第17話 食べなくなった猫
第17話 食べなくなった猫
Cafe Lykkeの扉が開いた。
「お願いします……!」
女性が、心配そうな顔で入ってきた。
「どうしました?」
リーサが尋ねる。
「うちの猫のことで相談があります」
女性は椅子に座ると、深く息を吐いた。
「最近、食欲がないんです」
「食べないのですか?」
「はい。以前はご飯を出すと、すぐに飛んできたんです。でも、今は少し匂いを嗅ぐだけで、ほとんど食べません」
犬が心配そうに聞いた。
「病院には行きましたか?」
「行きました」
「病気?」
「それが……どこにも異常がないんです」
女性は首を横に振った。
「血液検査もしてもらいました。身体には問題がないそうです」
「では、元気がない理由も分からない?」
「はい」
女性はうつむいた。
「ご飯を食べないし、以前みたいに遊ばなくなりました。ずっと静かにしているんです」
猫が首をかしげる。
「何か怖いことがあったとか?」
「それも分からないんです」
女性は困ったように笑った。
「家では普通に過ごしているように見えるんですが……」
リーサは静かに頷いた。
「分かりました」
そして、テーブルの上にタロットを並べた。
「身体に問題がないのなら、心の中に原因があるのかもしれません」
「心……」
「見てみましょう」
一枚目のカードをめくる。
――隠者。
「ひとりで自分の中に閉じこもっている……」
二枚目。
―ペンタクルの5。
「孤独や、取り残されたような感覚」
三枚目。
――ソードの三。
リーサはカードを見つめた。
「悲しみを抱えているようです」
「悲しみ……?」
女性には思い当たることがない。
「何か、最近変わったことはありませんでしたか?」
「特には……」
女性は考え込んだ。
「家の中で大きな出来事もありませんし、引っ越しもしていません」
リーサはルーンを一つ引いた。
――マンナズ。
「人とのつながりを示すルーンです」
「人との……?」
「この猫にとって、大切な人との関係に何かあるのかもしれません」
リーサは立ち上がった。
「本人に聞いてみましょう」
「え?」
リーサが猫の前にしゃがむ。
「少しだけ、この子の心を見せてもらいます」
指先から淡い光がこぼれた。
光が猫を包む。
すると――。
家の中が見えた。
朝。
女性が仕事へ出かける。
夫も出かける。
子どもたちも学校へ向かう。
猫は玄関まで走っていく。
誰もいなくなった。
静かな家。
猫は窓辺で眠る。
夕方。
家族が帰ってくる。
けれど、みんな疲れていた。
「ただいま」
「ご飯食べなきゃ」
「宿題しないと」
「明日の準備もしなくちゃ」
以前なら、家族は猫と遊んでいた。
ボールを投げてくれた。
抱っこしてくれた。
膝に乗せてくれた。
けれど、最近は誰も遊んでくれない。
猫が女性の足元に近づく。
女性はパソコンを見ながら、
「ごめんね。今ちょっと忙しいの」
そう言って、猫を撫でることもなく作業を続ける。
猫は少し離れた場所へ座った。
子どものところへ行く。
「あとでね」
また離れる。
猫はお気に入りのおもちゃの前に座った。
誰も来ない。
やがて猫は、おもちゃから離れた。
そして、ご飯の前へ。
匂いを嗅ぐ。
でも、食べない。
猫の心の声が聞こえてきた。
「みんな、僕と遊びたくないのかな……」
そして――。
「僕、邪魔なのかな……」
女性の目から涙がこぼれた。
「……そんなこと……」
リーサは魔法を解いた。
女性はしばらく何も言えなかった。
「原因は……これだったんですね」
「おそらく」
リーサは猫を見つめる。
「この子は病気だったのではありません」
「……寂しかった」
「はい」
リーサは頷いた。
「大好きな家族と遊べなくなって、自分が邪魔になったのではないかと思ってしまったのでしょう」
女性は猫を抱き上げた。
「ごめんね……」
猫が女性の顔を見る。
「私たち、忙しいことばかり考えて、この子の気持ちを考えてあげられてなかった」
猫は女性の胸に顔を埋めた。
「あなたは邪魔なんかじゃないよ」
女性は優しく撫でる。
「ずっと大切な家族だからね」
猫が小さく鳴いた。
「にゃあ……」
リーサが微笑む。
「食欲が戻るかどうかは、この子の心が安心できるかどうかにもかかっています」
「はい」
女性はしっかり頷いた。
「家族みんなで、この子と過ごす時間を作ります」
「きっと喜びますよ」
女性は猫を抱いて、カフェを出ていった。
――数日後。
再びCafe Lykkeの扉が開いた。
「リーサさん!」
女性が笑顔で入ってきた。
「猫が、ご飯を食べるようになりました!」
「まあ」
「家族みんなで毎日少しずつ遊ぶようにしたんです。抱っこしたり、撫でたり、名前を呼んだり……」
「それで?」
「今では、私がご飯を持つと――」
女性が笑った。
「すごい勢いで走ってきます」
クマが胸を張る。
「食欲が戻ったなら、俺と同じだな!」
猫がクマを見る。
「……お前は元気がなくても食べるだろ」
「当然だ!」
「威張るところじゃないよ」
ウサギが笑い、カフェに明るい笑い声が響いた。
窓の向こうでは、海が穏やかに輝いていた。




