デート②
本当は分割する予定だったけど露店の方が足りなかったので一つにしました。
「へい大将やってる?」
「その挨拶合ってます?」
いちいちツッコミやケチをつけてくるセガを無視して、変装用の服を買うのによく使っているこじんまりとした服飾店へとやってきた。お忍びで城下街を歩くのに貴族用の服では目立つので、町娘を装うにはそれなりに気を遣っているのだ。
「はいはいやってますよ、ってあらあら、カンナちゃんじゃない」
カーテンみたいになった古着の奥から顔を出したのは、時代の何百年後かを先取った衣装を身に纏うおばちゃんだ。もしこのおばちゃんが街を歩いていたら、どんなに遠くからでもそれと分かるだろう。それほどオーラからしてもう色々とすごい。
「久しぶりじゃなぁい。どう最近は元気にしてたの。全然顔見せにもこないし私嫌われたんじゃないかって心配しちゃったわよ。あ、飴ちゃん食べる飴ちゃん。ってあらあらあら、なによそっちの坊やは。可愛いわね、もしかしてあれ、恋人ってやつかしら。カンナちゃんももうそんな年になったのねぇ。どうりで私がおばちゃんになるわけだわ、って誰がおばちゃんよ。まだまだ現役ピチピチなんだから若いもんには負けないわよ。やだ私ったら、そうよね、今はお二人の時間だものね。おほほほ、それじゃあ私はお邪魔よねそうよね。あ、あとで馴れ初めとか聞かせてもらうから覚悟しなさい。じゃ、ごゆっくりぃ」
一方的にしゃべって納得と満足したおばちゃんがカーテンの奥に再び消えていった。
「なんというか、すごい方ですね」
「距離感がおかしいだけで慣れればいい人よ。面倒見もいいし」
真面目に付き合うだけ無駄なので適当に聞き流しておけばいい。ちょっとうるさいだけで悪い人でないのはたしかなのだ。何せ私みたいな訳ありにも分け隔てなく接してくれるし、事情も聞いたりしてこないのだから。
ああ見えて線引きをしっかりしている人なので、こちらも安心して買い物ができる。
それはそうと、逃亡用の服や潜伏用の服を見て回らなければ。こじんまりしているといっても、品数が少ないというわけではない。むしろ詰め込めるだけ詰め込んでいるので、全て見ようと思ったら一日以上かかる。
「へぇ、こういうのが流行っているのか」
「なに、気になるものでもあった?」
「ああ、いえ。あ、そういえばどれも汚れやほつれが目立ってますが、新品ではないんですか」
「そりゃそうでしょ。新品の服なんてそれこそ貴族や上流階級の人間しか着ないわよ。大体はお古を着まわしたり、使える布だけ切り出してツギハギの服にするの。庶民平民が新品の服を着るなんて一生に一度あるかどうかよ」
「あ、そ、そうですよね。すみません」
……は? こんな常識を知らないってどういうこと?
庶民なら当たり前すぎて気にも留めないことをなぜわざわざ訊いてきたの?
例え貴族であってもこの程度のことは知っているべき内容だ。世俗に疎いなんてものではない。
こいつ、本当は何者なんだろう。
「え、あの、何か」
「なんでもない。あ、一着はあなたが選んでよ」
「ぼ、僕がですか。あなたの好みとか知りませんよ」
「どうでもいいわよそんなの。私が着れば寝間着だって立派なドレスになるのよ。だからあなたが私に着てほしいものを選びなさい」
はてさて、いったい何を選ぶのやら。
セガはすっかり黙りこくって、あれでもない、これでもない、とぶつくさ言いながら色々な服を物色している。
それから私が数着の服を選び終えたのと同じ頃に、セガは私を呼び止めた。
「あの、これを」
セガが見せてきたのは真っ白なワンピースだった。
繊細な刺繍や奇抜な色を使ったもの、あるいは当て布をして継ぎ接いだものでもなく、汚れもシミも見当たらない、一見すると新品のようなワンピースである。
「選んだ理由は?」
「え、言うんですか」
「そりゃそうよ。まさか何にしたらいいか分からなくなって、その辺にあったものを手に取りましたとか言わないでしょうね」
「それも、そうなんですけど」
「そうなんかい」
「あ、でもそういうわけじゃなくて。他のどの服もあなたには見劣りしてしまって、一番邪魔しないものがこれだったんです」
「……ふーん。ま、いいわ。おばちゃーん」
「はいはい、いやぁ甘酸っぱいわねぇ。私も若い頃を思い出すようだわ」
「もうそういうのいいから。お会計して」
「あらあら照れちゃって。んもう焼けちゃうわねぇ。せっかくなら着替えてく?」
「それもそうね。更衣室借りるわ」
服の代金をカウンターに置いて、私は奥にある更衣室へと逃げるように飛び込んだ。
着ていた服を脱ぎ、セガの選んだワンピースに袖を通す。
サイズ感は意外にもぴったりだったし、麦畑がよく似合う少女にでもなったかのような錯覚を覚えた。
スカート部分をひらりと浮かし、前と後ろをチェックして、更衣室を出る。
「どう」
「あー、その、えー」
「何か言いなさいよ」
「似合ってる、と思います」
「当然。私を誰だと思ってるのよ」
「んふふ、じゃあそのワンピースはサービスしといたげるわね」
「いいの?」
「いいものを見せてもらったもの。むしろお金を払いたいくらい」
「それならお言葉に甘えさせてもらうわ。ありがと、また来るわね」
「いつでもいらっしゃい。次はベビー服も揃えとくから」
「気が早いわよ。って、私たちは別にそんなんじゃないから」
おばちゃんは脳内ですでに妄想を広げているらしく、私の言葉は届いていなかった。
買った服の袋をセガに持たせ店を出る。
なんとなく気まずい。先ほどまではなんとも思わなかったのに、微妙な空気感というか、変に意識しているというか、ぎくしゃくしているというか。
……そういえば、なんか自然と手を繋いじゃってるし。
「えっと、次はどこに」
それなのに、こいつはなんら変わらない様子だった。
私だけが動揺しているのは癪にさわる。どうにかできないかしら。
あ。
行き先もなくぶらついていたら露店商が風呂敷を広げているのを見つけた。
私はセガの手を引いて駆け寄った。
「ねえ、ちょっと見てってもいいかしら」
「おお、いいよ。今日は中々の掘り出し物があるからな」
露店を出している店主は壮年の男性で、見るからにあちこちを旅してまわっているといった具合にどこか達観した余裕を感じる。
置いてあるのはどれもこれも見たことのないものばかりで、特に宝飾品や精緻な細工の施された小物など、眺めているだけでも楽しい。
「お二人さんはデートかい」
「そういうんじゃないわよ。ただの付き添い」
「ほーん。ま、そういうことにしとこうか」
「ね、おすすめってあるかしら」
「おすすめね。んー、そうさなぁ」
店主は腕を組んでざっと物色すると、鈍色のブレスレットを二つ手に取った。
「これなんてどうだ」
「見たところ普通のブレスレットに見えるけど?」
「いえ、これは隣国の」
「お、兄ちゃん博識だな。そう、こいつは独自の金属配合と卓越した技術で文字を掘った隣国の伝統的なブレスレットなんだよ。強い光、例えば太陽とかにかざすと透けて、夜になるとちょっと光るんだ」
「へぇ」
店主から受け取って、試しに太陽にかざしてみると、本当に透けて見えた。
しかも掘られた文字はそのままで、空に言葉が浮かんでいるようだった。
「これなんて書いてあるの」
「離れても同じ空の下にいる、ってのが直訳だったかな。たしか心は常に繋がってるとか、いつでもそばにいるとか、そんなんだったはずだ」
「ロマンチックね」
「元々が大切な人に送るもんだからな」
「これ買うわ。いくらかしら」
「結構高いぞ。何せ簡単にゃ手に入らんもんで」
「どうしてよ。隣の国のものならそうでもないでしょ」
「あー、今は他の国と戦争中だとかで、出入りが難しいんだ。だから向こう数年は手に入らん。そんでもってこれが最後の一組だ」
「そうなのね」
うーん。お金には余裕があるが、服も買っちゃったし、逃亡先でも色々と入用になることを考えると無駄な出費は抑えるべきだ。
分かってる。けど、気に入っちゃったんだから仕方がない。
腹を決めて買おうとしたとき、「僕が出しますよ」セガが割って入った。
「おいおい、背伸びしたいのは分かるけど、値引きはしねぇぞ」
試すような店主の剣幕に一切の怯む様子を見せることもなく、セガはポケットをまさぐって、ピン、と一枚の硬貨を指で弾いた。
「おいおい、これって」
キャッチした硬化をまじまじと見た店主の頬が引き攣る。それもそのはずで、何気なく出されたのは平民の一年分の給与と言われる金貨だったのだ。
平民にはまずお目にすることのない貨幣なだけに、石ころでも飛ばすみたいにポケットから出てくるにはあまりにも莫大なお宝である。
「本物か?」
「疑うようなら照会してもらえばいいさ」
「は、はは。いや、いいさ信じる。俺の勘が本物って言ってるからな」
「それで足りるかい」
「お釣りで店が建つぜ」
「じゃあこれはもらうよ」
セガはもう一つのブレスレットを手に取って自身の手首に付けた。私のと合わせてお揃いなのは少し、気恥ずかしさがないでもないが、「ありがと」感謝の方がギリギリで勝ってくれた。
「とんだ大物じゃねぇか。さっきは悪かったな」
「いいですよ別に慣れてますから。せめて器量くらいは大きくしないと、誰も付いてこないんです」
「苦労してんだな。まあ、その身長じゃ舐められるか」
「私は好きよ?」
「へっ」
「だって、キスをするとき背伸びしなくていいもの」
私の言葉で妙な沈黙が降りてしまった。
……いやいやいや、というか私は急に何を言っているんだ?
思い返すに恥ずかしさが込み上げてくる。
多分、鏡を見たら耳まで真っ赤になっているに違いない。
「でもよ嬢ちゃん、女は背伸びしたがるもんだろ」
「少女ならね。レディは乙女になる夢を見るものよ」
「そういうもんかね。女心ってのは分からねぇや、なぁ兄ちゃん」
「はは、そうですね」
「もう何よ二人して」
このままここにいたら調子が狂ってしまう。次だ、次の店に行こう。
「ね、次行くわよ」
「ん、ああ。ではいい買い物でした」
「はいよ。お幸せにな」
逃げるように手を引いたセガのブレスレットと私のがぶつかって、夕刻を報せる鐘の音が鳴った。
服屋ってなんか圧があって長居ができない




