第7話 戦火の約束
第7話 戦火の約束
森の木々が、秋の風に揺れていた。
Cafe Lykkeの窓から見える海は、今日も穏やかだった。
「リーサ、お客様です!」
ウサギが窓の外を見ながら叫んだ。
「お客様?」
リーサが入口へ向かう。
すると、森の小道をゆっくり歩いてくる二人の姿が見えた。
一人は若い男性。
そして、もう一人は――白い髪の小柄な老婦人だった。
老婦人は杖をつきながら、ゆっくりと歩いている。
「大丈夫か?」
クマが慌てて外へ飛び出した。
「おい、無理するなよ!」
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
老婦人は微笑んだ。
その隣で、孫らしき男性が頭を下げる。
「突然すみません。祖母が、どうしてもここへ来たいと言って……」
「ここへ?」
リーサが尋ねる。
「はい。どうしても探してほしい人がいるんです」
老婦人はCafe Lykkeを見上げた。
「ここなら……きっと、見つけてもらえる気がしたんです」
リーサは静かに微笑んだ。
「どうぞ。中へ」
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暖炉の前の席に、老婦人は腰を下ろした。
ウサギが温かい紅茶を運び、犬が椅子を引く。
「ありがとう」
「いえいえ!」
ウサギが胸を張る。
猫は少し離れた場所から、老婦人をじっと見ていた。
「……長い時間を生きてこられた方ね」
「猫が喋った……」
孫が固まる。
クマが横から口を挟んだ。
「俺も喋るぞ」
「クマまで……」
「驚くのはそこじゃないだろ」
猫が呆れた。
老婦人は小さく笑った。
「ふふ……面白い場所ね」
そして、バッグの中から一枚の古い写真を取り出した。
写真には、若い男女が写っていた。
男性は軍服を着ている。
女性は、今の老婦人とは思えないほど若く、明るい笑顔を浮かべていた。
「この人を……探してほしいの」
リーサが写真を見る。
「あなたの……大切な人ですか?」
「ええ」
老婦人は写真を指でそっと撫でた。
「私が、十八歳だった頃の恋人です」
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彼女の名前は、エレノア。
戦争が始まる前、エレノアには愛する男性がいた。
名前はアンドレ。
二人は幼い頃からの知り合いだった。
同じ町で育ち、学校を卒業し、いつしか恋人になった。
そして戦争が始まる少し前。
二人は海辺で将来を語り合った。
『戦争が終わったら、結婚しよう』
『本当に?』
『ああ。約束する』
『じゃあ、私も約束する。あなたが帰ってくるまで待つ』
二人は笑いながら、小指を絡めた。
けれど――。
戦争が始まった。
アンドレは軍人として戦地へ向かうことになった。
出発の日。
駅のホームで、二人は抱きしめ合った。
「必ず帰ってくる」
「待ってる」
「エレノア」
「なに?」
「俺たちは結婚するんだからな」
「分かってるわ」
汽車が動き始める。
エレノアは走った。
「アンドレ!」
窓から身を乗り出した彼に叫ぶ。
「絶対に帰ってきて!」
アンドレは手を振った。
「約束する!」
それが――最後だった。
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「戦争が終わっても……彼は戻ってきませんでした」
エレノアは静かに話した。
「手紙も、途中から来なくなって……」
孫が祖母の手を握る。
「祖母は、それでもずっと待っていたんです」
「私は教師になりました」
エレノアは微笑んだ。
「子どもたちに勉強を教えながら……いつか彼が帰ってくるんじゃないかって」
「そして……結婚しなかった」
リーサが言う。
「ええ」
エレノアは海を見つめた。
「だって、約束したもの」
その言葉は、とても静かだった。
「気がついたら……九十歳になっていました」
リーサは何も言わなかった。
エレノアは古い写真を胸元に抱いた。
「私はもう、若くありません」
「……はい」
「彼もきっと、もうお年寄りでしょう」
少し笑う。
「それでもいいんです」
「会いたいのですね」
「ええ」
エレノアの目に涙が浮かんだ。
「一度だけでいい」
「生きているのか」
「どこにいるのか」
「幸せなのか」
「それだけでも知りたいんです」
リーサは静かに頷いた。
「分かりました」
テーブルにタロットを並べる。
エレノアが息を呑む。
「本当に……分かるのでしょうか?」
「分からないこともあります」
リーサはカードを見つめる。
「でも、道を探すことはできます」
最初のカードをめくる。
『カップの6』。
過去の思い出。
失われた時間。
そして、かつての大切な人。
次のカード。
『運命の輪』。
止まっていた時間が、再び動き始める。
そして最後のカード。
『世界』。
長い旅の終わり。
一つの人生に一区切りをつけるカード。
リーサはゆっくり顔を上げた。
「……います」
「え?」
「アンドレさんは、生きています」
エレノアの目が大きく開く。
「本当に……?」
「ええ」
そしてリーサは、もう一枚のカードを見る。
そこには――『ラド』。
旅。
移動。
遠く離れた場所。
「彼は、あなたがいた場所から遠く離れたところにいます」
「どこ……?」
「まだ正確な場所までは分かりません」
リーサはカードを見つめた。
「でも……この人は長い旅をしてきたようです」
エレノアの手が震える。
「アンドレ……」
その名前を、彼女は何十年ぶりかに口にした。
そして――。
「探していただけますか?」
リーサを見る。
「九十年待ったんです」
エレノアは涙を拭った。
「だから最後に一度だけ……あの人に会いたい」
リーサは微笑んだ。
「分かりました」
窓の外では、海が静かに輝いていた。
その頃。
クマが写真を覗き込んでいた。
「なあ」
「なに?」
猫が振り向く。
「このアンドレって人、若い頃は軍人だったんだろ?」
「そうね」
「じゃあ、今は……」
クマが考え込む。
「九十歳の軍人?」
「普通に考えれば退役してるでしょう」
犬が即答した。
「なるほど」
クマは頷いた。
「じゃあ俺たちの仕事は、九十歳の元軍人探しだな!」
ウサギが胸を張る。
「そういうこと!」
リーサは苦笑しながら、古い写真を手に取った。
長い長い時間を越えて――。
止まっていた二人の約束が、今、再び動き始めようとしていた。




