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『海を望むCafe Lykke(カフェ・リッケ)』 魔法使いの店主と、ちょっと頼りない名探偵たち。  作者: 雨宮ぐみ


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第5話 午前一時に鳴る時計

第5話 午前一時に鳴る時計


――ゴーン……。


静かな夜に、低い鐘の音が響いた。


エレナはベッドの中で飛び起きた。


「……まただ」


壁に掛けられた古い時計を見る。


針は、午前一時を指している。


時計そのものは、何年も前からエレナの家にある。


祖父が亡くなったとき、譲り受けたものだ。


時計は壊れていない。


針は正確に動いている。


けれど――。


午前一時以外は、音が鳴らない。


朝八時になっても。


正午になっても。


夜の八時になっても。


一度も鳴らない。


なのに、毎晩午前一時になると、一度だけ。


――ゴーン……。


「どうして、一時だけ……?」


気味が悪くなったエレナは、翌日、森の奥にあるCafe Lykkeを訪れた。


「いらっしゃいませ」


リーサが迎える。


その隣では、クマが大きなケーキを食べていた。


「実は、相談したいことがあるんです」


「どんなことでしょう?」


エレナは時計の話をした。


「祖父から譲り受けた古い掛け時計なんです。時計は普通に動いているのに、音だけが鳴らなくなって……でも、午前一時になると一度だけ鳴るんです」


クマがケーキを飲み込んだ。


「一時に腹が減るんじゃないか?」


「時計の話です」


「そうか」


クマは納得したように頷いた。


猫が呆れた顔をする。


「どうして今の話で食べ物になるのよ」


リーサは笑いながら、テーブルにタロットカードを並べた。


「では、その時計が何を知らせているのか見てみましょう」


エレナが息をのむ。


リーサがカードを切る。


一枚目。


二枚目。


三枚目。


テーブルに置かれたカードを見て、リーサの表情が変わった。


「……カップの5」


エレナがカードを見る。


「どういう意味ですか?」


「失ったものへの悲しみ。そして、取り戻せなかったことへの後悔です」


リーサは二枚目をめくった。


「カップの2」


今度は少し優しい表情になる。


「強い絆。二人の間に交わされた約束。そして、再び結ばれる可能性」


「二人……?」


リーサは三枚目をめくった。


「世界」


静かにカードを見つめる。


「長い旅の終わりです。終わっていなかったものに、一区切りがつく」


そして最後に、ルーンを一つ引いた。


「ラド」


「ラド?」


「旅、道、移動を意味するルーンです」


リーサは四つの占いを並べた。


「カップの5は、深い後悔」


「カップの2は、二人の絆」


「世界は、長い時間を越えた再会」


「そしてラドは……その人へ続く道」


エレナは時計のことを思い出した。


「二人って……誰なんでしょう?」


リーサはエレナを見る。


「お祖父さまは、兄弟や姉妹について何か話していませんでしたか?」


「……妹がいたと聞いたことがあります」


「今は?」


「分かりません。祖父は妹さんと、ずっと会えていなかったそうです」


リーサが時計の話をもう一度聞いた。


「その時計について、お祖父さまは何か言っていませんでしたか?」


エレナはしばらく考えた。


「……一度だけ」


「何を?」


「『あの時計を見ると、あの夜を思い出す』って」


リーサの目が細くなる。


「……あの夜」


リーサは時計の前に立った。


「少しだけ、過去を見てみましょう」


指先を時計に触れる。


淡い光が広がった。


――景色が変わった。


古い家。


まだ幼い少年と少女が、掛け時計の前に立っている。


少女の目には涙が浮かんでいた。


「お兄ちゃん……」


「大丈夫だよ」


「明日から、私たち別々なんだよね?」


両親の離婚が決まり、兄と妹は離れて暮らすことになった。


少年は妹の手を握った。


「でも、また会える」


「本当に?」


「うん」


時計を見る。


針が午前一時を指した。


――ゴーン……。


少年が小指を差し出す。


「大人になったら、俺が会いに行く」


「どうやって?」


「この時間にしよう」


「午前一時?」


「うん。二人だけの時間」


妹も小指を絡めた。


「約束だよ」


「絶対に会いに行く」


二人は笑った。


――そして、別れの日が来た。


映像が流れていく。


少年は大人になった。


何度も妹を探した。


住所を調べ、人に尋ね、昔の知人を訪ねた。


しかし、見つからない。


妹も兄を探していた。


けれど、兄の居場所は分からない。


さらに年月が流れた。


少年は老人になった。


エレナの祖父だ。


老人は掛け時計を見上げる。


「……約束したのにな」


寂しそうに呟く。


「会いたかったな……」


映像が消えた。


エレナの目には涙が浮かんでいた。


「祖父は……ずっと妹さんを探していたんですね」


「ええ」


リーサは時計を見つめる。


「そして、妹さんもお兄さんを待っていたようです」


「え?」


リーサがもう一度、タロットを切った。


「今度は、現在の居場所を見ます」


カードが三枚並ぶ。


「隠者」


「静かな場所。人の少ないところ」


二枚目。


「ソードの6」


「水を越える移動。遠くへ離れること」


三枚目。


「星」


リーサが微笑んだ。


「希望。そして、長い時間を越えても消えない願い」


ルーンを一つ引く。


「またラドです」


エレナが驚く。


「同じ……」


「ええ」


リーサはカードとルーンを見比べた。


「海を越えるような距離ではありません。けれど、海に近い場所。そして静かな町」


エレナが息をのんだ。


「海……」


祖父は昔、よく海の話をしていた。


「妹さんも海が好きだったと聞いたことがあります」


リーサが頷く。


「探しましょう」


***


数日後。


エレナは海沿いの古い町にいた。


古い住所を一つずつ調べていく。


そして――。


小さな家の前で足を止めた。


「ここ……?」


扉を叩く。


コンコン。


しばらくして、扉が開いた。


年老いた女性が立っている。


エレナは写真を取り出した。


そこには、幼い兄と妹が写っていた。


「この人を知っていますか?」


女性の顔が止まった。


震える手で写真を受け取る。


「……お兄ちゃん」


その一言だけだった。


エレナの目にも涙が浮かぶ。


「祖父は……ずっとあなたを探していました」


女性は写真を胸に抱いた。


「私も……ずっと探してた」


声が震える。


「でも、見つからなかった」


「祖父は、あなたが自分を忘れたと思っていました」


女性は首を横に振った。


「忘れるわけないでしょう」


そして、小さく笑った。


「だって、約束したもの」


***


その夜。


女性の家に、エレナも泊まることになった。


壁には、古い掛け時計がある。


午前一時。


――ゴーン……。


一度だけ、鐘が鳴った。


女性は時計を見上げる。


「……あの夜と同じ音」


エレナが隣に座る。


「祖父も、きっと同じ音を聞いていたんですね」


「そうね」


女性は涙を拭いた。


「遅かったけど……」


そして写真を見つめる。


「やっと、約束を守ってくれたのね」


***


翌日。


Cafe Lykke。


エレナはリーサに笑顔で報告した。


「妹さんに会えました」


「よかったですね」


「ありがとうございます」


その横でクマが胸を張る。


「俺の活躍も忘れるなよ!」


猫が首を傾げる。


「何をしたの?」


「……心の中で応援した」


「何もしてないじゃない」


犬がため息をついた。


すると、壁の時計がカチッと音を立てた。


クマが時計を見る。


「俺も誰かと約束しようかな」


「誰と?」


猫が聞く。


クマは真剣な顔で答えた。


「毎晩、午前一時に冷蔵庫を開ける」


犬が即答する。


「それは約束じゃなくて夜食です」


「大切な予定だぞ」


リーサは笑った。


海から吹く風が、Cafe Lykkeの窓を揺らしていた。


そして――。


時計の針は、静かに時を刻んでいた。

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