第16話 おばあちゃんの花畑
第16話 おばあちゃんの花畑
Cafe Lykkeの扉が、そっと開いた。
「こんにちは……」
入ってきたのは、十歳くらいの少女だった。
リーサが微笑む。
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
少女は少し緊張した様子で、帽子を両手で握っている。
「あの……お願いがあるんです」
「どんなお願い?」
少女は顔を上げた。
「今日、おばあちゃんのお誕生日なんです」
「まあ。それは素敵ね」
「でも……」
少女の声が少し小さくなった。
「おばあちゃん、足が悪くて……歩くのが大変なんです。だから、遠くへ行ったり、お誕生日にどこかへ連れて行ったりできなくて……」
リーサは静かに頷いた。
「それで?」
「一週間後には、遠くにいる親戚の家へ引っ越すことになってるの」
「そう……」
「そうしたら、今みたいには会えなくなると思うんです」
少女は膝の上で手をぎゅっと握った。
「だから今日、おばあちゃんに素敵なお誕生日会をしてあげたいんです」
「うん」
「でも……私、お金がなくて……」
少女は少し恥ずかしそうに俯いた。
「だから……魔法が使える人がいるって聞いて。もしかしたら、手伝ってもらえるかなって……」
リーサは優しく笑った。
「もちろんよ」
「本当?」
「ええ」
その瞬間――。
「誕生日パーティーか!」
クマが勢いよく立ち上がった。
「ケーキは任せろ!」
「あなたは食べるほうでしょ」
猫が冷静に言った。
「なんで分かった?」
「顔に書いてある」
「顔に!?」
ウサギが笑い、犬も呆れたようにため息をついた。
「では、さっそく準備しましょう」
「はい!」
少女の顔がぱっと明るくなった。
*
少女の家に着くと、リーサは庭を見渡した。
小さな庭だった。
けれど、手入れされた花壇には、いくつかの花が咲いている。
「おばあちゃんは、花が好きなの?」
「うん。すごく好き」
少女が嬉しそうに答える。
「いつも庭のお花を見てるの。足が痛くても、窓から眺めてるんだよ」
「なるほど」
リーサは庭の真ん中に立った。
「それなら――今日は、おばあちゃんが一番好きな景色をプレゼントしましょう」
「一番好きな景色?」
「ええ」
リーサが両手を広げる。
「花畑よ」
ふわっ――。
風が吹いた。
すると、小さな庭のあちこちから花が咲き始めた。
赤。
黄色。
白。
青。
紫。
色とりどりの花が次々と開き、庭いっぱいに広がっていく。
「わあ……!」
少女は目を丸くした。
「すごい……!」
クマは花畑の中を走り回る。
「俺の鼻も花粉でいっぱいだ!」
「それは喜んでないでしょう」
猫が呆れる。
「くしゃみが止まらん!」
「だから花粉だって」
そんな二匹をよそに、リーサはテーブルを用意した。
真っ白なテーブルクロス。
花の飾り。
そして大きな誕生日ケーキ。
「ケーキまで……」
少女が驚く。
「もちろんよ」
「ありがとう……!」
少女の目が潤んだ。
*
「おばあちゃん!」
少女が家の中へ駆けていく。
「今日ね、外を見て!」
「どうしたの?」
足を悪くした祖母が、ゆっくり窓のほうへ顔を向ける。
そして――。
「まあ……!」
窓の外に広がる花畑を見て、目を見開いた。
「こんなに……たくさん……」
「おばあちゃん、お誕生日おめでとう!」
少女が笑顔で言った。
「今日はここで、お誕生日会しよう!」
祖母は何度も庭を見た。
「素敵ね……」
その声は、少し震えていた。
「私、こんなにたくさんのお花を見たの、久しぶりよ」
「喜んでくれた?」
「もちろん」
祖母は少女の手を握った。
「あなたがしてくれたことが、一番嬉しいわ」
「え?」
「あなたが私のために、一生懸命考えてくれたこと。それが何より嬉しいの」
少女は笑った。
「だって……今日がおばあちゃんのお誕生日だもん」
「ありがとう」
ケーキにろうそくが立てられる。
「じゃあ、おばあちゃん。一緒に消そう!」
「ええ」
二人は顔を寄せる。
「せーの!」
ふうっ――。
ろうそくの火が消えた。
「お誕生日おめでとう、おばあちゃん!」
「ありがとう」
祖母は少女を抱きしめた。
「あなたがいてくれることが、一番素敵なプレゼントよ」
「私も、おばあちゃんが大好き!」
その光景を見て、リーサは微笑んだ。
*
夕方。
魔法が少しずつ消えていく。
花畑は元の小さな庭へ戻り、テーブルもケーキも飾りも消えていった。
少女は少し寂しそうに庭を見る。
「お花、なくなっちゃった……」
「魔法だからね」
リーサが言った。
「でも、一つだけ残したわ」
「え?」
少女が花壇を見る。
そこには、一輪の花が咲いていた。
「これは本物よ」
「本当に?」
「ええ。おばあちゃんと一緒に、引っ越し先へ持っていけるわ」
少女は花をそっと見つめた。
「うん!」
祖母も微笑んだ。
「大切に育てましょう」
「うん。毎日一緒に見ようね」
「ええ」
少女と祖母は手をつないだ。
もうすぐ離れて暮らすことになっても、この花が二人をつないでくれる。
そんな気がした。
*
Cafe Lykkeへ戻ると――。
「リーサ!」
クマが叫んだ。
「今日のケーキ、余ってないか?」
「ありません」
「えっ」
「全部あなたが食べたでしょう」
「……誕生日って、いい日だな」
猫が冷たい目でクマを見る。
「誰の誕生日だった?」
「……俺の胃袋の誕生日」
「意味が分からない」
ウサギが吹き出した。
海を望むCafe Lykkeに、笑い声が響いた。
今日もまた、誰かの大切な一日が、優しい思い出になった。




