第14話 パパに届けたい手紙
第14話 パパに届けたい手紙
冬の午後。
Cafe Lykkeの扉が開いた。
入ってきたのは、十歳くらいの少女だった。
少女は、一通の封筒を大切そうに抱えている。
「……ここが、Cafe Lykke?」
「ええ。いらっしゃい」
リーサが微笑む。
少女は椅子に座ると、封筒をテーブルに置いた。
「お願いがあります」
「どんなお願い?」
少女は封筒を見つめた。
「パパに……この手紙を渡したいんです」
リーサは静かに少女を見る。
「パパは?」
「去年、亡くなりました」
少女は俯いた。
「病気だったの」
「そう……」
「パパに、ちゃんと伝えたいことがあったのに……言えなかった」
少女は封筒を握った。
「だから、手紙を書きました」
「読んでもいい?」
「ううん」
少女は首を振る。
「これはパパに直接読んでもらいたい」
リーサは微笑んだ。
「分かったわ」
少女は顔を上げる。
「……本当に、パパに会えますか?」
「ええ。魔法でなら」
少女の目が輝いた。
「お願いします!」
◇
リーサはタロットを並べた。
一枚目。
――カップの6。
「大切な思い出」
二枚目。
――カップの5。
「失った人への悲しみ」
三枚目。
――太陽。
「愛情。そして、もう一度笑顔を取り戻すこと」
最後にルーン。
――アンスール。
「言葉。伝えられなかった想い」
リーサは少女を見る。
「この手紙は、あなたがパパに伝えたい気持ちそのものね」
少女は頷いた。
「会わせてください」
「ええ」
リーサが両手を広げる。
淡い光が少女を包む。
「目を閉じて」
少女は目を閉じた。
「一番、パパと一緒にいたかった場所を思い浮かべて」
「……家の庭」
少女が答える。
「パパと、いつも庭で遊んでたから」
光が強くなる。
そして――
少女の目の前に、懐かしい庭が現れた。
「……パパ?」
ベンチに、一人の男性が座っていた。
少女は駆け出す。
「パパ!」
男性が立ち上がる。
「……大きくなったな」
少女は父親に抱きついた。
「会いたかった!」
「パパもだよ」
二人はしばらく抱きしめ合った。
少女は涙を拭く。
「パパに手紙を書いたの」
「手紙?」
「うん」
少女は封筒を差し出した。
「読んで」
父親は手紙を受け取った。
そして、ゆっくり開く。
少女が言う。
「声に出して読んで」
父親は頷いた。
手紙には、少女の字でこう書かれていた。
---
パパへ。
私は、パパに言いたかったことがあります。
病院に行く前の日、パパと一緒に庭で星を見たよね。
パパが「来年も一緒に見よう」って言ったのを覚えています。
私は、来年も、その次の年も、ずっと一緒に見られると思っていました。
だから、パパがいなくなって、すごく悲しかった。
でも、泣いてばかりいたら、パパが心配すると思って、笑おうとしました。
でも、本当は寂しかったです。
パパに、もっと「大好き」って言えばよかった。
もっと一緒に遊べばよかった。
もっと、ありがとうって言えばよかった。
パパ。
私のこと、大好きだった?
私は、今でもパパが大好きです。
いつか私が大人になって、パパと同じくらいの年になったら、パパがどんな人だったか、もっと分かるのかな。
そのときも、私のことを見ていてね。
大好きだよ。
娘より。
---
父親は、最後まで読み終えると、静かに手紙を胸に抱いた。
「……もちろんだよ」
少女が父親を見る。
「本当に?」
「ああ」
父親は笑った。
「パパは、お前のことを大好きだった」
「今も?」
「今もだよ」
少女の目から涙が落ちる。
「パパ……」
父親は少女の頭を撫でる。
「それから、約束があるだろう?」
「約束?」
「来年も星を見るって約束」
少女が泣きながら笑う。
「でも……パパはいないよ」
「大丈夫」
父親は空を指差した。
「星は、どこからでも見える」
「……うん」
「だから、来年の夜も空を見てごらん」
少女は頷いた。
「約束」
「約束だ」
二人が小指を絡めた。
その瞬間――
淡い光が広がり始めた。
「パパ……」
「元気でな」
「私、頑張る」
「ああ」
「いっぱい笑う」
「それが一番だ」
光が二人を包む。
「大好き、パパ」
「パパも大好きだよ」
そして――
父親の姿が消えた。
◇
少女が目を開けると、そこはCafe Lykkeだった。
頬には涙が残っている。
「会えた……」
リーサが微笑む。
「ええ」
「ちゃんと手紙も渡せた」
「よかったわね」
少女は胸に手を当てる。
「もう寂しくない」
そう言って、笑った。
◇
それから一年。
少女の誕生日。
朝、母親が一通の封筒を持って部屋に入ってきた。
「お誕生日おめでとう」
「ありがとう、ママ」
「それから……これ」
少女が封筒を見る。
そこには、父親の字で名前が書かれていた。
「……パパ?」
母親は頷いた。
「パパが亡くなる少し前に、私に預けてくれたの」
「どうして今まで?」
「あなたの誕生日に渡してほしいって言われていたから」
少女は震える手で封筒を開けた。
中には一枚の手紙。
---
大切な娘へ。
お誕生日おめでとう。
去年の今日、君が生まれた日のことを、パパは今でも覚えています。
君が生まれてきてくれたことは、パパの人生で一番嬉しいことでした。
君が大きくなったら、きっといろんなことに悩むでしょう。
悲しい日もあるでしょう。
そんなときは、空を見てください。
パパと一緒に見た星を思い出して。
パパは、いつでも君の味方です。
そして――
「大好き」と言ってくれてありがとう。
パパも、君が大好きです。
これからも、いっぱい笑ってください。
お誕生日おめでとう。
パパより。
---
少女は手紙を胸に抱いた。
「……パパ」
母親がそっと抱きしめる。
少女は涙を流しながら笑った。
「パパ、ちゃんと答えてくれた」
「うん」
「私のこと、大好きだったって」
「そうね」
少女は窓を開けた。
青い空を見上げる。
「パパ」
小さく呟く。
「私も大好きだよ」
その日の夜。
少女は庭に出た。
空には、たくさんの星。
その中の一つが、ひときわ明るく輝いていた。
少女は笑った。
「約束したもんね」
◇
Cafe Lykke。
リーサは夜空を眺めていた。
クマが隣にやってくる。
「星、きれいだな」
「ええ」
「俺も誰かに手紙書こうかな」
猫が聞く。
「誰に?」
クマは空を見上げる。
「未来の俺」
「またそれ?」
「十年後の俺へ」
クマは真剣な顔で言った。
「ケーキは一日三個までにしろ」
猫が呆れる。
「今のあなたにも言って」
「それは無理だ」
「どうして?」
「今の俺は、未来の俺じゃないから」
「意味が分からない」
リーサは笑った。
「ふふっ」
静かな冬の夜。
空には無数の星が輝いていた。
そのどこかで、きっと――
一人の父親が、娘の笑顔を見守っている。




