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『海を望むCafe Lykke(カフェ・リッケ)』 魔法使いの店主と、ちょっと頼りない名探偵たち。  作者: 雨宮ぐみ


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第15話 九時に消える灯台

第15話 九時に消える灯台


海辺の小さな町に、古い灯台があった。


 白い塔は高い崖の上に立ち、夜になると、海を照らしていた。


 その灯台を管理しているのが、三十代の男性、エリックだった。


 ある日、エリックは不思議なことに気づいた。


 午後九時。


 灯台の明かりが消えた。


 そして――午後十時。


 何事もなかったかのように、明かりがついた。


 故障ではない。


 毎晩、必ず同じ時間に消え、同じ時間に点く。


 それが、二十年間続いているという。


「どうして……?」


 エリックは首をかしげた。


 以前から町の人たちも気づいていた。


 けれど、誰も理由を知らない。


「まあ、古い灯台だからな」


「何か事情があるんじゃないか?」


 そんなふうに言われ、誰も深く考えなかった。


 けれどエリックは、どうしても気になった。


 少し不思議で――


 正直に言えば、少し不気味だった。


 毎晩、九時になると灯りが消え、十時になると灯りがつく。


 二十年間、一日も欠かさず。


「いったい、誰が……?」


 そんなとき、エリックは噂を聞いた。


 森の奥にあるCafe Lykke。


 そこには、普通では分からないことまで見つけてくれる女性がいるという。


 エリックは、半信半疑でCafe Lykkeを訪れた。


     *


「灯台の明かりですか?」


 リーサが尋ねる。


「はい」


 エリックはうなずいた。


「私は灯台を管理しています。でも、九時に消える理由が分からないんです」


「二十年間、毎晩?」


「はい」


「十時には?」


「必ず点きます」


 リーサはタロットを並べた。


 最初のカードは――


 月。


「隠されたもの。不安。そして、夜」


 二枚目。


 カップの5。


「失ったものへの悲しみ」


 三枚目。


 カップの6。


「過去の大切な思い出」


 リーサはルーンを一つ引いた。


 ラグズ。


「水。海」


 リーサは静かにカードを見つめた。


「これは故障ではありません」


「では、誰かが意図的に?」


「ええ」


「誰が?」


 リーサは目を閉じた。


「見てみましょう」


 リーサが手をかざす。


 淡い光が広がった。


 そこに、灯台が現れる。


 午後九時。


 灯りが消える。


 暗闇になった灯台の下に、一人の老人が立っていた。


 老人は誰もいない海を、じっと見つめている。


 一時間。


 ただ静かに海を見つめ続ける。


 そして午後十時。


 灯台の明かりがつく。


 老人は海を一度だけ振り返り、ゆっくりとその場を去っていった。


 魔法の映像が消える。


「老人……」


 エリックがつぶやいた。


「この人を探しましょう」


 リーサが言った。


     *


 その日の夕方。


 エリックとリーサたちは、灯台へ向かった。


「九時になる前に、老人を見つけましょう」


「はい」


 午後八時五十分。


 灯台の近くに、一人の老人が現れた。


「あの人です!」


 エリックが小声で言う。


 老人は灯台へ入り、明かりの操作盤の前に立った。


 午後九時。


 灯りが消える。


 老人は外へ出た。


 そして、暗い海を見つめた。


「こんばんは」


 エリックが声をかける。


 老人が振り返った。


「……君は?」


「灯台を管理しているエリックです」


 老人は少し驚いた顔をした。


「そうか……」


「ずっと気になっていたんです。どうして毎晩、九時に灯りを消しているんですか?」


 老人はしばらく黙っていた。


 そして、海を見つめながら話し始めた。


「妻を思い出すためです」


「奥さんを?」


「ええ」


 老人は静かにうなずいた。


「二十年前、妻は看護婦をしていました」


 ある日、海の向こうにある小さな町の診療所から、二年間だけ手伝いに来てほしいと頼まれた。


「妻は、人の役に立てるなら行きたいと言いました」


 老人は笑った。


「私も、二年間なら仕方がないと思いました」


 出発の日。


 空には黒い雲が広がっていた。


 嵐が近づいていた。


「私は妻に言ったんです」


『今日はやめたほうがいい。嵐が去ってから行こう』


 けれど妻は笑った。


『大丈夫よ。あなたは心配性ね』


「そう言って、船に乗りました」


 船は、隣町へ向かって出ていった。


 最初は、何も問題はなかった。


 しかし――。


 海が次第に荒れ始めた。


 波は高くなり、風も強くなった。


 そして、その船は行方不明になった。


「……妻は、帰ってきませんでした」


 エリックは言葉を失った。


「船も、妻も、見つからなかった」


 老人は海を見つめた。


「私は、あの日のことをずっと後悔しています」


「……」


「もっと強く引き留めればよかった」


 老人の声が震えた。


「『絶対に行くな』と言えばよかったんです」


 拳を握る。


「でも私は、妻の『大丈夫』という言葉を信じてしまった」


 老人は暗い海を見つめた。


「それから毎晩、妻が出発した時間になると、灯台の明かりを消すようになりました」


「どうして、明かりを消すんですか?」


 エリックが尋ねる。


 老人は海を見つめたまま答えた。


「暗闇の海を見ていると……妻と一緒にいるような気がするんです」


「……」


「妻が乗った船が、まだこの海のどこかにいるような気がして」


 老人は目を細めた。


「だから、九時から十時までだけは、灯りを消すんです」


「二十年間ずっと……?」


「はい」


     *


 リーサは老人の前に立った。


「もう一度、奥さんに会ってみませんか?」


 老人が驚いて顔を上げた。


「……妻に?」


「ええ」


「そんなことが……?」


「少しだけ、魔法を使います」


 リーサが老人の手に触れる。


 海が光に包まれた。


 暗闇だった海が、少しずつ明るくなる。


 そして――。


 一人の女性が立っていた。


 老人が息をのむ。


「……君……」


 そこにいたのは、若い頃の妻だった。


 彼女は、昔と変わらない笑顔で微笑んでいる。


「あなた」


 老人の目から涙がこぼれた。


「……会いたかった」


「私も」


 妻は優しく笑った。


「ずっと、ここにいたの?」


「二十年間……毎晩」


「どうして?」


「君が帰ってくるかもしれないと思って」


 老人は泣きながら言った。


「もっと強く引き留めればよかった。あの日、君を船に乗せなければよかった」


 妻は首を横に振った。


「あなたのせいじゃないわ」


「でも……」


「あなたは、私を心配してくれたでしょう?」


「……ああ」


「それで十分よ」


 妻は海を振り返った。


「それに――」


 妻は笑った。


「明かりがないと、帰りたくても帰れないわよ」


 老人は目を見開いた。


「え……?」


「あなたが毎晩、灯りを消しているから、海が真っ暗なの」


 妻は優しく笑った。


「私はいつも、あなたのそばにいますよ」


 老人の頬を、涙が次々と伝っていく。


「……本当に?」


「ええ」


「ずっと?」


「ずっと」


 妻は微笑んだ。


「だから、もう灯りを消さなくてもいいの」


 老人は静かにうなずいた。


「……分かった」


 妻の姿が、少しずつ光に溶けていく。


「ありがとう」


「こちらこそ」


 最後に妻は、昔と同じ笑顔を見せた。


 そして消えた。


     *


 午後十時。


 灯台の明かりがついた。


 老人はその光を見上げた。


 二十年間、毎晩繰り返してきた一時間。


 今日で終わる。


「これからは……灯りを消しません」


 老人は静かに言った。


「この灯りが、妻の帰ってくる道を照らしてくれるように」


 エリックはうなずいた。


「はい」


 灯台の光が、暗い海を照らしていた。


     *


 Cafe Lykkeに戻ると、クマが窓の外を眺めていた。


「なあ、リーサ」


「何ですか?」


「灯台って、ずっと明かりをつけてるんだよな?」


「そうですよ」


「じゃあ、俺が灯台守になったら……」


「なったら?」


「夜中でもケーキが食べられる?」


「どうしてそうなるんですか」


「灯台守って、夜の仕事だろ?」


 猫がため息をついた。


「灯台守になりたいんじゃなくて、夜食を食べたいだけでしょ」


「……バレたか」


 ウサギが笑う。


「クマは二十年間待つより、二十秒でケーキを待てなくなるもんね」


「それは言わない約束だ!」


 Cafe Lykkeに、笑い声が響いた。


 窓の向こう。


 海辺の灯台は、今夜も明るく海を照らしていた。


 その光はもう、誰かを待つためだけのものではない。


 大切な人が帰ってくる道を、いつまでも照らすための光だった。

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