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『海を望むCafe Lykke(カフェ・リッケ)』 魔法使いの店主と、ちょっと頼りない名探偵たち。  作者: 雨宮ぐみ


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第12話 十年越しの手紙

第12話 十年越しの手紙


Cafe Lykkeの扉が開いた。


入ってきたのは、二十代半ばの女性だった。


女性は一通の古びた封筒を、両手で大切そうに持っている。


「……ここが、Cafe Lykke?」


「ええ。いらっしゃい」


リーサが微笑む。


女性は椅子に座ると、封筒をテーブルに置いた。


「これを……調べてほしいんです」


「手紙?」


「はい」


封筒には、宛名が一つだけ書かれていた。


エリス・モーガン様


住所はない。


差出人の名前は、


ルーカス・ベネット


エリスは小さく息を吐いた。


「この手紙、昨日届いたんです」


「昨日?」


「はい。でも……消印を見てください」


リーサが封筒を裏返す。


そこには、十年前の日付が残っていた。


「十年前……」


「そうなんです」


エリスは困ったように笑った。


「どうして十年前の手紙が、昨日になって届いたのか。それが知りたいんです」


クマが横から封筒を覗く。


「十年間、郵便屋さんが持って走ってたんじゃないか?」


猫が即座に言った。


「そんなわけないでしょう」


「じゃあ、郵便屋さんが忘れてた?」


「それも違うと思う」


リーサは封筒を見つめた。


「この手紙には、何か事情がありそうね」


◇


リーサはタロットを並べた。


一枚目。


――隠者。


二枚目。


――運命の輪。


三枚目。


――審判。


そしてルーン。


――ラド。


「長い時間をかけて、ようやく届いたもの」


リーサは静かに言った。


「そして……過去の誰かが、あなたを探している」


「誰が?」


「手紙を書いた人ね」


リーサは封筒に手を置いた。


「魔法で、十年前のこの手紙を見てみましょう」


淡い光が広がった。


◇


十年前。


海辺の灯台。


そこに一人の少年がいた。


少年の名前はルーカス。


そして、その隣には若いエリスがいる。


ルーカスは母親とはぐれて泣いていた。


「大丈夫。きっと見つかるよ」


エリスは少年を励ました。


二人で灯台の周辺を探す。


やがて――


「ルーカス!」


母親の声。


「お母さん!」


少年が駆けていく。


母親は何度もエリスに頭を下げた。


「本当にありがとう」


「いえ……」


「お名前を教えてもらっても?」


「エリスです。エリス・モーガン」


「ありがとう、エリスさん」


それが、二人の最後の会話だった。


そして数日後。


ルーカスは一人で机に向かっていた。


一生懸命、手紙を書いている。


エリス・モーガンさんへ。


あのとき助けてくれてありがとう。


大きくなったら、また会いたいです。


ルーカスは少し考えてから、続きを書いた。


10年後の1月15日午後三時、あの灯台で待っています。


そして最後に――


約束です。


ルーカスは手紙を封筒に入れた。


宛名を書く。


エリス・モーガン様


しかし、その下に住所を書くことができない。


「……住所、知らない」


それでも手紙を届けたかった。


ルーカスは住所を書かず、名前だけを書いて郵便に出した。


◇


魔法の景色が変わる。


ルーカスが郵便局へ行く。


小さな手で、手紙を差し出す。


郵便局員が封筒を見る。


「住所が書かれていないね」


「でも、届けてください」


「エリスさんの住所は分かる?」


ルーカスは首を横に振った。


「分からない……」


郵便局員は困った顔をする。


「住所が分からないと、配達できないんだ」


手紙は宛先不明として配達されなかった。


そして――


誰にも届けられない郵便物として、保管されることになった。


魔法の景色がさらに変わる。


一年。


三年。


五年。


十年。


手紙はずっと保管されていた。


そして現在。


郵便局の保管場所。


一人の年配の郵便配達員が、古い手紙を整理している。


「これは……保管期限を過ぎているな」


処分するため、一通ずつ確認していく。


そのとき――


配達員の手が止まった。


「……エリス・モーガン?」


名前をじっと見る。


「どこかで聞いたことがある……」


配達員はしばらく考える。


そして、はっとした。


「そうだ。昔、この町の図書館で働いていた女性だ」


配達員はエリスの名前を手がかりに現在の住所を調べた。


そして、手紙を持ってエリスの家へ向かった。


扉を叩く。


「どちら様ですか?」


「郵便配達です」


エリスが扉を開ける。


「エリス・モーガンさんでしょうか?」


「はい……」


配達員は古びた封筒を差し出した。


「十年前から、ずっと届けられなかった手紙です」


エリスは目を見開いた。


「私に?」


「はい。宛名が名前だけだったので、配達できずに保管されていました」


「どうして今になって?」


配達員は少し笑った。


「処分する前に名前を見ていたら、昔どこかで聞いた名前だと思いましてね」


そして――


「それで、もしかしたらと思って探してみたんです」


エリスは手紙を受け取った。


魔法の景色が消える。


◇


「……そういうことだったんですね」


エリスは手紙を胸に抱いた。


「十年間、ずっと捨てられずに残っていた」


「ええ」


「ルーカスは、私に届けようとしてくれていたんだ」


リーサは頷いた。


「そうね」


エリスは手紙を開いた。


そこには、少年の字で書かれた短い文章があった。


---


エリス・モーガンさんへ。


あのとき助けてくれてありがとう。


大きくなったら、また会いたいです。


10年後の1月15日午後三時、あの灯台で待っています。


約束です。


ルーカス


---


エリスの目から涙が落ちる。


「……今日が、1月15日」


「ええ」


「そして、午後三時……」


リーサが時計を見る。


午後二時三十分。


「まだ間に合うわ」


エリスは顔を上げた。


「行ってきます」


◇


午後三時。


海辺の灯台。


エリスは息を切らしながら、約束の場所へ駆けてきた。


しかし――


そこには誰もいなかった。


「……ルーカス?」


海風だけが吹いている。


エリスは少し寂しそうに笑った。


「そうよね。十年前の約束だもの……」


そのとき。


背後から声がした。


「エリスさん?」


エリスが振り返る。


一人の男性が立っていた。


「……はい?」


男性はゆっくり笑った。


「僕です。ルーカスです」


エリスは目を見開いた。


「……ルーカス?」


「覚えていてくれたんですね」


「もちろん……」


エリスの目に涙が浮かんだ。


「手紙、届いたよ」


「え?」


「昨日」


ルーカスは驚いた。


「昨日?」


「十年前に書いた手紙」


ルーカスはしばらく黙っていた。


そして、笑った。


「十年もかかったのか」


「うん」


二人は海を見つめた。


「でも……約束は守れたね」


エリスが言う。


ルーカスは頷いた。


「はい」


十年前の少年が書いた手紙。


住所が分からず、届けられなかった。


それでも手紙は消えなかった。


十年間、郵便局で眠り続け――


約束の日に間に合うように、エリスのもとへ届いた。


◇


夕方。


Cafe Lykke。


エリスが戻ってくると、四匹が待っていた。


「どうだった?」


ウサギが聞く。


「会えた」


「よかった!」


クマも大喜び。


「十年越しの約束か!」


「うん」


「俺も手紙を書く!」


クマが紙を取り出した。


猫が嫌な顔をする。


「誰に?」


「十年後の俺」


「何を書くの?」


クマは真剣な顔で考えた。


そして書く。


十年後の俺へ。


冷蔵庫のプリンを食べるな。


猫が呆れる。


「……今、食べようとしてるでしょう」


「未来の俺への大事な忠告だ」


「まず今の自分に守らせなさい」


クマは冷蔵庫を見る。


「……それは難しい」


「なんでよ!」


Cafe Lykkeに笑い声が響いた。


窓の向こうでは、夕日の海が静かに輝いていた。


十年越しに届いた一通の手紙。


それは、忘れられた手紙ではなかった。


誰かに届けたいという想いが――


十年経っても消えなかった手紙だった。

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