13:最果ての森
うつらうつらしていて、ふと目が覚めた。馬車の揺れがちょうど心地良く、今までの疲れもあって、寝てしまったらしい。今回の馬車はゆっくりと走っている。仄明るくなって来た車窓を、まだ寝ているルカスとキッポを起こさないように、曇っている窓を手で拭いて眺めてみた。
ごつごつした荒れ地だった。ところどころに針葉樹の森がある。家屋の姿はどこにも見られない。――ムリもないわね。こんなところで暮らすには、厳し過ぎるもの。しかも、もう少ししたら、この辺りは雪に覆われると言う。
「起きてたのか」
小声でルカスが、わたしの背中側から言った。
「ついさっき。キッポは?」
「さすがだよ。すうすう寝息を立ててる」
キッポを見た。前みたいにハルバードを杖にして、こっくりこっくりしてる。わたしは思った。こんなあどけないのに、わたしだったら逃げ出したくなるような、過酷な旅をしているんだもの。応援してあげたくなるのも、自然な感情だわ。
アルムテからさらに北方。小さな漁港があると言うことだった。最初、馬車乗り場で、
『北方へ行きたい』
と伝えたら、止めておいた方がいい、と反対された。これからどんどん寒くなる季節、行っても何も無いところだから、と。詳しい事情を話せないわたしたちは顔を見合わせたけど、横でしゃがみ込みながら煙管を吸っていた男が、
『これから漁港まで買い付けに行く。荷馬車と半分の馬車で乗り心地も保証出来ないが、それで良ければ、乗って行け。お代はいらない』
と、話を持ちかけてくれたのだった。わたしたちには、とても助かる申し出だった。まさかここで、『死を弄ぶ者たち』の話を出すわけにもいかなかったから。ありがたく、話に乗らせてもらうことにしたのだ。
「見て、ルカス。森が広がり始めたわ」
細く続く街道を覆うようにしている針葉樹の森に、馬車は入って行く。
「この森のどこかに、最果ての部落があるのかもしれねえな」
わたしはうなずいた。
「キッポに訊きたいけど……。起こしちゃかわいそうよね」
「持っているのは、オレたちよりずっと重たい目標。せめて夢の中ぐらい、幸せにさせてやりたいよ」
ルカスがしみじみと言った。――本当にそうね。キッポ。わたしとルカスは、いつでもあなたの味方だから。それだけは疑わないで。楽しい時も辛い時も。一緒に過して、乗り越えて行きましょ。
そんな思いが通じちゃったのか、キッポが目を覚ました。
「ゴメン。ボク、寝てた」
「オレたちもちょっと前まで寝てたよ。気にすんな」
そんなルカスのことばに、表情を和らげたキッポは、
「冷たい葉っぱの匂いがする。――そっか。もう森の中なんだ」
だいぶ明るくなって来た車窓を見て、つぶやいた。さすがタマゴでもドルイド。匂いで分かっちゃうのね。わたしも試しにちょっと、くんくんしてみた。――馬車の中の、すえたような空気しか分からない。
「あ。海が近いよ。潮の匂いがどんどん強くなって来た」
「てことは。目的地まであとわずか、か」
細い街道はふいに森から抜け、小さな集落につながっているようだ。波打ち際に苫屋がいくつか建てられている。独特の形をした漁船が、浜辺に係留されていた。ちょうど、漁から帰って来たところなのかもしれない。忙しく動く人々の姿がだんだん見えて来る。今朝は曇天。厚い雲が頭上に広がり始めている。そんな中で見るこの漁港は、とても小さく、寂しく見えた。
馬車はゆっくり浜沿いに進んで、漁港の入り口で止まった。煙管をくわえたままの男が、
「着いたぞ。どんな事情か知らねえが、森に用事があるんだろ? 危ねえって聞いてる。気を付けろよ」
ルカスが、
「ああ。助かった。礼を言うよ。用心しながら進むことにする」
わたしとキッポも礼を述べ、漁港に背を向けた。うっそうと続く森を見やる。ここが、最果ての森。――間違い無いわね。
「ここだよ。冷たく泣く声が聞こえる。『怖い。助けて』って言ってる。森が悲しんでる」
キッポのことばにルカスが、
「部落の位置は分かりそうか? かなり広い森みたいだが」
「ちょっと待ってて……。ここからじゃ分からない。でも、森の奥深くだと思う。森に守られるには、周囲の、人間とかね、周囲の気配が無い方がいいから」
わたしはそれを聞いて、改めて広がる森を見てみた。これだけ大きな森の中、しかも奥深くとなると、探すのはかなり大変そうだ。
「キッポに任せるわ。わたしとルカスには、とても出来ないことだから」
「ああ。オレとリムノには疎い分野だ。頼んだぞ」
キッポは口元を少し緩めて、
「ボクが先に歩くね。中途半端に真ん中から入らないで、東側から入るよ。北方の森だからちょっと自信ないけど、普通は太陽の力も借りるために、陽が昇る方角に部落を作るから」
なるほど。そんな習慣があったのね。
「よし。行くか」
「そうね。チップルのこともあるし、早めに行動しましょ」




