革命の旗頭をすることになりました
偵察という建前の買い物を終えて気分転換を存分に満喫し、闇ギルドの酒場へ帰宅すると、カンジャジャと見知った男性がカウンターを挟んで会話をしていた。
「ただいまー、って、ユーノ?」
「おお、これはこれはカノン様。お久しぶりにございます」
丸イスから立ち上がり、恭しく紳士の礼を執ったこの初老の男性は、名をユーノといって第二王子の執事であり最側近の一人である。
「久しぶりって、晩餐会で会ったじゃない」
またユーノはつい数年前まで副宰相を務め、国王陛下の覚えもめでたく、平民の出ながらその有能さでたたき上げられてきた国の重鎮の一人だ。そんな人物がいったいなぜ、こんな犯罪者の拠点でその頭領と話をしているのだろう。
「おや、そちらは」
ユーノは私の隣にいるセガを見てすっと目を細めた。
「ああ、紹介するわね。私の付き人のセガよ」
「よろしくお願いします」
「ふむ、初めましてセガ殿。私はユーノと申します」
一瞬、何か彼らにしか分からない交信でもするような不自然な間を感じたが、今は置いておこう。どうせセガの人見知りとかそんなところだろうし。
そんなことより、
「ユーノはどうしてここに?」
「それは……」
私が尋ねると、ユーノがちらっとカンジャジャに目配せをした。
なんだ? 私はまずいことを聞いたのか?
さすがに私も公人の立場は熟知しているつもりなので、その手の「聞かなかったことにする」という対処や察する能力はそれなりに長けている自負がある。
ただこの質問の答えを聞かないという選択肢は私にはない。
もし仮に、第一王子が私を捕まえるために捜索しており、ユーノが自身の伝手を辿って闇ギルドに依頼しようとしていたなんてことになったら、今すぐにでも逃げ出さなければならないのだ。
なんならユーノと分かった瞬間にそうしてもよかった。逃げ出さなかった理由は単純で、ユーノが第二王子派であり、第一王子派の命令で動くとは考えられないというだけである。
「あーめんどくせぇな」
しばしの沈黙ののち、じれったくなったカンジャジャが乱暴に頭を掻いて溜め息を吐き、「いいかお嬢」私の目に焦点を合わせた。
「この爺さんがここにいることを説明したら、色々と背景が透けるし、あんたの身の安全と俺たちの計画達成に関わるから言えねぇんだ。どうしてもってんなら、あんたもこっち側になってもらわにゃいかんし、そうなったら国外逃亡もできねぇ。それでもいいなら教えるが、どうする」
「いいわよ教えなさい」
「いやいや、話聞いてたか? 俺は遠回しに引き下がれって言ったんだぞ」
「知ってるわよ。でもそんな面白そうな話を聞いて引き下がるような女は、あなたの知ってるカノン・アポクリファなのかしら?」
「そりゃそうだ。あーもう、だから嫌だったんだよ」
と口ではそう言いつつ、カンジャジャは楽しそうに笑っている。
カンジャジャはこうなることを分かっていたし、そうなる前提で考えを巡らせていたはずだ。なんだか乗せられているようで癪だが、それを上回る好奇心が「いっちゃえ」と背中を押しているから仕方がない。
私の人生はいつもこれだった。
お父様の裏家業を盗み見て闇ギルドに直接赴いたり。
方々へ根回しをして第一王子が私と婚約するしかない状況を作ったり。
その第一王子と共謀して数々の悪事に加担したり。
私は私の胸がトキメク方を常に選択し続けている。
ここでカンジャジャの誘いを断るのは、これまでの私を否定することであり、それはつまり私が私ではなくなるということ。
そんなの、死んだも同然じゃないか。死ぬならせめてド派手にだ。
「さ、その計画とやらを話なさい」
「ってなわけだ爺さん」
「そうですね。こうなっては協力頂くほかありますまい」
「うっし、じゃあ結論から言うけど、俺たちは第二王子を国王にすることを目的として革命を起こすつもりだ」
そう言ってカンジャジャが説明した詳細は次のような内容だった。
まず現状として、陛下が亡くなったことによる政治的な空白を埋めるべく、立太式を飛ばして第一王子を国王に即位させようという話になっている。
即位式は陛下の葬儀と同日に行うことを予定しており、調整が済めば数日の内に執り行われるらしい。
そんな性急にして地方の貴族や要人が参加できるのかという問題があったが、元々立太式で王都に集合しているので都合がよかった。というかむしろ、このまま日程を延ばすと調整が困難になり、数カ月から一年ほどは見送らねばならなくなる。
というわけで、このままいけば第一王子が国王になるわけだが、第二王子派としては当然ながら面白くない。
第一王子が優秀で実績もあり、国民人気の高い人物ならば多少の不満も目を瞑れたのだろうが、残念ながらそれとは真逆のポンコツかつ私利私欲にまみれたカスである。おまけに数々の悪事も周知の事実であると共に、あの晩餐会で第二王子を毒殺しようとしていたらしく、第二王子派としてはこのような人物が国王になるのは承服しかねていた。
余談だが、意外にも私の関与は知られていないようで、内心で胸を撫でおろしたことは墓場まで持っていくつもりだ。
まあ、この第二王子もあまり実績はないのだが、国民人気は第一王子よりも高く、また政務においても優秀らしいのでさもありなんといった具合だ。
さてそうなってくると、どうやって第一王子を引きずり下ろすかという話に帰結する。
方法として、第一王子の悪事の証拠を突き付けて投獄してしまえばいい。その証拠も長年の調査でたっぷり揃っている。あとはいつどこで決行するのか、そして民衆にどうやって納得させるか、それだけだった。
そこでやるのが革命である。といっても民衆と軍隊の衝突という血みどろの闘争ではなく、あくまで平和的に行う予定とのこと。
数カ月前から闇ギルドの人間を使って民衆に不安や不満の種は撒いてある。
あとは革命当日、予定では立太式の日に民衆を煽動し、王城を取り囲んで第一王子の退陣を要求する。
その裏で第二王子派が王城にいる第一王子を犯罪容疑で拘束、その後に民衆の前に連れ出して第二王子に自身の座を譲ることを宣言させる。というのがざっくりとした計画だった。
しかし、計画は中止となった。そう、国王陛下の突然の訃報が原因だ。
立太式は延期になったし、陛下が亡くなったことで王太子という期間を経ずに第一王子が国王へと即位する可能性が出てきてしまったのだ。
それならばと、即位式の日に革命を起こす計画へと変更することになった。
唯一の懸念というか、心苦しいのは陛下の葬儀も同時に執り行われることだ。せめて安らかにお眠りいただきたいのだが、第一王子派もそれを分かってあえて同日にしているのだろう。だからこそ、もはや背に腹は変えられない。
以上が、カンジャジャの説明であった。
一通りの説明を終えたカンジャジャは「ただなぁ」何やら浮かない顔で苦悩をこぼした。
「誰が民衆を率いるかって問題があるんすよね」
「率いるって、今の話だとギルドの工作員じゃないの?」
「それは火付け役でさぁ。どれも小さな火種ですからね、まとめて大火にするには先頭に立って率いる役がどうしたって必要ってなわけでして」
「予定では第二王子のセガヒクイ様が率いることになっているのですが……」
「ですが?」
「どうやら認知度が低いんだとさ。俺も調査してみたんすけど、顔が良くて背が高いって噂だけで、本人の顔もあまり知らないって感じっすね」
「あー、なるほどね」
私でも第二王子様とは直接会ったことがないのだ。国民ともなればなおさら、どのような人物かを知ることはないだろう。
ではなぜ人気が高いのかと言えば、あまり人前に出てこないミステリアスさと王子というブランド、それと第一王子の不人気からの相対性でしかない。
これではとてもじゃないが、革命を先導するには役不不足だ。
……え、じゃあどうすんの?
「代替案は?」
ユーノに尋ねると、彼は目を瞑ってフルフルと首を横に振った。いないのだ、代わりの者なんて。
そりゃ、王子以上の正当性を持つ適任者などいるはずもないし、その役は他の者には荷が勝ちすぎるというもの理解できる。できるのだが、じゃあ、どうすんのって話なわけで。
「俺としちゃあ、一人、ぴったりのがいるんすけどね」
沈黙を破ったカンジャジャは、「役にはハマってるけど難があって素直に頼みたくない」という葛藤を滲ませた独特な表情をしていた。
この期に及んで四の五の言っている場合ではないだろう。「誰なの?」私が尋ねると、カンジャジャは人差し指で私を指した。
「カノン嬢、あんたですよ」
「はっ? え、わ、わたし?」
「むしろどこぞの王子様より適任だと思いますよ」
動揺して考えていたことが吹き飛んだ私をよそに、カンジャジャはニヤニヤしながら滔々と理由を語った。
「第一王子の婚約者で見目もいい上に公務で貴族や民衆問わず顔が知れてるし、遠目からなら天真爛漫で優秀な人って思われてるでしょう。それにその第一王子から理不尽に婚約破棄されて、冤罪もふっかけられたってドラマ性もあるじゃないっすか。どうです? 結構理に適ってると思ってんすけどね」
得意気に語るカンジャジャの言葉にはたしかに一理ある。
そ、そりゃあね、私は美人で可愛いし、器量も気立てもよくて社交的だし、よく城下に遊びに行ったり公務であちこち回って顔も広いし、第一王子との因縁も少なからずある。
考えれば考えるほど私が適任に思えくるし、私自身もやぶさかではないのだけど、それはそれとして恥ずかしいのでそろそろ何か反論が欲しいところだ。
ユーノに視線を向けると、
「私もカノン様なら適任かと」
取り付く島もなく、何かすでに決定事項のようにぴしゃりと告げられた。
望み薄と思いながらも、話し合いの空気になっているセガの方を見ると、
「僕もカノン様がいいと思います。たった半日ご一緒しただけですが、確信できます。第二王子とやらよりもよほど適任でしょう」
こちらもこちらで、何か新興宗教にどっぷり浸かった信徒のような確信に満ちていた。
……あれ? これ、もうやる流れじゃん。
「それにカノン様が代わってくださるなら、第二王子様は王城で第一王子と対峙いただけるため、その点から言ってもぜひともお願い申し上げます」
ユーノは言って深々と頭を下げた。
ここまで言われて「嫌です」なんて断ったら、女が廃る。何より、私の中の好奇心が、面白そうってワクワクしている。それなら答えは決まっているのだ。
「仕方がないわね。分かったわ、民衆の先導は私に任せなさい」
「そう言ってくれると思ってたぜお嬢」
「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんのよ」
「捕まってないだけの犯罪者っすかね」
「あら、またギルド全員牢屋にぶち込まれたいの?」
「か、勘弁してくだせぇ。口が滑りやした」
ふふっ、と小さな笑いが起こって、場が和やかな雰囲気に包まれる。
それからもうしばらく計画の詳細を詰めて、私たちは決行当日を待った。
いざ革命ごっこ!




