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『海を望むCafe Lykke(カフェ・リッケ)』 魔法使いの店主と、ちょっと頼りない名探偵たち。  作者: 雨宮ぐみ


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第2話 届かなかった恋の手紙

第2話 届かなかった恋の手紙


カラン、カラン。


Cafe Lykkeのドアベルが鳴った。


入ってきたのは、二十代後半くらいの女性だった。


女性は店内を見回し――二本足で立っているクマを見て固まった。


「……」


クマも女性を見る。


「……」


「クマが……」


「しゃべるぞ」


「しゃべった!」


「そこは気にしなくて大丈夫ですよ」


リーサが微笑んだ。


女性は恐る恐る椅子に座った。


「今日は、どんなご相談ですか?」


女性はバッグから、一通の古びた封筒を取り出した。


封筒は少し黄ばんでいる。


けれど、とても大切に保管されていたことが分かる。


「この手紙を……届けたいんです」


「誰に?」


「昔、好きだった人に」


女性は封筒を見つめた。


「十年前に書いた手紙です」


---


女性の名前はエリナ。


十年前。


エリナが十七歳だった頃。


学校の図書室には、いつも一人の少年がいた。


アレックス。


窓際の席で、本を読んでいる静かな少年だった。


ある雨の日。


エリナは傘を忘れてしまった。


「最悪……」


窓の外を見ると、大粒の雨が降っている。


すると、向かいの席にいたアレックスが声をかけた。


「これ、使う?」


差し出されたのは一本の傘。


「でも、アレックスは?」


「僕は走って帰るから」


「風邪ひくよ」


エリナは笑った。


「一緒に帰ればいいじゃない」


アレックスは少し驚いた。


「……いいの?」


「うん」


二人は一本の傘に入って学校を出た。


それが二人の最初の思い出だった。


---


それから二人は、少しずつ一緒にいる時間が増えていった。


放課後には駅前の古い本屋へ行った。


エリナは恋愛小説。


アレックスは旅行の本。


「どうして旅行の本ばっかり読むの?」


「いつか遠くへ行ってみたいから」


「どこに?」


「海のある町」


アレックスは本の写真を見ながら言った。


「朝起きたら、窓から海が見えるような場所」


エリナは笑った。


「じゃあ、いつか一緒に行こうよ」


アレックスは顔を上げた。


「……本当に?」


「うん」


「約束?」


「約束」


二人は笑った。


---


夏になると、学校帰りに公園のベンチでアイスを食べた。


くだらない話をして、何度も笑った。


ある日、アレックスが言った。


「エリナって、よく笑うよね」


「アレックスが変なこと言うからでしょ」


「僕、そんなに変なこと言ってる?」


「言ってる」


二人はまた笑った。


そんな時間が積み重なって――


エリナはいつの間にか、アレックスを好きになっていた。


---


高校最後の冬。


エリナは一通の手紙を書いた。


好きだということ。


もっと一緒にいたいこと。


そして、いつか一緒に海へ行きたいこと。


何度も書き直した。


卒業式の日。


エリナは、その手紙をバッグに入れていた。


今日こそ渡す。


そう決めていた。


けれど――


校門の前で、アレックスから引っ越すことを聞かされた。


父親の仕事の都合で、遠い町へ行くという。


「今日、ちゃんと伝えたかったんだ」


アレックスは寂しそうに笑った。


「今までありがとう」


エリナはバッグの中の手紙を握った。


言わなきゃ。


今、言わなければ。


「アレックス、私――」


そのとき、友人たちに呼ばれた。


「エリナ! 写真撮ろう!」


エリナは振り返った。


ほんの一瞬。


けれど、その一瞬で言葉を失った。


「……なんでもない」


「そう?」


アレックスは笑った。


「じゃあ、またいつか」


「うん……」


それが二人の最後の会話になった。


---


それから十年。


エリナは手紙を捨てられなかった。


何度も読み返した。


そして数年前、祖母が亡くなった。


祖母が最後に言った言葉を思い出す。


「伝えたいことは、ちゃんと伝えなさい」


その言葉が背中を押した。


「だから……」


エリナは封筒を握る。


「今度こそ、届けたいんです」


「分かりました」


リーサは頷いた。


「では、アレックスさんを探してみましょう」


---


リーサはテーブルの上にタロットカードを並べた。


一枚目。


恋人たち。


二枚目。


カップ6。


そして三枚目。


世界。


リーサはカードをじっと見つめる。


「恋人たちは、心のつながり」


「カップ6は、過去の思い出」


「そして世界は、一区切りと、次の場所へ進むことを表します」


エリナは黙って聞いている。


リーサはさらにルーンを一つ選んだ。


「……ラド」


「それは?」


「旅や移動を意味するルーンです」


リーサは少し考えた。


「昔の思い出が残っている場所。そして、人が行き交う場所……」


カードをもう一度見つめる。


「本屋、ではありませんか?」


エリナが驚いた。


「……本屋?」


「昔、あなたとアレックスさんがよく行っていた場所」


「はい。駅前に古い本屋があります」


「そこへ行ってみましょう」


「でも、そこにアレックスがいるとは……」


「カードは『彼がそこにいる』と断定しているわけではありません」


リーサは微笑んだ。


「ただ、彼を探すための手がかりが、そこに残っているようです」


エリナは手紙を握った。


「……行ってみたいです」


---


「人探しなら、俺に任せろ!」


クマが立ち上がった。


犬が横を見る。


「あなたに任せて大丈夫でしょうか?」


「もちろんだ!」


「前回、森で迷いましたよね」


「今回は本屋だ!」


「方向音痴に場所は関係ありません」


「……」


ウサギが笑った。


「じゃあ私が聞き込みする!」


犬も胸を張る。


「私は周辺を調べます」


猫は欠伸をした。


「俺は本屋を見る」


「猫さん、本を読めるんですか?」


エリナが驚く。


猫は少し考えた。


「……読める」


「本当に?」


「絵なら」


「それは読んでないでしょう」


---


駅前の古い本屋。


エリナは店の前で立ち止まった。


「……懐かしい」


十年前と同じ場所。


古い看板も、木の扉も残っている。


店に入る。


紙と古い木の匂いがした。


「ここで、アレックスとよく本を見ていました」


エリナは旅行コーナーへ向かった。


「彼はいつも、この辺りにいました」


猫が本棚の下を覗き込む。


「……これ」


一冊の古い旅行ガイドを引っ張り出した。


その本から、一枚の紙が落ちた。


エリナが拾う。


そこには、十年前のアレックスの字で書かれていた。


『いつか海の見える町へ行く。

約束を忘れないこと。』


エリナは息を呑んだ。


「……これ」


さらに本の間から、古い写真が落ちる。


高校時代のアレックスが写っている。


写真の裏には、現在の町の名前と、小さな住所が書かれていた。


「これは……」


本屋の店主が声をかける。


「ああ、その青年なら覚えていますよ」


「本当ですか?」


「ええ。数年前にもここへ来ていました」


店主は笑った。


「今でも旅行の本をよく買っていきますよ」


「……!」


エリナは住所を見る。


「ここに、今もいるんでしょうか?」


「おそらくね」


リーサは静かに微笑んだ。


「占いが示した『過去の思い出が残る場所』が、次の手がかりにつながりましたね」


エリナは手紙を胸に抱いた。


「……行きます」


---


住所を頼りに向かった先には、小さな家があった。


エリナは深呼吸する。


そしてチャイムを押した。


ピンポーン。


しばらくして、ドアが開く。


「はい――」


男性が顔を出した。


エリナは息を呑んだ。


「……アレックス」


男性も目を見開いた。


「……エリナ?」


十年ぶりだった。


二人とも、しばらく何も言えなかった。


やがてエリナは、古い封筒を差し出した。


「これ……」


アレックスが受け取る。


「何?」


「十年前に書いた手紙」


アレックスは驚いた。


「まだ持ってたの?」


エリナは笑った。


「捨てられなかった」


アレックスは手紙を見つめた。


そして、少し笑う。


「……僕も」


「え?」


アレックスは家の中から、一冊の古い旅行ガイドを持ってきた。


その中から、一通の手紙を取り出した。


「僕も十年前に書いた」


エリナの目が大きくなる。


「嘘……」


「本当」


二人は顔を見合わせた。


「海へ行こうって言ったよね」


「覚えてる」


「まだ行ってないね」


「うん」


アレックスは少し照れながら笑った。


「……今度こそ、一緒に行く?」


エリナは笑った。


「うん」


十年間、届かなかった二人の気持ち。


その日、ようやく言葉になった。


---


少し離れたところでは――


ウサギが目を潤ませていた。


「素敵……」


犬も頷く。


「十年越しの約束ですか」


猫は静かに目を細めた。


「……よかった」


クマは腕を組んでいた。


「恋っていいな」


リーサが微笑む。


「そうですね」


「俺も手紙を書く!」


「誰にですか?」


クマは真剣に考えた。


「……冷蔵庫」


「それは恋文じゃありません!」


犬が即座に突っ込む。


「毎日俺を待ってるんだぞ」


「電源が入っているだけです!」


「愛情だ!」


「違います!」


カフェに笑い声が響いた。


今日もCafe Lykkeでは――


占いがひとつの手がかりを示し、


止まっていた誰かの時間が、また動き始めた。

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