晴天だけど国外逃亡の雲行きは怪しいので気分転換に出かけます
ドンドンドン!
けたたましい音で目を覚ます。
「お嬢、起きてやすかい」
「んん、うるっさいわね。今起きたわよ」
「ちょっと話があるんで来てくだせぇ」
「ちょっと待ってなさい」
闇ギルドの隠れ家を訪れてから早三日が経とうとしていた。
ここは酒場の地下なので朝日が差さず分かりにくいが、体内時計からして正午付近だろうか。日々の業務のせいで寝不足なのも相まって、ついつい寝すぎてしまう。
ベッドから出て大きく伸びをして、背骨あたりからバキバキと音が鳴る。
カンジャジャに用意させた潜伏用の町娘風の服に着替え、「いつまで寝てんですか」部屋を出ると小言を言われた。
「似合ってますねの一言もないなんて、気が利かないわね」
水瓶からコップに水を注ぎ喉を潤した。寝起きの一杯は狭まった喉を無理やりに広げ、声と思考がよく通るようになる。
「で、話って?」
ここ数日の報告は毎朝聞いている。
中でも大きなもので言うと、立太式が延期になったことと、国外逃亡の目途が立たず潜伏期間が長引いていることだ。
元より立太式は欠席するつもりだったので「へぇーそうなんだ」程度の感慨しか湧かない。
国外逃亡の方に関しては、準備や段取りはあらかた完了しているとのことだったが、どうにも王国側の動きがきな臭いらしく、様子見が続いている。
カンジャジャがわざわざ呼び出してきたということは、そちらの方に進展があったのだと期待したいところではあるが。
「もうしばらく潜伏しないといけなくなりそうです」
「私は構わないけど、納得のいく説明は求めるわよ」
「それがですね、どうも国王陛下が亡くなられたとかで」
「はっ? 嘘でしょ」
「まあまだ公にゃなってませんが、たしかな筋からの情報ですぜ」
じっとカンジャジャの目を見ても嘘を言っている者特有の動揺は見られない。
何より、実質的に次の国王をお披露目するという重要な立太式が延期になったのも、陛下が亡くなられたからと言われれば納得だ。
じゃあ、本当に? ほんとうにほんと? え、陛下亡くなったの?
あんなに元気そうだったのにとは思いつつ、心当たりはあった。というか一つだ。階段から落ちて頭を打ったことだ。それしか考えられない。
あの程度で亡くなるなんて貧弱かよと思わなくもないが、ご高齢であることや打ち所が悪かったなどが重なれば可能性は十分にある。
「でもそれと潜伏にどう関係があるのよ」
「いやね、事故ならここまでじゃねぇんでしょうが、どうやら陛下は薬を盛られてたんじゃないかなんて話もあるみたいで」
「……毒殺ってこと?」
「さあ、俺はそこまでは」
え、私の薬じゃないわよね?
だってあれ媚薬だし。殿方の殿方がビンビンになるだけだし。効能的には血の流れが速くなって代謝が良くなったり、興奮作用があったりするだけだし。
いやいやいや、まさかそんな。まさか、ね。
「まあなんで、もしかしたら陛下を殺そうとした犯人がいるかもって話で、現状の王都内は警備兵がかなり増員されてるんすよ。あと門の出入もかなり制限しているとかって話でして、お嬢が外に出ようとするならこっそりとはいかんでしょうね」
「なるほどね」
なるほど、ではないが?
王都の出入が制限されているということは、かなり厳重にチェックしているということだ。カンジャジャの言う通り、私が秘密裏に出るなんてできるはずもない。
加えて、私はきっと第一王子から探されているはずだ。なにせ罪をなすりつけようとしてきたのだから、確実に捕まえて白日の下に晒し、罰を与えようとしてくるだろう。なんなら陛下に薬を盛ったことも私のせいにするかもしれない。
つまり、ほとぼりが冷めるのを待つか、打開策が見つかるまで潜伏しなければいけないということなる。
ただしそうなると、じゃあ、いつまでって話になるわけで。
……考えても仕方がないか。
コップに残った水を飲み干し、ダン、と底でテーブルを叩いた。
「偵察に行ってくる」
「はっ? 急に何を、ってちょっと」
言うなり立ち上がった私の肩がカンジャジャの手に掴まれた。振りほどこうにも私の力が足りず、かといって痛むほどではない絶妙な力加減だ。
こういうところは紳士的なのだからむかつく。
「なによ」
「なにってあんたが外に出て万が一捕まりでもしたら」
「そんなへまするわけないでしょ」
「可能性の話をしてんすよ」
「捕まったとしてもあんたらに害はないし、それどころか得じゃない」
「否定はしやせんがね、俺たちにもそれなりに矜持ってのがあるんでさぁ。依頼を受けたのにその依頼人をどうにかされたとあっちゃ沽券にかかわるんですよ。
というか外に出て何をするんですかい」
「情報収集」
「それなら俺らで事足りるでしょ」
「数日も地下にこもってたらカビが生えるでしょ。たまには陽の光を浴びないと気が滅入るわ。……潜伏が長引いてもいいように、気分転換をしたいの」
私の肩から手を離したカンジャジャは盛大に溜め息を吐いた。
一度それと決めたら何をしても諦めないことを知っているためか、カンジャジャはひどく苦い顔をしてしかし、妥協案を考えているようだった。
別に私もいじわるがしたいわけではない。自分の状況も理解している。だがだからこそ、現地の、現場の空気感や雰囲気というものを知っておきたいのだ。
自分の目で見て、耳で聞いて、手で触れて、足を使って拾う情報にはそれだけの危険を冒す価値があると私は信じている。
あと普通に、こんなじめじめした場所に何日もいられるかっての。このままじゃ本当にカビやキノコが生えてくるかもしれない。
「分かりやした。セガ!」
呼ばれて部屋に入ってきたのは、この隠れ家にやって来た時に扉番やら雑用をしていた少年だ。ここ数日は見かけなかったが、カンジャジャの扱いから察するに側付きや召使いといった立ち位置なのだろう。
可哀そうに。地下の暗がりではっきりとしたことは分からないが、見目はそれなりに良さそうだし、背が低く体の線も細くて華奢な印象だが嫌いではない。なんなら私が雇ってあげてもいい。金なら実家にそれなりの蓄えがあるからね。
「今日一日はお嬢に付いて回れ」
「分かりました。よろしくお願いしますカノン嬢」
「ええ、よろしく」
ん? なんで私の名前を知っているんだ? 教えた覚えもなければ自己紹介をしたのもこれが初めてのはずだ。いや、カンジャジャ辺りが教えたのか。それならそうと一言くらい声を掛けて欲しいものだ。
まあ、細かいことを気にしてても仕方がないし、そうと決まればさっさと外に出てしまおう。時間は等しく有限なのだから。
「さ、行くわよセガ。私に付いてきなさい」
「あ、はい。ってあの」
「なによ」
「そっちは裏口でして、昼間は使わないようにしてるんです」
「……そう。それならあなたが出口まで案内しなさい」
「ではこちらへ」
セガに連れられて酒場のカウンター裏から外へと出た。
カッと照り付ける数日ぶりの太陽に目が眩む。手をかざして指の隙間から漏れる陽の光でさえ、生命の活力が漲るとか心地よいというより、うっとおしさが勝ってしまう。
「どうかしました?」
「夜に生きる化け物の気持ちが分かった気がするわ」
「……はぁ。それで、どちらに行かれるんですか」
「別に決めてないわよ」
私が即答するとセガは「じゃあなんで出てきたん?」とでも言いたげに目を細めた。素直はどんな世でも美徳だと思うけど、感情がそのまま顔に出るのはいらぬ諍いを生むと知るのはもう少し先になりそうだ。
それにしても、とセガの顔をじっくり眺めてみる。
明るいところで見るとなおのこと、なかなかの美形だった。
陽光を透かして輝く金髪ブロンドに、あと数年もすれば精悍な顔つきになるだろう途上の幼さの残る甘い面持ち、背が低いことと体が華奢なことに変わりはないがその出で立ちからは相応の気品を感じる。
もしかしなくとも、どこぞの貴族の子息だったりするのでは?
いやいや、まさかそんな。いくら公然の秘密である闇ギルドだからといっても所詮は犯罪者の集団だ。そこに公人や貴人を雇わせるなんてことは、常識と良識があればまずやらない。
「あの、何か」
無遠慮にじっくり見すぎたせいで訝しまれてしまった。
気のせいってことにしよう、そうしよう。わたししーらない。
「気にしないで。さ、行きましょうか」
「だからどちらへ」
「そうねぇ」
きゅるる、とお腹が鳴って朝ご飯を食べていないことを思い出した。といってもすでに太陽は折り返し始めているので、時間的にはお昼ご飯である。
「まずは腹ごしらえから」
「この時間にやってるお店なんてありますかね」
「行きつけのカフェがあるのよ。どうせ空いて暇してるでしょうから、ほらぼさっとしてないで行くわよ」
「分かりましたよ。ってちょ、はや」
セガの背は低い




