デート①
「カランコローン」
「それ自分で言うんですか」
いちいちツッコミを入れてくるセガを無視して、私は行きつけのカフェの扉を開けて中へと入った。私が初めて訪れた時から鈴は付いていなかったので、入店音は気分を上げるために自前で用意したという経緯がある。
店内には暇そうに煙草をふかしながら新聞を読む店主の禿げたおじさんしかおらず、客は人っ子一人も見当たらない。
「お邪魔するわよ」
「ん、っと、おおっ、カンナちゃんじゃねぇか」
こんな時間に来店するんじゃねぇよとでも言いたげな顔をしていた店主が、私と気付いた瞬間に態度を改めた。
店主の呼んだカンナとは街を練り歩く時用の偽名である。ちなみに私の正体を知っている者は闇ギルドを除いて城下にはいない、はずだ。
「久しぶりね。相変わらず客も頭もスッカスカでもはや安心感すらあるわ」
「はっはっは、最近は財布の中身もスカスカだぜ」
「笑い事じゃないでしょ」
「つってもよぉ、景気は悪いしこの時間は客もこねぇからな」
「そりゃみんな仕事してるでしょうしね。暇なら閉めればいいのに」
「たまにあんたみたいなもの好きが来るからな。そのために開けてんのさ」
「ま、私としてはありがたいけどね。あ、いつものを二つお願い」
「へいへい、少々お待ちを。好きな席座って待っときな」
空いてる二人席に腰かけしばらくするとコーヒーの香りが漂ってきた。ついでに何かが焼ける音が聞こえてくる。
「へいお待ち。モーニングセットね」
「ありがとう」
運ばれてきたのは卵をぐちゃぐちゃにして焼いたやつと適度な厚みにカットして焼いたベーコン、それと冷めたバケットだ。
「にしても今日は男連れかい。嬢ちゃんにもようやく実りの時期がきたんだな」
「残念、これはただのお付きよ。私はもう少し熟れる予定だから」
「そんなんじゃ売れ残っちまうよ」
「あらお上手。その調子で料理の腕も上げてくれると嬉しいのだけど」
店主の料理は控えめに言っても美味しいとは言えない。素材の味を活かしていることは認めるが、ベーコンの塩気すらケチった感じがあり、全体的にもっさりした味わいなのだ。
ただただお腹を満たすだけの料理といった具合である。
それにしてもセガが全然しゃべらない。せっかく店主が話題を振ってくれたのに、うんともすんとも口を開かなかった。緊張でもしてるのだろうか。意外と人見知りする性格だったりするのだろうか。
出された料理を口に運び、ほとんどを平らげて食後のコーヒーを飲みつつ、店主との雑談にしばし花を咲かせた。
「そういや最近、立太式が延期になったって聞いたなぁ」
「そうらしいわね。理由って分かる?」
「いや、噂程度のもんばかりだな」
「例えば?」
「あー、第一王子の婚約が破断になったからとか、陛下の体調が優れないからとか、第二王子が行方不明とか。どれもこれも信憑性のないもんだよな」
「第二王子が行方不明ってのは初耳ね」
第二王子はあまり公務に表立って出てこないが、国民思いで信義に篤く聡明で背の高いかなりの男前だと聞く。私も見たことはなく、直接言葉を交わしたことすらない。
できることならぜひとも会ってみたいものだが、婚約破棄された今では王城に入ることすら叶わないだろうな。
「なんでも第一王子が王太子になるのが気に食わないとかで、反乱を起こすんじゃねぇかってのがもっぱら囁かれてるよ」
「ぶっ」
店主の言葉に突然、セガがコーヒーを吹き出して咳き込んだ。
「おいおい大丈夫か」
「げほっ、ああ、お構いなく」
タオルを持ってこようとした店主を手で制したセガはポケットからハンカチを取り出し、口元と服を拭いた。
服についたコーヒーのシミは洗っても取れそうになさそうだな。
「第一王子の婚約が破談になったっていうのは?」
「さぁね。なんでも他に女ができたとか、婚約者が色んな悪事に手を染めてたとかって話だ」
「へぇ、本当ならひどい話ね」
「まったくだってんだ。女の一人や二人も囲えないなんて王子の器量もたかが知れてるよな。それに婚約者はカノン様だろ。あんなきれいで優しくて国民からも慕われてる方を手放すなんて、男としても情けねぇよ」
「所詮は噂でしょ」
「そうだけどよ、火のない所に煙は立たぬって言うしな。第一、あの清廉潔白なカノン様が悪事なんかやるかってんだ。心にもない噂を流しやがって、きっと狭量な第一王子の卑屈な陰謀だろうぜ」
「その辺にしときなさいよ。誰が聞いてるか分かったものじゃないんだから、最悪不敬罪で斬首もあるわ」
「心配無用。なんせ客はいねぇからな」
「誇らしげに言わないの」
まったく、噂というのは大体的を射ているから困る。こうも本当のことを当てられると、つい反論を口走りたくなるから厄介だ。
なんとか話題を逸らさないと、このままではボロを出してしまいそうだな。
「そういえば噂の一つに国王陛下の体調がすぐれないってあったわよね」
「ああ、なんでも危篤らしいって聞いたな。立太式の宣言で見た時は元気なお姿だったはずなんだけど」
「まあご高齢だしね。何かご病気になってもおかしくないでしょう」
「それもそうだけどさ。やっぱ俺としてもまだまだご健在でいてほしいわけよ」
「そんなに熱心な支持者だったっけ?」
「俺みたいなもんがこうして店を維持できてんのも陛下の治世あってこそだしな。重税も戦争もねぇし、むしろ支持しない理由がないってもんよ」
民からの陛下の評価は概ね店主と同じものだろう。大規模な内戦を経てから三代に渡って、隣国との戦もなく平和を享受してきた。中でも今生陛下は治水に力を入れており、水不足や河川の氾濫による被害もここ十数年では聞かない。
圧政を敷くこともなく、経済は順調に回り、社会福祉も拡充している。国民に感謝や恩義の心はあっても不平や不満を持つ者は少ないはずだ。惜しむらくは世継ぎとなる二人の王子が高齢出産だったことくらいか。
また、平和なことは陛下の治世であってこそである。あの第一王子がこのまま王になったらどうなるか、今よりひどくなるかはともかく、増税されることは想像に難くない。
しかもその税金は自分と取り巻きのポケットに入るのだから話にならない。
「もし本当に陛下が倒れてすぐに代替わりになるってんなら、第一王子より第二王子が国王になってほしいもんだよ」
「分からなくはないけど、難しいでしょうね」
「だよなぁ。あーあ、どうにかなんねぇかな」
この店主でさえそうなると考えている以上、国民の多くが同様の意見を持っているとみていいだろう。不満が爆発して内乱なんてことにならなければいいのだが。
まあ、国外逃亡する私には関係のない話だけどね!
とまれ食後のコーヒーも飲み終わったし腹も膨れた。適度に時間も潰せたことだし、そろそろお暇しよう。
「じゃ、そろそろ出るわね。お代はここに置いておくわ」
「はいよ、またいつでも来な」
「ええ、また」
「ごちそうさまでした」
セガは律儀にお礼を言って頭を下げた。腰の低いことは柔らかい印象を与えるが、威厳がなければ相手に舐められたり隙を作ることにもなりかねない。
貴族ならまず悪手となるので、やっぱり品があるだけの平民か。もしかしたら第二王子かその派閥の者かとも思ったけど、考えすぎだったようだ。
そもそも第二王子ならもっと背が高いはず。間違ってもこんな私と大して変わらない低身長のちんちくりんではないだろう。
店を出てぐぐぐっと伸びをして、さて次はどこに行こうか。
「次はどこへ行くんですか」
「んー、あ、服を見に行きましょうか」
「服ですか」
「つべこべ言わない。さ、行くわよ」
こういうのは主導権を握ったもの勝ちなことを私は知っている。
私は文句を言われる前にとセガの手を取り、さっさと歩き出した。
正午過ぎのモーニングとは?




