闇ギルドの力を借りて国外逃亡を謀ります
城下の貴族街の門兵に金を握らせて通用口から街へと下りる。
ほど近い酒場の裏手に回ってドアを開け、中へと入った。
ただの物置に偽装した埃の舞う狭い室内は、小さな窓から差し込む月明かりだけでも全体がぼんやりと見える。
壁際に三段積まれた木の空箱を上からゆっくり下ろし、石造りの床に現れた一枚の木製の扉を開けた。
扉の先には手掘りの穴があり、梯子で下りられるようになっている。
ギシギシと今にも踏み抜いてしまいそうな梯子を慎重に下り、中腰にならないと通れない真っ暗な通路を壁に手を付きながら歩いた。
通路は思いのほか短く、すぐに行き止まりに当たる。
また扉だ。それもこれまでの蹴り飛ばせそうな木製のものではなく、囚人でも閉じ込めていそうな無骨な頑丈さを出した鉄扉である。
備え付けのドアノッカーをめいっぱいの力を込めて五回、激しく鳴らす。
合い言葉はたしか、
「アウトローバの槍の穂が鉄砂の壁を穿つ」
……………………あれ?
もしかして合い言葉を間違えた?
他の合い言葉はなんだったかな、と頭を巡らせ不安に駆られる静寂があってしかし、鍵の外れる音と閂の抜ける音が微かに聞こえてきた。
「ど、どうぞ」
扉を開けて恐る恐ると顔を出したのはまだ成人もしていなさそうな男の子で、私は招かれるままに中へと入る。
閂を入れて鍵をかけ直す様子をじっと眺めてみたが、こんな子を私は知らない。新しく入ったのだろうか。まあ、人事権なんてものはないし好きにしたらいいと思うのだが、どこかから買ってきたとかならさすがに咎めないといけない。
少年に案内された部屋に入ると、強面の男が腕を組んでイライラした様子を隠そうともせずに待っていた。
「久しぶり、元気そうね」
「おかげさまで」
くたびれた無愛想な髭面のこの男は、名をカンジャジャと言い、ここら一帯の荒くれや犯罪者を束ねる闇ギルドの頭目だ。
幹部の一人もいればお願いを聞いてもらいやすいと思っていただけに、そのトップがいるならなおのこと話は早い。
私はカンジャジャの前の椅子を引いて腰かけ対面した。
「あら、来客だってのにお茶の一つもでないの?」
「ここの上は酒場ですからね」
「じゃあお水でもよろしくてよ」
「勘弁してくだせぇ、嫌な記憶を思い出しちまう」
脳裏を過ぎった嫌な記憶とやらを奥にしまうみたいに眉間を押さえて目を瞑るカンジャジャは、溜め息を吐いて「おい」ドアの外に声を投げた。
他愛もない会話で間を繋いでいると少しして、さっきの少年が水を入れたコップを二つ持ってきてくれた。
「ありがとう」
「い、いえ」
少年は照れたような困ったような顔をして、頭を下げるとすぐに部屋から出ていってしまう。素直ないい子だ、私の家の給仕に欲しい。それにしてもあのような子どもが闇ギルドにいるとは、世も末だ。
「それで、今日はどういったご用件で」
一口だけ水を含んで唇を湿らせコップを置いたのを見計らって、カンジャジャが本題を切り出す。
さっさとしてくれとでも言いたげな目は切実さを物語っていた。
「余裕のない男はモテないわよ」
「余計なお世話っすよ。それより」
「分かってるって。でもそうね、一つお願いを聞いてほしいの」
「またっすか。俺たちゃあんたの召使いじゃねーんですぜ」
「ケチくさいこと言わないで。今度ばっかりは一生のお願いよ」
「お嬢の一生って俺が知ってるだけで六度目なんすけど」
「猫の魂は九つ、女の魂は星の数って言うでしょ」
「初耳っす」
ぐいっと水を一気に飲み干したカンジャジャが音を立ててコップを置く。その目は依頼内容を精査する時のものに変わっていた。
「言っときますけど、俺たちだって暇じゃねーんですからね」
「暇がないって、あなたたちの能力不足を私に転嫁しないでくれるかしら」
「へいへい。んで、そのお願いってのは」
「結論から言うと、私を国外に逃がす手筈を整えてほしいの」
「そりゃまあその程度ならできますがね。またどうして急に」
「かくかくしかじかよ」
「さいですか」
というのは冗談で、事のいきさつをきちんと説明した。
立太式の前夜晩餐会にて、婚約者である第一王子のアクジバーレルから、私が行ったとされる数々の悪事の責任を問われ婚約破棄されたこと。
その場で国王陛下がお怒りになり、乱入しようとして壇上から下りようとした際、階段から足を踏み外して落ちたこと。
ついでに、闇ギルドに取り寄せさせた媚薬がご高齢の陛下にも効果抜群だったことなど。
「なるほど。悪事がバレたらまずいから国外に飛んじまおうってことですか」
「そういうこと。話が早くて助かるわ」
「それはそうとあんたって人はほんと、なんで先々で問題を起こすんですか」
「失礼しちゃうわね。問題があっちから来ているだけよ」
「ってかその悪事ってほんとにやったんですか」
「あくまで手伝いの範疇ね。ほとんどは殿下が実行していたわよ」
「あながち間違いでもないと」
「そうね。だからあの場では黙っていたわけだし」
こちらも殿下のヤバい情報はそれなりに握っているのだが、それを開示すると自動的に私も罪に問われることになるのであくまで最終手段だ。
というかその自爆で貴族の半分か三分の一はなんらかの罪に問われるので、下手をすれば国が傾くかもしれない。やるならせめて盛大に爆発できるようにしなくては。
「つーか、あの薬を陛下に使ったって」
「ええ、殿下と初夜を迎える時に効果がありませんでしたでは困るもの。効果のほどをすでに枯れ果てた人で試したってわけ。すっごい効き目だったわよ」
「その殿下は童貞を捨てた相手を選んじまったわけですかい」
「貞操を縛りすぎたわね。明確に私の落ち度よ」
「まあ、それに関しちゃ男が一度は通る道ですから」
「あら慰めてくれてるの。でもごめんなさい、お父様より年上はちょっと」
「くれるっつっても遠慮しますよこんなお転婆」
ほう、言うようになったじゃないか王都を這いまわるだけのドブネズミ風情が生意気な、とは心に留めておく。今日は純粋に協力をお願いする立場なのだ。下手をして寝返られる方が面倒である。
「それで依頼は引き受けてくれるのかしら」
「お嬢とは短くない付き合いですからね。これまでに比べりゃ国外逃亡の手配なんざ朝飯前ですよ」
「そう。それならお願いするわ。明日の朝には終わってるのよね?」
「いちいち揚げ足を取らんでくだせぇ、言葉のあやですぜ。
手配自体は二、三日もあれば。あとは状況を見て動きやしょう」
「その辺は一任するわ」
話が一通りまとまったところで大きなあくびが出た。そういえば今日は晩餐会の準備やらで朝も早かったし、夜も更けて幾ばくかの頃合いだ。
「空いてるベッドはあるかしら」
「客間用のが一つ空いてるんでご自由にお使いくだせぇ」
「ありがとそうさせてもらうわ。あ、襲ってもいいけど胴体との別れは済ませてから来てちょうだいね。目覚ましが命乞いなんて悪い冗談にもならないから」
「へいへい、肝に命じますよ」
私は部屋を出て、外に待機していた少年に再び案内をしてもらい、客間とやらに通される。
部屋自体は安宿のような様相で、ベッドに机と椅子だけの簡素なものだった。
掃除もあまり行き届いていないのか少しばかり埃っぽい。
まあ、ちょっとの辛抱だし、その辺の貴族の子女ならいざ知らず、私はこういったものも慣れている。
ドレスを脱ぎ捨てほとんど裸の状態でベッドにもぐると、数秒としないうちに意識が遠のいて、私は眠りについた。
胴体と別れるのは上の頭か下の頭か。




