
「主人公殺そう!」
「殺すとか軽率に言わない」
てかそれでいいのか漫画読んでた身として。
「主人公死んだらバッドエンドだけど?」
「樹ちゃんが生きていればハッピーエンドですけど?」
あっけらかんと言い放った楓に、私はまた半歩身を引く。
なんか、薄々感じてたけど、こいつもしかして、
「結構なガチファン?」
「全然そんなことないよ」
爽やかに楓が笑う。
「確かに、風坂樹のグッズは限定ものも含めて全部揃えてたし、いろんなコラボ商品も全部買って、風坂樹が表紙になってた単行本は予備保存用含めて五冊は買ったけど。その程度でガチファンだなんておこがましいにもほどがあるから、全然そんなことないよ」
「ガチファンじゃねぇか」
稀に見るガチファンじゃん。愛が重たい。
「樹ちゃん」
「はい」
「風坂樹は、いいぞ」
「本人なんよ私」
肩に手を置いて親指を立てないでほしい。
あとフルネーム呼びもやめてほしい。なんか悪寒が走る。
「あー。にしてもやっぱり感動だなぁ。この両手足がハクさまだなんて」
「さっきから言ってるけどそのハクさまってなに」
まさかだけど、
「私が契約したアレのことじゃないよね?」
『アレとは。酷いことを言うな、ご主人?』
「はっ?」
突然鼓膜がビリビリと震えた。忘れるはずないあの低音。
楓も聞こえているのだろうかと顔を上げると、絶句していた。半開きの口と全開の瞳。つまり、これは楓にも聞こえている。
「どっから喋ってんの」
『どこから、と言うと難しいが、強いていえば腕からだな』
腕から低音ボイスがとびだすって、どんなびっくり人間だよ……。
「は、はははは、ハクさま……!」
楓は興奮しすぎてバグったスピーカーみたいになってるし。
「嘘……まじか! リアルハクさま……! 声が最強にいい!」
『……おい、ご主人』
はわぁ、と目を輝かせる楓と、どこか動揺したような、混乱したような低音ボイス。
『なんだこのガキ』
「私にもわからん」
親友だと思ってたんだけどちょっとわからなくなってきた。ただの私たちのガチファンかもしれない。
「で、あんた名前ハクって言うの?」
なんとなく声の出どころのように感じた右手を覗いてみる。手首のあたりに黒いモヤのようなシミが浮かび上がっていた。
『名前と言っていいのかはわからないが……ハクビ、と呼ばれていたな』
「あぁ。それでハクさまね」
謎が解けて軽く頷く私の腕を、楓がガッと掴んできた。
「樹ちゃん!」
「はい?」
「ありがとう! 私の生涯に悔いはないよ!」
「お、おう」
感動しすぎて涙すら流してるよこいつ。流石に半歩どころじゃなく二歩くらい引いた。
『それで、ガキ』
「っはい!」
ハクビに話しかけられて緊張でガチガチになっている楓。ロボットみたいでちょっと面白い。
『お前何者だ? なんで俺の呼び名を知っていた?』
「それは、私が転生者だからです」
「さらっと言ったな」
私の時は溜めに溜めて言ったくせに。
『転生者、か』
「ハクビ、転生者って言われてわかんの?」
服とか雰囲気的に結構長い間生きてきた感じあるけど。転生者とかいうそんな最先端のワードわかる?
『わかる。魂が時空を超えて他の体に移ったもののことだろう?』
「わかるんかい」
的確な説明どうも。
意外と若者文化に精通してるみたいねこのおじいちゃん。
『それが俺の呼び名を知っていることとどう関係あるんだ』
「それは、話すと長くなるんですけど……」
『簡潔に言え』
「この世界がバトル漫画の世界だからですね」
『……ばとるまんが』
可愛らしいひらがな発音が低音で響いた。
「かわっ……!」
私が可愛いと思ったわけだから、ガチファン…というか限界オタクの楓がそう思わないはずもなく。2文字ほど言葉を発して口を押さえてフリーズした。
『ばとるまんがとはなんだ?』
「転生者知ってんのにバトル漫画知らないの知識の偏りすごいな。って言うかとりあえずその発音やめてもらえる?」
視界の端で再び楓がダメージを受けていた。尊い、とかなんとか呟いてる。怖い。
「漫画ってのは物語のことで、えぇっとだから、つまり楓は、この世界が物語になってる世界から転生してきたってこと」
『なるほど。つまり未来、過去含めたこの世界のことを知っているというわけか』
「理解はやいね」
私と違って。私は動揺しすぎて今でもまだ実感湧いてないよ。
「あ、それでさ。私ハクビに聞きたいことあるんだけど」
昨日聞こうと思ったんだけど、気づいたらあの謎の空間にはいなくて、朝になっていた。
「私ハクビと契約することによってバーサーカーになるらしいんだけど原因知らない?」
『そのガキからの情報か?』
「そうだけど」
楓、ガキ呼ばわりに興奮して胸抑えるのやめてね。反応がガチすぎて怖いよ。
『原因ではないが、お前が人殺しになる理由ならわかるぞ』
「理由って?」
どんな理由があったとしても人を殺すのはダメでしょうよ。
『世界を救うためだ』
「……うん」
壮大なことになってきたぞ?
「もう少し詳しく説明してもらってもいい?」
『この世から契約種を消すんだ』
「よりわかんなくなったわ」
契約種を消す? そしたら世界が救われるの?
『ご主人だって知っているだろ。未登録の契約種が悪さばかりしているのを。契約種がいるから世界はこんなにも忙しなく、犯罪が横行している。だから俺達で契約者を殺し、契約種を消して、世界を救う』
淡々と紡がれたその言葉に、違和感を覚える。
契約種が起こす犯罪をなくすために契約種を消す? 世界を救う?
いやいや、あり得ないでしょ。
「ハクビ、嘘ついてるね」
『……嘘、というと?』
「本当の目的。世界を救うことじゃないでしょ」
そんな正義のヒーローみたいなこと私がするわけない。
『どうしてそう思う?』
「だって……」
だって。
「私ラスボスだし」
世界を救うラスボスとか聞いたことないでしょ。
『らすぼす……。あのガキの入れ知恵か』
知らない単語が出てきたことで楓の知識だと当たりをつけたらしい。その反応を見るに、やっぱり嘘だったんだなさっきの。
「ハクビ。ほんとのこと言って」
自分の腕を見下ろして言うと、ふっと空気が漏れる音がした。
『ご主人を騙そうとした俺が馬鹿だったな』
ぼそりとつぶやかれたその言葉の後に、ハクビは続けた。
『ご主人の言うとおり、確かにさっきのは本当の理由じゃない。でも全部まるっきり嘘ってわけでもないんだぞ? 本当の理由の副産物で、世界も救えるって話だ』
「それで、本当の理由は?」
『力を取り戻すためだ』
私の問いに、一泊おいてから告げられた言葉。
『契約種を取り込み、力を取り戻すためにご主人にはこれから、人を殺してもらう』
「……うん」
ラスボスっぽくなってきたねぇ?




