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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第7章 異世界でも穏やかには暮らせないようです
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第95話 姉は仕事に行ったまま帰りませんでした【湊Side】


姉がいなくなった日のことを、湊は何度も思い返した。


何か変わったことはなかったか。いつもと違うことを言っていなかったか、変な顔をしていなかったか。


けれど、どれだけ考えても思い出せない。


あの日も、いつもと同じ朝だった。


「姉ちゃん、今日遅い?」


出かける準備をしていた日和に、何気なく聞いた。


「たぶん。先に食べてて」


「了解」


顔色が悪いかもしれない。

けれどいつもの様子が変わらない姉に、気のせいだと納得してしまった。


日和はいつものように仕事へ向かい、湊も自分の予定をこなした。


いつもと違ったのは、日和が夜になっても帰ってこなかったことだ。


最初は残業かと思った。連絡を入れても返事がなく、電話をかけても出ない。それでも日和は大人だし、何か急な用事でもできたのだろうと自分に言い聞かせた。


けれど、日付が変わっても帰ってこなかった。


翌朝になっても連絡はない。


職場に確認し、警察にも相談した。思いつく限りの場所を探し、知人にも連絡した。


それでも日和は見つからなかった。


仕事へ行くと言って家を出た。


そして、そのまま消えた。


「……どこにいるんだよ」


何度そう呟いたか分からない。


絶対何かがあったはずなのだ。

けれど、自分は気づかなかった。

いや、気づけなかったんだ。


日和は昔からそういう人だった。自分のことは後回しにして、湊が困っていれば先にそちらを気にする。


姉ちゃんは大丈夫。


いつからか、勝手にそう思っていた。

だからあの朝も、何も聞かなかった。


何も気づかなかった。


それからも、日和が帰ってくることはなかった。


どこへ行ったのか。

どうして帰ってこないのか。


生きているのかさえ、分からなかった。


その答えを探し続けていた湊が、突然光に包まれたのは、何でもない日のことだった。


「――っ!」


足元が消えたような感覚に、咄嗟に目を閉じる。


耳鳴りがした。


身体が引っ張られ、次に足の裏へ硬い感触が戻ったときには、空気そのものが変わっていた。


「……は?」


目を開ける。


知らない場所だった。


広い石造りの部屋。床には見たこともない複雑な模様が光を残し、その周囲を何人もの人間が取り囲んでいる。


服装も、建物も、何もかもがおかしい。


湊は反射的に周囲を見回した。


「どこだよ、ここ」


誰もすぐには答えなかった。


代わりに、正面に立っていた年配の男がゆっくりと歩み出る。


「突然のことで、さぞ驚かれたことでしょう」


「そりゃ驚くだろ。何したんですか、あんたたち」


声が強くなる。


男は動じなかった。


「私はセドリックと申します。この国で宰相を務めております」


「そんなこと聞いてない。ここはどこですか。俺をどうやって連れてきたんですか」


「ここは、あなたがいた世界とは異なる場所です」


湊は眉を寄せた。


「……は?」


「我々は召喚術によって、あなたをこの世界へお招きしました」


意味が分からない。


異世界。召喚。


そんなものを素直に信じられるはずがない。


「帰してください」


「それについても、順を追ってご説明します」


「順番とかどうでもいいです。勝手に連れてきたんでしょう?」


湊が一歩踏み出すと、周囲にいた者たちがわずかに身構えた。


それをセドリックが片手で制する。


「あなたがお怒りになるのは当然です」


「だったら――」


「ですが、その前にお伝えしなければならないことがあります」


「何ですか」


セドリックは湊をまっすぐ見た。


「あなたには、お姉様がいらっしゃいますね」


息が止まった。


「……何で」


ここへ来てから初めて、湊の表情から怒りが消えた。


「なんで、姉のこと知ってるんですか」


「穂積日和様」


名前まで知っている。


湊はセドリックへ詰め寄った。


「姉を知ってるんですか?」


「はい」


「どこにいるんですか」


返事を待つ時間さえ惜しい。


「姉はどこですか。生きてるんですか?」


「ご安心ください」


セドリックの声は穏やかだった。


「お姉様は生きておられます」


その一言で、身体から力が抜けそうになった。


生きている。


ずっと、それすら分からなかった。


「……どこに」


掠れた声で聞く。


セドリックは静かに答えた。


「あなたのお姉様は、この世界にいらっしゃいます」


湊は何も言えなかった。


探し続けても見つからなかった姉がいる。


この、知らない世界に。


その言葉だけが、頭の中で何度も繰り返されていた。


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