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返して欲しいな私の四肢を

 時刻は午前0時。私の誕生日当日。

 私の四肢は失われました。



「なんで?」


 思わず声が漏れる。ほんとになんで?


 あー。明日は誕生日。勝負の日だなぁ。登校中に事故に遭いたくないから学校サボろう。どうやって言い訳しようかなぁ、とか思いながら布団に入った直後だ。時計の長針と短針が重なったと同時に私の四肢はどこかへ消えた。


 なんで?


 血は出ていない。痛くもない。ただ何も感じない。

 さっきまであって、動かしていたはずのものがない。とてつもない違和感。そして混乱。


 私が何したっていうんだ神様。これじゃあもう歩くことも走ることもできない。お風呂もトイレも自分でできないし、好きな人ができても手を繋ぐことすらできない。


 だんだんと実感が追いついてきて、なんだか悲しくなってくる。


「返してよ。私の両手足……」


 誰にともなく呟いた。


『その願い、叶えてやろうか?』


 低く、圧のある、それでいて穏やかな声。

 はっとして視線を彷徨わせると頭上に黒い靄が浮かんでいるのを見つける。


「なに、誰?」

『まず俺の質問に答えろ。そのだるま姿のまま余生を過ごしたいのか?』


 偉そうな口調に、大した音量でもないのにビリビリと震える鼓膜。


 全身が感じてる。


 ぜっっったいにこいつが例の悪魔だ。

 こいつと契約することで私はバーサーカーになってしまうのだ。


 であれば私が取るべき最善の行動は、こいつを拒絶すること。そうすれば私は私のまま。ラスボスにならずに済む。


『俺と契約しろ』


 命令口調のその靄をきっと睨みつけて口を開く。

 最善はわかってる。わかっているのだ。


「……契約する」


 口からこぼれたのは、脳内で出した結論とは真逆のものだった。

 最善がわかっていても欲には勝てない。人間とはそういう生き物だ。

 ふっと靄が揺らいだ。


『いい選択だと思うぞ』


 瞬間、目の前が黒に染まった。


 もともと、部屋の電気を消していたからくらい場所だったのに。さっきまでが真昼かと思うような真っ黒の世界に視界が染まった。


「……う」


 いつの間にか思わず瞑っていた目を開く。


「なにここ」


 相変わらず真っ黒の世界。足元を見ると、自分の動きに合わせて波紋がぐわんと広がった。水の上なのだろうか。でも、足も、腕も体も、濡れたようには感じない。


「……ん?」


 足と腕?

 はっと気づいて自分の体を見下ろす。腕を視界に入れる。

 ある。四肢が、ある。


「契約は結ばれたぞ。ご主人」


 低い声が鼓膜を震わせた。視線を上げると濃い闇の中に人影がある。数歩歩いて近づくと、輪郭だけの存在だったものがより詳細に感じられるようになる。


 一色だけの地味な着物。座っているが随分背が高そうなことがわかる。顔の上半分が何やら薄い紙で隠れていて、唯一見える口元は引結ばれており、表情はわからない。

 そして何より目を引くのは長い髪。他の何色も含まず、ただひたすら白く艶やかなそれは襟足でまとめられて、細い尾のように背中を伝い、地面に円を書くように広がってている。


「あんたが、さっきの靄?」

「あぁ、そうだ」


 先ほどの靄の時よりもはっきりと声が聞こえた。


「契約は結ばれたって言ってたけど、契約内容は?」


 内容を聞く前に了承してしまった。四肢を生やしてくれている以上もう取り返しはつかないが、一応聞いておく。きっとこの契約内容が私がバーサーカーになる原因なのだろうから。


「そりゃ簡単なことだ。ご主人は代償を払った。代わりに俺はご主人の手足となった」

「え?」


 思わず自分の手足を見返す。


「これあんたなの?」

「現実ではそうだな。俺というより俺が形作って実態を持たせてやっていると言った方が正しいが」

「うん」


 なんかよくわからん。


「まぁ、手足の正体がなんだろうとそうして元に戻っているのだからいいじゃないか。そうだろう?」

「まぁ、確かにそれはそうだね」


 とりあえず、両手足が帰ってきたのは嬉しいことだ。

 帰ってきたって言うか、新しくなったって感じだけど。


「ところでご主人」

「はい?」

「手足を失った原因はわかっているのか」

「全くもってさっぱり」


 恐ろしいくらいに何も知らない。


「ていうか、さっきからその呼び方何?」


 ご主人って。口調も態度も上からなくせに呼び方だけ下からなの違和感すごい。


「ご主人はご主人だろう。俺とご主人は主従関係にあるからな」

「主従関係?」


 それはおかしな話だ。


「契約種と契約者は対等の関係のはずでしょ」


 言うと、そいつは、ハッと口から空気を吐いた。笑っているような、馬鹿にしているような音を漏らした後、


「俺をあいつら如きと一緒にしないでもらえるか」


 冷たく背中を這う低音でそう告げた。


「あんたは契約種じゃないの?」

「ちがうな」


 明らかに契約種を見下している馬鹿にしたような口調。

 でも、それならやはりおかしい。


「契約種より上位の存在なのに、主従関係を結んだのはどうして?」


 契約種と契約者は対等関係。口調からしてそれよりも上位のこいつであれば、主従関係を結ぶ必要などかけらもない。むしろ私があいつをご主人様と呼ぶような関係性になるくらいなのではないだろうか。


「簡単な話だろう」


 地面に広がる髪がふっと揺らいで波紋が広がった。


「お前は契約種より上位の俺が、従わなければならない存在。この世界で最上位の存在なのだからな」

「……わぁお」



 こりゃ私本気でラスボスっぽいな。

 

 

 

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