↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『海を望むCafe Lykke(カフェ・リッケ)』 魔法使いの店主と、ちょっと頼りない名探偵たち。  作者: 雨宮ぐみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/20

第6話 幼なじみの、その先

第6話 幼なじみの、その先


「……好きなんです」


海の見える丘に建つCafe Lykke。


カウンターに座った女性は、そう言って俯いた。


名前は、クララ。


三十代になった今でも、胸の奥にしまったままの想いがあった。


「幼なじみなんです」


クララはゆっくり話し始めた。


「家が近くて、子供の頃からずっと一緒でした」


学校へ行くのも一緒。


帰るのも一緒。


夏は海で遊び、冬は雪の中を走り回った。


「周りからは、兄と妹みたいだって言われていました」


クララは笑った。


「私も、笑ってごまかしてました」


本当は違った。


幼い頃から、ずっと好きだった。


でも――。


「言えなかったんです」


もし気持ちを伝えたら、今までの関係が壊れてしまう。


だから、ずっと黙っていた。


そしてある日。


彼――エドガーが結婚すると知った。


その日のことを思い出しただけで、クララの胸が苦しくなる。


「彼が結婚するって聞いたとき……」


クララは唇を噛んだ。


「おめでとうって言いました」


笑顔を作った。


「幸せになってねって」


けれど。


家に帰った瞬間、笑顔が崩れた。


ベッドに顔を埋めて、声を押し殺して泣いた。


「私が好きだった人が……誰かのものになるんだって」


涙が止まらなかった。


「分かっていたんです。私が何も言わなかったんだから、仕方ないって」


それでも苦しかった。


彼が幸せそうに笑う姿を見るたびに、胸が痛んだ。


それでもクララは、彼の幸せを願った。


やがて年月が流れた。


そして数年後。


エドガーが離婚した。


「彼が戻ってきたんです」


クララの声が震える。


「昔住んでいた町に」


また会うようになった。


昔のように話せる。


昔のように笑える。


それなのに――。


「今度こそ言えると思ったんです」


クララは首を振った。


「でも、言えませんでした」


「どうして?」


リーサが尋ねる。


クララは涙を拭った。


「彼が離婚したから、チャンスだと思っているみたいで嫌なんです」


「……」


「それに……また断られたら、今度こそ本当に彼を失ってしまう気がして」


リーサは静かにクララを見つめた。


そしてタロットを取り出す。


一枚目。


恋人たち。


「あなたが、本当の気持ちを選ぶカードです」


二枚目。


ソードの8。


「あなた自身が、自分を縛っている」


クララが息を呑む。


三枚目。


審判。


リーサの声が静かに響いた。


「過去に言えなかったことを、もう一度伝える機会です」


最後にルーンを一つ。


ゲボ。


「与えること。気持ちを渡すこと」


クララはカードを見つめた。


「……でも、怖いです」


「ええ」


リーサは否定しなかった。


「怖くて当然です」


そして、クララの目をまっすぐ見る。


「でも、クララさん」


「はい」


「あなたが一番後悔するのは、振られることではありません」


クララが顔を上げる。


「何も伝えないまま、また何年も過ごすことです」


「……」


「彼が結婚したとき、あなたは泣きました」


クララの目から涙が落ちた。


「好きだったのに、好きだと言えなかったからです」


「……はい」


「だったら、今度は違う未来を選んでください」


リーサは優しく微笑んだ。


「告白するのは、彼を自分のものにするためではありません」


「……」


「あの頃の自分に、『ちゃんと好きって言えたよ』と伝えるためです」


クララの涙が次々とこぼれた。


「……私、ずっと怖かったんです」


「ええ」


「でも……もう、後悔したくない」


クララは涙を拭いた。


「言います」


***


夕方。


クララは海辺にいた。


そこは、子供の頃からエドガーと歩いた場所だった。


「クララ?」


エドガーがやって来る。


「どうしたの?」


クララは深呼吸した。


「エドガー」


「うん」


「話したいことがあるの」


エドガーが黙って待つ。


クララは彼を見た。


昔から知っている顔。


何度も見てきた笑顔。


そして、何度も言えなかった言葉。


「私……あなたが好き」


エドガーが目を見開く。


「ずっと好きだった」


クララの声は震えていた。


それでも、目を逸らさなかった。


「あなたが結婚したときも好きだった」


「……」


「だから、本当はすごく苦しかった」


涙が頬を伝う。


「でも、あなたが幸せならって思って、何も言わなかった」


クララは笑った。


「だけど……もう黙りたくない」


エドガーが一歩近づく。


クララは続けた。


「あなたが離婚したから言ってるんじゃない」


「……」


「私はずっと、あなたが好きだった」


沈黙。


長い沈黙だった。


そして。


エドガーがクララの手を取った。


「……僕も、君が好きだ」


クララが目を見開く。


「え……?」


「昔は、本当に妹みたいに思ってた」


「……うん」


「でも、離婚して一人になって、この町に戻ってきて……」


エドガーは笑った。


「気づいたんだ」


「何に?」


「僕が会いたかったのは、昔から君だった」


クララの目から、大粒の涙がこぼれた。


「クララ」


「……うん」


「これからは、幼なじみじゃなくて」


エドガーが手を握る。


「僕の恋人になってくれる?」


クララは涙を拭った。


そして、今までで一番きれいな笑顔を見せた。


「……はい」


***


数週間後。


Cafe Lykkeの扉が開いた。


「こんにちは!」


明るい声が響く。


リーサが顔を上げる。


そこにいたのはクララだった。


以前とは違う。


髪を軽やかにまとめ、明るい服を着ている。


何より、表情が輝いていた。


「クララさん」


「この前は、本当にありがとうございました」


「幸せそうですね」


「はい!」


クララは笑った。


「彼と一緒に、新しい場所へ引っ越すことになったんです」


「まあ」


「今度は、ちゃんと自分の人生を選びます」


リーサは微笑んだ。


「素敵ですね」


クララは海を眺めた。


「昔の私は、好きな人に気持ちを伝えることが怖くて、ずっと立ち止まっていました」


そして、空を見上げる。


「でも、言えたら……世界が変わりました」


太陽の光が海に反射する。


キラキラと輝いている。


クララの笑顔も、その光の中で輝いていた。


「これからが楽しみです」


***


その横で、クマがケーキを食べながら呟いた。


「恋っていいな」


猫が見る。


「珍しくまともなこと言うじゃない」


クマは胸を張った。


「俺も新しいスタートを切るぞ」


「何を始めるの?」


「ダイエット」


全員がクマを見る。


クマは三秒ほど黙った。


「……明日から」


猫がため息をついた。


「でしょうね」


Cafe Lykkeに笑い声が響く。


海は今日も、まぶしいほど輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。