第3話 消えた絵と、海を描く少女
第3話 消えた絵と、海を描く少女
森の中にある小さな道。
その先にあるCafe Lykkeの扉が、ゆっくり開いた。
「……あの」
入ってきたのは、十歳くらいの少女だった。
両手で一枚の古い写真を大事そうに持っている。
リーサが優しく声をかけた。
「いらっしゃい。どうしたの?」
少女は少し緊張した顔で答えた。
「探してほしいものがあるんです」
「何を?」
「絵です」
リーサが首を傾げる。
「どんな絵なの?」
少女は写真をテーブルの上に置いた。
そこには、五歳くらいの少女と、若い父親が笑顔で並んでいる。
そして二人の後ろには、一枚の海の絵が飾られていた。
青い海。
白い雲。
そして、少しだけ緑がかった波。
「これ……パパと一緒に描いた絵なんです」
少女は写真を見つめた。
「でも、三日前に……なくなりました」
「どこに飾ってあったの?」
「私の部屋です。ずっと壁に飾ってありました」
少女の声が少し震える。
「パパが病気で亡くなってからも、ずっと……」
リーサは写真を見つめた。
「お父さんとの大切な思い出なのね」
「はい」
少女は小さく頷いた。
「だから、なくなったって気づいたとき……すごく怖くなりました」
「怖くなった?」
「絵までなくなったら……パパとの思い出も、なくなっちゃう気がして」
その言葉に、店内が静かになった。
すると――
「占ってみよう」
リーサがタロットを取り出した。
「カードが、絵の行方を教えてくれるかもしれないわ」
「本当に?」
「ええ」
リーサはカードを並べた。
一枚目。
月。
二枚目。
カップの6。
そして三枚目。
キング・オブ・カップス。
最後にルーンを一つ。
アンスール。
リーサはカードを見つめた。
「……不安や、見えない事情」
そしてカップの6を指でなぞる。
「過去の思い出。そして、大切な人との記憶」
最後にキング・オブ・カップス。
「この男性……」
少女が顔を上げた。
「男性?」
「ええ。あなたのお父さんと、とても深い関係にあった男性が出ています」
リーサはルーンを見る。
「アンスールは、言葉や伝えることを示すルーン」
少し考えてから、少女に尋ねた。
「お父さんの友達に、心当たりはない?」
少女はしばらく考えた。
そして――
「あ……」
顔を上げた。
「レオンさん」
「レオンさん?」
「パパの親友だった人です」
少女は写真を見つめた。
「パパが病気になる前も、よく家に来てました」
そのとき。
ウサギがぴょんと立ち上がった。
「それなら、レオンさんを探せばいいんだね!」
犬も鼻を鳴らす。
「匂いが分かれば追跡できます!」
「いや、まず名前を聞いたんだから、普通に探せばいいだろ」
猫が冷静に言った。
「……それもそうね」
クマが腕を組む。
「俺はレオンって名前の人を百人くらい知ってるぞ!」
リーサが振り返った。
「本当に?」
「いや、知らん」
「知ってないのね……」
そんなやり取りをしながら、四匹は調べ始めた。
そして、しばらくして――。
犬が一枚の紙をくわえて戻ってきた。
「見つけました!」
そこには、レオンの名前と住所が書かれていた。
少女は立ち上がった。
「ここに行けば……絵があるの?」
「行ってみましょう」
リーサが微笑んだ。
---
少女がレオンの家を訪ねると――
「……え?」
玄関先に立ったレオンは、少女を見るなり驚いた。
「どうしたんだ?」
少女はまっすぐ尋ねた。
「レオンさん。私の絵……持っていきましたよね?」
レオンの表情が固まった。
「……知っていたのか」
「知りませんでした」
「……え?」
「だから探しに来たんです」
レオンは少し困ったように頭をかいた。
「そうか……」
そして、家の奥から一枚の絵を持ってきた。
少女の目が大きくなる。
「パパの絵……!」
そこには、間違いなく少女と父親が描いた海の絵があった。
「どうして……?」
レオンは絵を見つめた。
「三日前、お母さんに話したんだ」
「ママに?」
「ああ。絵を持ち出してもいいかって」
少女は驚いた。
「ママ、知ってたの?」
「もちろんだ」
レオンは笑った。
「勝手に持っていったわけじゃない」
そして絵の額縁を見せた。
「十年間飾っていたから、額縁がかなり傷んでいたんだ」
「……本当だ」
角が少し欠けている。
「だから修復していた」
少女は不思議そうに尋ねた。
「でも……どうして?」
レオンは少し黙った。
そして、静かに言った。
「お父さんとの約束なんだ」
「パパと?」
「ああ」
レオンは十年前のことを話し始めた。
父親が病気で亡くなる少し前。
レオンは病室で、友人から一つの頼みをされた。
『俺がいなくなったら……娘が十歳になったとき、海へ連れていってやってほしい』
『どうして十歳なんだ?』
『その頃なら……俺との思い出を、ちゃんと受け止められると思うから』
そして父親は、こう続けた。
『それから、この絵も持っていってくれ』
『海で描いた絵だろ?』
『ああ。あの子ともう一度、海の絵を描いてほしいんだ』
レオンはその約束を、十年間ずっと覚えていた。
「だから三日前、絵を修復するために持ってきたんだ」
「じゃあ……」
少女は絵を見つめた。
「私を海に連れていくつもりだったの?」
「そのつもりだった」
レオンは笑った。
「絵の修復が終わってから、お母さんと相談して、お前を海へ連れていく予定だった」
少女はしばらく黙っていた。
そして――。
「……パパ、海が好きだった」
「ああ」
「青だけじゃないって言ってた」
レオンが頷く。
「覚えてるのか?」
少女は微笑んだ。
「うん」
父親との記憶が、少しずつ蘇ってくる。
海を見ながら、父親は言っていた。
『海は青だけじゃないんだぞ』
『じゃあ、何色?』
『緑もある。白もある。夕方になったらオレンジにもなる』
『海ってすごいね!』
『だろ?』
二人で笑った。
少女は目元をぬぐった。
「……もう一度、描きたい」
レオンが微笑む。
「じゃあ、行こう」
---
数日後。
海辺。
少女はキャンバスの前に座っていた。
隣にはレオン。
目の前には、どこまでも続く海。
少女は青い絵の具を筆につける。
そして――緑。
白。
夕焼けのオレンジ。
「パパが教えてくれた色……全部使う」
少女は笑った。
「きっと、喜んでくれるよね」
レオンは静かに頷いた。
「ああ。きっとな」
少女は夢中になって筆を動かした。
やがて完成した絵には――
青い海と、緑の波。
白い雲。
そして、夕焼けのオレンジ。
その絵を見つめながら、少女は小さく笑った。
「パパとの思い出は……なくならないね」
---
数日後。
Cafe Lykkeに一枚の絵が届いた。
リーサが壁に飾る。
四匹も集まってきた。
「おお!」
クマが目を輝かせる。
「俺がいる!」
猫が絵を見つめる。
「……実物より三割くらい細い」
「なんだと!?」
クマが自分のお腹を見る。
「俺、こんなに太ってないぞ!」
ウサギが笑った。
「そこを気にするんだ……」
犬がため息をつく。
「感動の余韻が台無しです」
リーサは笑いながら、海の絵を見つめた。
森の向こうに広がる海。
そこには、誰かを想う気持ちが残っていた。
そしてCafe Lykkeにもまた一つ――
温かな思い出が増えたのだった。




