第4話 午前0時のピアノ
第4話 午前0時のピアノ
Cafe Lykkeの扉が開いた。
「すみません……」
入ってきたのは、二十代後半くらいの女性だった。
顔には、怯えたような表情が浮かんでいる。
「どうぞ。こちらへ」
リーサが椅子をすすめる。
女性は腰を下ろすと、しばらく迷ってから口を開いた。
「私の家で……毎晩、ピアノが鳴るんです」
「ピアノ?」
クマが振り返った。
「はい」
「誰かが弾いてるんじゃないの?」
「私、一人で住んでいるんです」
女性は首を横に振る。
「それに、ピアノには触っていません」
「いつ鳴るの?」
「毎晩、午前0時です」
クマが眉をひそめた。
「毎晩、同じ時間?」
「はい」
女性は小さく頷いた。
「三か月前から、その家に住んでいます。家主さんからは、昔の持ち主が亡くなった家だと聞いただけで……詳しいことは何も知りません」
「なるほど」
リーサはテーブルにタロットを並べた。
「まず、何が起きているのか見てみましょう」
---
一枚目。
月。
二枚目。
死神。
三枚目。
正義。
リーサはカードを見つめる。
「隠された真実……死……そして、明らかにされるべきこと」
続いて、ルーンを一つ引いた。
ハガラズ。
「突然起きた災い」
女性の顔が青ざめる。
「……やっぱり、何か悪いことが?」
「そうね」
リーサは静かに答えた。
「この家には、まだ終わっていない出来事が残っているようです」
その瞬間――
ポーン……
店の奥から、ピアノの音が聞こえた。
全員が振り返る。
誰もピアノのそばにはいない。
クマが小さな声で言った。
「……今の、ピアノだよな?」
猫が目を細める。
「そうみたいね」
リーサは立ち上がった。
「今夜、その家へ行きましょう」
---
その日の夜。
女性の家。
部屋の中央には、古いピアノが置かれていた。
壁の時計は、午後11時59分。
リーサはピアノの前に立った。
テーブルを借り、タロットとルーンを並べる。
「この家に残された記憶を、たどります」
女性が不安そうに尋ねる。
「そんなことができるんですか?」
リーサは微笑んだ。
「少しだけ、魔法を使います」
タロットのカードが淡く光った。
ルーンも、青白い光を放つ。
リーサが目を閉じる。
「過去に残された記憶よ」
風もないのに、カーテンが大きく揺れた。
「今、この場所に姿を見せて」
――その瞬間。
時計の針が逆回転を始めた。
部屋の景色が歪む。
壁が変わり、家具が変わり、部屋全体が数年前の姿へと戻っていく。
女性が息を呑んだ。
「……何、これ……」
リーサは答えなかった。
目の前に、一人の若い女性が現れたからだ。
彼女はピアノの前に座り、静かに鍵盤を弾いている。
「この人が……?」
「ええ」
リーサが頷く。
「この家で亡くなった女性よ」
女性は息を殺して、その光景を見つめた。
時計が進む。
午後11時59分。
カチ。
カチ。
カチ。
そして――
午前0時。
玄関の扉が開いた。
一人の男が入ってきた。
若い女性――ミナが振り返る。
「……また来たの?」
「ミナ。もう一度だけ聞く」
男は険しい顔をしていた。
「この家を売ってくれ」
「嫌よ」
「金なら十分払う」
「何度言われても売らない」
ミナは立ち上がった。
「この家は父から受け継いだ大切な家なの」
「そんな古い家を持っていても仕方ないだろ」
「あなたには関係ないわ」
ミナが玄関を指す。
「帰って」
男の表情が変わった。
「……俺には、この土地が必要なんだ」
「だからって、私の家を奪う理由にはならないでしょう」
男がミナに近づく。
「考え直せ!」
「嫌よ!」
ミナが男の手を振り払う。
男は頭に血が上った。
「いい加減にしろ!」
男がミナの肩を強く押した。
「きゃっ――!」
ミナの身体が後ろへよろめく。
そして――
ゴンッ!
頭をピアノの角に強く打ちつけた。
ミナはその場に崩れ落ちた。
鍵盤に手が触れる。
ポーン……
静かな音が部屋に響いた。
男は呆然と立ち尽くしている。
「……ミナ?」
返事はない。
男が慌てて近づく。
「おい……」
肩を揺らす。
それでも、ミナは動かなかった。
男の顔から血の気が引いていく。
「……そんな……」
男は後ずさった。
そして、逃げるように玄関へ向かった。
そのとき――
男の手がはっきりと見えた。
銀色の大きな指輪。
さらに窓の外。
そこには一台の――
古い青い車。
男は車に乗り込み、夜の町へ逃げていった。
そこで映像が途切れた。
部屋が一瞬で元の姿に戻る。
時計は午前0時。
女性は震えながら呟いた。
「……殺されたんですね」
リーサは頷いた。
「ええ」
「でも……あの人は、最初から殺すつもりだったんでしょうか」
「分からないわ」
リーサはタロットを片づけながら答えた。
「けれど、少なくとも彼女が亡くなった原因は、あの男にある」
そのときだった。
ピアノの前に、淡い光が集まった。
一人の女性の姿になる。
「……ミナさん?」
ミナは悲しそうに微笑んだ。
「お願い……」
「どうしたの?」
「私を殺した人を……見つけて」
女性が驚く。
「まだ犯人が見つかっていなかったんですか?」
ミナは頷いた。
「誰も……本当のことを知らない」
「だから、毎晩ピアノを?」
「私がここにいたことを……誰かに思い出してほしかった」
ミナは俯いた。
「でも、それだけじゃない」
顔を上げる。
「私を殺した人を……見つけてほしかったの」
リーサは静かに頷いた。
「分かったわ」
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リーサは再びタロットを広げた。
「今度は、彼がどこにいるのか探します」
一枚目。
皇帝。
「年上の男性。強い意志を持つ人物」
二枚目。
悪魔。
「欲望や執着」
三枚目。
隠者。
「人目を避けている」
そしてルーン。
フェフ。
「財産、金銭」
続いて――
ラド。
「移動」
リーサは地図を広げた。
「家を欲しがっていた。そして、事件のあと町を離れた」
ルーンの光が地図の上をゆっくり移動していく。
やがて――
海沿いの町で止まった。
「ここ」
リーサが指をさす。
「古い港町」
さらにタロットを一枚。
塔。
「古い建物……」
犬が地図を覗き込む。
「港町に古い建物があるなら……倉庫でしょうか?」
リーサは頷いた。
「おそらくね」
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翌日。
海沿いの古い港町。
町外れの倉庫の前に、一台の車が停まっていた。
古い青い車。
クマが目を丸くする。
「……あの車」
リーサは頷いた。
「魔法で見た車と同じね」
倉庫の扉を開ける。
中には、一人の男がいた。
男が振り返る。
その手には――
銀色の指輪。
リーサは男を見つめた。
「あなたがミナさんを殺した人ね」
男の顔が強張る。
「……誰だ、お前は」
「リーサ」
男が一歩後ろへ下がる。
「なぜ俺を……」
「あなたの姿を見たから」
「どこで?」
「数年前の夜」
男の顔から血の気が引いた。
「……そんなこと」
リーサは静かに言った。
「あなたがミナさんの家に入り、彼女と口論したこと」
「……」
「彼女を突き飛ばしたこと」
男が黙り込む。
「そして、彼女が倒れたあと、あなたが逃げたこと」
男の手が震え始める。
「……殺すつもりなんかなかった」
「でも、逃げた」
「怖かったんだ!」
男は頭を抱えた。
「事故だった……。あんなつもりじゃなかった……」
リーサは何も言わなかった。
真実は、もう明らかになっていた。
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その夜。
Cafe Lykke。
時計が午前0時を指す。
いつものように、ミナが現れた。
けれど、その顔は今までとは違っていた。
穏やかだった。
「犯人……見つかった?」
リーサは頷いた。
「ええ」
ミナは目を閉じる。
「……そう」
「あなたを殺したことも、認めたわ」
ミナは静かに微笑んだ。
「ありがとう」
「もう、ここに残る必要はないわ」
「うん」
ミナの身体が淡い光に包まれていく。
「ずっと……誰かに気づいてほしかった」
「そして、本当のことを知ってほしかった」
ミナは最後に微笑んだ。
「これで……もう大丈夫」
光がゆっくり消えていく。
「さようなら」
リーサが静かに答える。
「さようなら、ミナ」
光が消えた。
店内には、静かな時間が戻った。
午前0時を過ぎても――
ピアノは鳴らなかった。
クマがピアノを見る。
「……もう鳴らないな」
猫が小さく頷く。
「きっと、伝えたいことを伝えられたのよ」
しばらく沈黙。
するとクマがピアノの前に立った。
「じゃあ……俺が一曲」
「ダメ」
リーサが即答した。
「なんでだよ!」
「今度は別の幽霊が出てきそうだから」
犬が真顔で頷く。
「私も、その可能性は否定できません」
「俺の演奏、そんなにひどいのか!?」
ウサギが笑う。
「幽霊が逃げ出すくらいかも!」
「ひどすぎるだろ!」
Cafe Lykkeに、笑い声が響いた。
そしてその夜を最後に――
午前0時のピアノが鳴ることは、二度となかった。




