12:チップル
大通りをゆっくりと、さまざまな形をしている神を象った山車が、いくつも通り過ぎて行く。山車からは大麦の束が撒かれていて、街の人たちは先を争って、その束を手にしようと必死だ。見物している人たちの話を聞きかじったところによると、その大麦から半分は料理を作り、残りは畑に散らすと、来年も豊作に恵まれ、幸運を手にすることが出来るのだと言う。いろいろな風習があるのね。油断だけはしてなかったけど、そんなことを思った。
わたしたちは大通りの建物側に立って、そんなお祭りを眺めていた。露店と露店の隙間で、キッポを真ん中にして守るように。
日の出と共に始まったこのお祭り。初日は街を練り歩くこの山車が、一番大きなイベントらしい。確かに、狙うのには絶好の機会だわ。みんな自分たちのことに夢中で、警戒心の欠片も無いもの。
「さて」
ルカスが小さくつぶやく。
「どこで仕掛けて来るか、だな」
わたしは無言でうなずいた。キッポはハルバードをしっかりと手にして、石たちのことばを聞いている。『接触察知』と言うドルイド魔法を使って、周囲に危険が迫るかどうか、石たちに頼んだのだと言う。わたしも、灰魔道の『領域侵入』をかけている。あの男たちの特徴を構造式に組み込んであるから、キッポと同時ぐらいに気付くことが出来るだろう。
ただ。
男たちの出方はつかめるかもしれないけど、『死を弄ぶ者たち』が、どこでつながって来るかが、まるで分からない。二重苦を背負っているわたしたちは、明るく楽しいはずの大収穫祭すら、厄介事に思える。
『わーっ』と言う歓声が、山車が通るたびに上がる。この騒ぎが1週間続くのね。こんなことでやっかんでも仕方が無いと知りつつ、息を小さくついてしまう。
――!
『来た!』
わたしとキッポは、同時に声を上げた。波動が揺らいでいる。後ろ。建物の隙間からだ!
「あいつらか!?」
ルカスの問いに、
「4人組! すぐそこまで来てるわ!」
「オレに任せろ。とりあえずは話から行く」
そう言うと、ルカスは路地の曲がり際に歩みを進め、わたしとキッポを背中にしてくれた。あいつらが見えた!
「おやおや。妙にぴりぴりした波動を感じるかと思えば、フォクスリングの坊っちゃんまで魔法を使っているんですか」
こいつだ。魔道士に間違いない。黒いローブを深くかぶっていて、表情は分からないけど、独特の波動を感じるもの。
「ここじゃ何ですから、路地裏に来ませんか? お祭りの邪魔をしてしまってはいけないでしょう?」
「――いいだろう。静かなところで話し合いと行こうじゃないか」
クックック……、と魔道士はのどで笑うと、
「話し合い。いいですねえ。穏便に行きたいですからね。ですが……」
いやらしく途中で切ると、
「魔道士のお譲ちゃん。あなたには、少しばかりおいたのお仕置きをしなければいけませんけどね。『守護盾』で破るとは。おかげで、気絶する寸前の苦しみを味わいましたよ」
「そのまま気絶してくれてた方が、好都合だったんですけど」
売りことばに買いことば。勝手に口が開く。
魔道士はまたのどで笑うと、
「いえいえ。今までで使われたのは初めてですよ。白魔道なんて甘っちょろいものは、使う気も起きませんでしたから。でも、今回の件で少々見くびっていたことが分かりました。あなたはそれを教えてくれた。感謝し切れませんねえ」
路地裏の奥へ来た。ルカスが、
「うだうだ遠回しにしゃべってるんじゃねえよ。そこのゴツいの。昨日言っただろう? 付き合う気は無い、ってよ。魔道士にも用はねえ」
代表格らしい男と、魔道士に言う。
「お前たちに無くとも、オレたちにはあるんだ。おとなしくキツネのガキを引き渡せ」
「残念ながら、賞金稼ぎに手を貸すつもりはさらさら無い。引き返しな」
空気が凍った。それを破るように、
「いいだろう。荒事は起こしたくないが、こっちにはこっちの事情がある。力ずくでガキを頂くぜ」
「おもしれえ。オレの剣がお前たちの首を切りたくて、仕方が無いらしいからな。本気出せよ。リムノ、キッポ!」
言うが早いか、ルカスは飛び込み長剣を払った。魔道士の首を狙ったようだったけど、なぜかその空間がぐんにゃりと曲がってローブが切れただけだった。どうして!? ルカスの剣技を避けることが出来るなんて!
代わりに代表格の男が、抜いた剣をキッポに向けたかと思うと、斬りかかって来た! キッポは瞬時に反応して、ハルバードの柄で弾く。
わたしは急いで、『精神崩落』の魔道をキッポの相手、代表格の男にかけた。――そんな! 効いて無い!
「お譲ちゃん。甘いですね。こちらも守りの魔道は使っているんですよ。空間を思うように歪ませて。それに。私の相手はフォクスリングの坊っちゃんじゃ無く、あなただけなんですから!」
言われた瞬間、アタマから血の気が引いた。遅いけど、こちらも守りの魔道をかけておくべきだった! この感覚……。『精神崩落』を逆にかけられたみたいだ! だけど、魔道の額冠が反応を起こした。血の気が引いたのは一瞬だけで、さらに今までの数倍、男たち、特に魔道士の行動を読み取れるようになった。何なの!? 師匠の形見、こんな力まで持ってたの!?
驚いたのは、魔道士も一緒だったようだ。平然としているわたしを見て、目を見開いている。
「これはこれは。跳ね返されるとは思ってもみませんでしたよ。――楽しい。とても楽しいですよ、お譲ちゃん!」
額冠が熱い。でも、相手の行動心理が、手に取るように分かる。これなら、格上の相手でも互角、いや、それ以上に戦える! 今度の波動は『思念体』だ。わたしも『思念体』を放つ。
――すご! 10発もの光球が同時に放たれた! 相手は5発。『思念体』同士がぶつかり合って、半分の光球が相殺し、残りの5発が魔道士に命中した! 信じられない!!
「うぎゃあああ!! 痛い! 痛い!!」
魔道士のカラダ、中心線に沿って、『思念体』がぶつかり爆発を起こした。これなら致命的なダメージになっているに違い無い! ――師匠の額冠。こんな力まで、形見として譲ってくれたのね。リミッターカットされた魔道の額冠は、今では熱く、燃え盛るようだ。
苦しみにのた打ち回りながら、魔道士が、
「よくも……。よくもこんな、がはっ! こんなことを、してくれましたね」
妙に冷静に冴え切っているわたしは、もはや横になってしまっている魔道士の元へ、素早く向かった。トドメを刺すなら今のうち!
「『死を弄ぶ者たち』、色の黒いフォクスリングとの約束が……。最強の闇魔道を教えてもらう、はず、だった。この世を司る王足り得る、存在になるはず、だった。ごほっ! 『薫り高き宝珠』も、こちらが手に入れるはずだった。無敵の存在になれるはずだったの、に、ぎゃーっ!」
戦っていたルカスやキッポも、思わず動きが止まったらしい。だって……!
魔道士のカラダ全体が、際立つごつごつの水晶に包み込まれてるんだもん! そして。
ビキビキビキィッ!!
残った3人のカラダも、鋭くとがった水晶に包まれた!! 驚愕に目と口を、大きく開いたまま! わたしとルカス、キッポは、自然に集まって、この驚くべき光景を目にしているより無かった。
「『沈黙は金。雄弁は銀』。人間のことばにそんなのがありますね。彼らはしゃべり過ぎた。報いは受けてもらわないと」
どこからともなく、そんな声が聞こえた。と思ううちに、目の前が一瞬暗くなり、枯葉色のローブを着た、色の黒いフォクスリングが突如、目の前に現れたの!
ほとんど漆黒に近い短毛が生えていて、耳はキッポの倍ぐらいある長さ。背はキッポと同じくらいだけど、赤く光る瞳が不気味だった。確かに。色の黒いフォクスリングだわ。
「初めまして。無粋な登場で申し訳無い。チップルと申します。――それにしても。やってくれましたね。計画が一段階、戻ってしまいました」
挨拶とも付かぬそんなことを言うと、
「キッポ君? この魔法を見るのは初めてかな? 『氷柱花』と言います。覚えておくと便利ですよ。――さて。鉱石は元の場所に戻ってもらわないと」
チップルが何か小さくつぶやいたかと思うと、水晶の塊は4つとも、男たちを中に入れたまま、粉々に砕け散ったの!
「この男たちに依頼したのは、失敗でしたね。――さて。キッポ君。私と一緒に来ませんか?」
キッポは一歩前に出ると、
「チップルって言ったね? チップル君。ボクはこんなひどいことをする仲間には、入らないよ、絶対に!」
力強く言い放つ。
大方予想していた反応だったのか、チップルはちょっと肩をすくませると、
「まあ、そうでしょうね。キッポ君はまだまだ、『この世の裏』を知らないんですから。裏を知ると面白いですよ? と言ってもムダでしょうけど。今のうちにいろんな経験を積んで、『薫り高き宝珠』を手にしてください。それを私たちは待っています」
チップルはふと気付いたように、
「おっと。私も話し過ぎましたね。それでは一旦、お別れとしましょう。次回はどこでお目にかかれるか、非常に楽しみです。またお会いしましょう」
言い終えたチップルは、現れた時同様、霧散するように消えて行った……。一体、何なの、これ!? 水晶の灰のように小さな欠片が、吹いて来た風に舞い、まるで何事も無かったかのように、路地裏は元の世界に戻った。お祭りの喧騒が微かに届く。今になって、わたしに震えが走った。
「ケガは無いか?」
鞘に長剣を滑らせ、ルカスが言った。
「ボクは大丈夫。それより、リムノ……」
キッポのつぶやきに、わたしは現実を取り戻した。
「わたしも平気。――自分でも驚いてるの。この額冠が、あんな力を秘めてたって言うこと」
「すごかったな。きっと危険のレベルに応じて、力が現れたんだろ」
『思念体』が10発も出るなんて、想像だにしていなかったからね。ルカスの言う通りかもしれない。両親からは見捨てられているも同然のわたしだけど、師匠は違った。暖かな微笑みが脳裏をよぎる。わたしを認めてくれて。額冠を形見として譲ってくれた、やさしい師匠。
「ボク……」
キッポが振り絞るように声を出した。
「ボク、チップルが許せない。――確かにボクを狙っていたみたいだけど。だからって、そんな男たちを粉々に砕いちゃうなんて。そんなひどいことを、平気でやっちゃう。絶対に許せない!」
キッポが言うのももっともだ。だけど。
「あのチップルって……。かなりの力の持ち主なんじゃない?」
「――そうだね。『氷柱花』なんて魔法、初めて知ったよ。もっとすごいのが」
「瞬間移動した魔法か?」
ルカスが後を継いだ。
「うん。存在は知ってたけど、実際に使うのを見たのは初めて。ボクの部落には、そんな使い手はいなかったもん」
ふう、とキッポは息を吐いた。
チップルって……。何を考えてるの? ううん。何を狙ってるの?
「キッポ。ルカス。チップルが言ってたわよね? 『計画が一段階戻ってしまった』って。何の計画なのかしら。これが……。これが『良くないこと』の一角なのかしら?」
「分からない。でも、チップルほどの力があれば、どんなことだって起こせると思うよ。ボクを狙っているのも、どこかでつながってるのかもしれない」
髭をぷちっとしたルカスが、
「どこで暗躍してるのか。それが分かれば手も打てるが。――今はもう、これ以上考えられないだろ。旅を続けよう。キッポが昨日言ってた、最果ての部落。そこを目指して情報を交換するのが、一番だと思うぜ?」
わたしとキッポはうなずいた。
「行きましょう。チップルが手出しをしないうちに」
「そうだね。部落に伝えなきゃ。『死を弄ぶ者たち』、チップルたちの存在を」




