12:貪食【マナルナ視点】
「おめでとう。君は『貪食』スキルを授かった。……まあ分かっていたことだが、シスターにはなれない。エルフの里へ帰りなさい」
「……へ?」
神父様が素っ気なくそう告げるのを、私は力なく聞き返すことしかできなかった。
スキルを鑑定していただいた、ありがたいお言葉を聞き逃すはずもない。だけど、どうしてだろう……。
言ってる意味はわかるのに、理解がてきない。
心臓が冷たく脈打つ。
「さあ、そこをどくんだマナルナ。次にスキルの鑑定を待つ子がまだいるのでね」
「そんな、ま、待ってください! も、もう一度、私にチャンスを下さい!」
必死の懇願に、神父様の目が吊り上がる。
「チャンスだと? 愚か者ォ! 仮にも聖職者を志した者が、よりにもよって神託を侮辱するのか! 神がお間違えになるとでも!?」
大人が怒鳴る姿を見るのは怖い。でもこればかりは、譲れない。あってはならないことだから……!
「ち、違います! ですが私は、里長様からシスターになるように言い付けられてここに来ました! 里長様は大樹エアの声をお聞きになられます! 私をシスターの修行に出したからには、大樹エアが私のスキルを予言されたからで……」
「実際には違ったのだ! 見苦しいぞ!」
「お願いします神父様! もう一度、もう一度だけでいいんです!」
神父様の怒りの形相が震えている。もう一度怒鳴られそうな勢いに身構えて、でも神父様は観念したように、深い深いため息を吐いた。
「はあ……ンンッゴホンッ」
咳払いを一つ。
神父様は私に背を向けて、まだ鑑定の儀を待っている子供達を見る。
……下手な裏声で、皮肉を誇張した喋り方で、神父様はこう言った。
「我は『貪食』スキルである。腐肉も雑草も全て食べ尽くし……魔物を餓死させるわよぉん!」
途端に、ドっと子供達が笑い転げた。
「キャハハハ! にてるー!」
「しんぷさまじょうずー! キャハハ!」
「そんな食いしん坊なスキルあるのかよー! アハハハハー!」
無邪気であることが逆に堪える……。子供特有の楽しいときに現れる、オレンジ色の魔力の流動しか感じない。
それはつまり、誰も嘘をついていないということだ。私は、本当に『貪食』スキルを神から与えられていたということだ……。
私は、シスターにはなれない……。
神父様の悪意の嘲笑が、仄暗い魔力の流動を呼び寄せていた。
……気持ち悪い。
落ち込む私の肩に手を置こうとしたので、身を引いてそれをかわす。
ムッとした顔つきになるも、嫌味な言葉を言ってる間は、なんとも聖職者にあるまじき表情で笑っていた。
「紹介状も何も持たない君が、全てのパンを平らげた時からこうなることは分かっていたよ。私が気付くくらいだ。君と長い時間を過ごしたエルフの里長様というお方も、君のスキルが『貪食』であることを知っていたはずだ。ではなぜ知っていながら、君を修行と偽ってこの街へよこしたのか。……わかるだろう?」
神父様はフフッと小さく笑う。聞こえないように口を押さえて下を向いていたけど、性格が悪いのはもうバレバレだ。
私は立ち尽くして、溢れる涙を止めることができなくて……。
神父様の言葉を遮ることも出来ないくらい、打ちひしがれていた。
「君は、捨てられたんだ。いくら少食で知られるエルフ族だとしても、君のような大飯食らいに毎日食料を損失させられちゃ適わない。里長様だって苦渋の決断だったろうが、私は、里を守るためには英断だったと思うよ。君には悪いけどね」
悪意の嘲笑が聞こえる。仄暗い魔力の流動を感じる。この人は、本当に神父様なのだろうか。
涙に濡れる私を見下げる神父様から……甘ったるい魔力の流動が吹き寄せていた。
「でも君のような若く一生懸命な子を私はどうも見過ごせなくてね。私の屋敷でちょうどメイドを一人雇おうと思っていたところなんだ。君が良ければ……」
「結構です。お心遣い、感謝します……それでは……」
「あ、そ。では、神のお導きがあらんことを。貪食のエルフよ」
トボトボと教会を出て、あてもなくただ歩いた。あてなんかあるわけないのだ。
だってここは……里長様が指示した街とは違うから。
アン・アヌの街へ行けと言われ、普通のエルフ族数日分の食料だけを渡され、押されるように里を出た。私の一日分にも満たない食料だということは、誰が見ても分かっていた。
だけど止める者などいなかった……。
わかっていた。
私は、里を追放されたのだ。
だから里長様の言い付けを破り、なんとか一番近いこの街までやってきた。
そして、本当に立派なシスターになって、ご飯だって自制できるようになって、里のみんなに認めてもらおうと思ってたのに……。
私は、シスターになれない。
それどころかスキルによる大食いだったなら、いくらコントロール出来るようになったからと言って、それは自制じゃない。免罪符にはならない。
スキルとは神の御業である故に、時として人類はその力を持て余し、暴走する時がある。
私の『貪食』が暴走したなら、結局は里の危機だ。
到底、受け入れられない。
……いつの間にか辺りは暗く、私はどこか路地裏の袋小路で座り込んでいた。
あ、そういえばライトとの約束……夕方に、いつものレストランで祝賀会だって言ってくれてたのに……。
ライトの防具、どうなったのかな。見たかったな。シスター見習いとして、お祝いの言葉をかけようと思ってたのに……。
偉ぶってみせたりして、えへへ……。ライトが「調子に乗るな」って冗談交じりに諌めてくれて、笑い合って、楽しく食事して……。
でも明日から、会えないんだなあなんて……。泣いちゃうかもしれないなあなんて……でもずっとずっと友達だよねって、思たんだけどなあ……。
──ジャリ。路地裏の暗がりから、足音がする。振り向くと、汚い笑い声が二つ。……すぐに顔を伏せて、ため息を吐く。
「げっへへへ。なんだぁ、こんなところでエルフの女がお月見してるぜぇ」
「ひっひっひ、おいおい顔を上げろよぉ! なぁに知らんぷりしてくれてんだぁ? 俺達も混ぜてくれよぉ」
足音が近付いてくる。関わりたくなくて、背を向けるのに、二人は更に笑って足を止めてくれない。
「……来ないで。お願い」
「やあだね! はははぁ!」
「ほぅらもう目の前たぜ? 顔を上げろよ。その綺麗な面を拝ませてくれよぉ!」
「いやだ……来ないで……」
ぐっと俯く姿勢をさらにまるめる。
しびれを切らした一人が、強引に私の顔を持ち上げた。
「うるせえ! こっちを見ろ!」
「あ……」
両頬を挟まれて、むりやり視線を合わされて……。
「なぁに、人の約束を反故にして、こんなところで泣いてんだ。ばーか」
「ライトぉ……来ないでって、言ったじゃん……」
「ほっとけるかよ。友達だろ?」
息が切れて、汗もいっぱいかいる。走り回って私を探しにきてくれたんだ。
わかるよ。とても暖かな魔力の流動は、暗がりでも鮮明だった。隣のドス黒い邪悪な魔力もセットで、ライムちゃんも来てくれたのが、嬉しかった……。
感情の制御なんて、もうできないよ。
優しい言葉をかけられて、二人に全てを打ち明けた。
「うう、私、シスターになれなかったよお! 私のスキルは『貪食』だって! いっぱい食べちゃうんだって! もう里にも帰れない! うわあああん! うわあああああん!」
ライトは頭を撫でて話を聞いてくれた。
すべてを吐き出して、泣きじゃくる私のそばにずっといてくれた。
少し落ち着いてきて、彼の顔をちゃんと見れるようになった頃。
ライトは私の手を握って、力強い言葉をかけた。
「俺も村を追い出された身だ。その辛さはわかる」
「……ライトも?」
「ああ。だけど俺はそれでよかったと思ってる。結果として、ライムに出会えたし、村の暮らしよりもだいぶ贅沢してる。……それに、友達もできた」
照れくさそうに頭をかいて、ライトは私を見た。
「マナルナ。お前の人生、俺に預けてみないか? 一緒に冒険者になろう。後悔はさせない。少なくとも、毎日の腹一杯のご飯は約束するぜ?」
「あはは……なにそれ」
「だめかな?」
「……私、何もできないよ。足引っ張っちゃうよ」
「何言ってんだ。俺よりも何も出来ないやつなんかいるもんかよ。なんせ【ステータス1固定】の世界一軟弱な男だぜ?」
そんなことない。
ライトには、ステータスでは測れない凄い力がある。
……そんな彼と一緒にいれたなら、私も、何か変われるかな? これってわがままかな?
不安が顔に出てしまっていたようで、ライトは笑って、励ましてくれた。
「大丈夫。俺がついてる」
「うんっ、わかった。……こんな、食べるしか能がない不束者ですが、よろしくおねかいします」
「おう!」
涙を拭って私も笑う。
ライトは卸したての黒い服装に、赤いマントを羽織っていた。小指に光るルビーの指環の輝きがとてもきれいで、優しい笑顔が眩しかった。
まるで物語の王子様だ。
ドキッとしちゃうよ。
……やっぱり私は、わがままだ。
ライトに、私の一生の王子様になってほしいと思っちゃったんだから。
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