もう知りません
「わたくし、ライラに殿下をとられてしまうの?」
ある日、お姉様から唐突にそう言われました。
「は?」
お姉様の手には、今庶民や貴族令嬢を問わず若い女性の間で流行っている小説があります。
下級貴族の令嬢が王子と恋に落ちる。婚約者である傲慢な高位貴族の令嬢にいじめられるが、最後は高位令嬢を断罪し王子と結ばれる。
いじわるな姉が妹をいじめる。妹は姉の婚約者と惹かれ合い、姉は断罪され妹は姉の婚約者と結ばれる。
そのような、いわゆる悪役令嬢ものと言われる小説が流行っているらしいです。
「悪役令嬢は、妹やヒロインから婚約者を奪われて、断罪されてしまうのでしょう…?」
「……」
「殿下は素敵だもの…。ライラだって好きになってしまうわよね…」
「??」
お姉様…悲しそうなお顔をするのをやめてくださいませ。…誰ですか?お姉様にあんな本を渡したのは。
「お姉様、誰が悪役令嬢なのですか?」
「……わたし?」
「誰かに悪役令嬢などと言われたのですか?誰です?その失礼な方のお名前を教えてくださいませ」
「誰って……うわさ…?」
お姉様が一瞬考えた後で首を傾げながら答えます。可愛らしいですが、それどころではありません。これは…誰かにそう言われた気がいたします。誰でしょう…?
「とりませんわ。わたくし、殿下なんていりません。殿下に恋心を抱いたことも、殿下を欲しいと思ったことも、一度もございません」
「そうなの?」
「そうです。神に誓ってありません」
断言すると、お姉様は「殿下は素敵な方なのに…」とおっしゃって腑に落ちない顔をされています。お姉様が殿下に想いを寄せているのはよいことですが、それとこれとは別の話です。わたくしが殿下に恋心……あり得ません。わたくしと殿下はお姉様についての同志です。それ以上でも以下でもありません。
「それに、断罪とおっしゃいますが、お姉様は何か罪に問われるような悪いことをなさったのですか?」
「していないわ。でも、悪役令嬢は罠にはめられたり、貶められたりするのよ?」
「お姉様は悪役令嬢などではありません」
優しいお姉様が悪役令嬢なはずはありません。
「でも、妹やヒロインは悪役令嬢…王子様の婚約者が邪魔なのでしょう?…わたくしだって、いつ冤罪を着せられるかわからないわ」
そうおっしゃって、わたくしに視線を向けました。
お姉様の言葉にショックを受けたわたくしの目に涙が溜まります。
「お姉様は…お姉様は、わたくしがお姉様を罠にはめたり貶めたりする人間だとおっしゃりたいのですか…?」
わたくしの瞳が潤んでいくことに、お姉様がうろたえています。
「…もういいです。お姉様なんて知りません」
お姉様の言葉にとても傷つきましたが、それでもお姉様のことを嫌いとは言えませんでした。




