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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第7章 異世界でも穏やかには暮らせないようです
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第94話 普通に来るのは難しいようです


あの夜から数日が経った。


好きだと言われて、好きだと返したからといって、何かが大きく変わったわけではない。日和は朝になれば市場へ行き、仕込みをして、日が傾けば暖簾を出す。


ただ、店の扉が開くたび、ほんの少しだけ期待するようにはなった。


その日の夜も、日和はカウンターの中で空いた器を片づけていた。


「こんばんは」


聞き慣れた声に顔を上げる。


栗色の髪に淡い緑の瞳、柔らかな印象の顔立ちをした男が、いつものように立っていた。


「……エリオさん?」


「はい」


日和はしばらくその顔を見つめた。


「なんでエリオさんなんですか?」


「……そこですか」


「そこですよ」


もう正体は知っているし、本人から理由も聞いた。数日前にはエリアス本人がこの店のカウンターに座り、魚の煮付けまで食べている。


それなのに、なぜまた栗色の髪に戻っているのか。


「もう私には隠す必要ないですよね?」


「お前にはな」


「じゃあ、なんで」


「止められた」


「誰に?」


「オスカーに」


妙に納得できる名前が出てきた。


エリアスはいつもの席へ腰を下ろし、小さく息を吐く。


「今日はこの姿で来るつもりではなかった」


「エリアス様のままで?」


「ああ」


「普通に?」


「ああ」


日和は想像してみる。


灰色の髪に鋭い顔立ちの侯爵が、営業中の宵日和へ普通に入ってくる。


「……目立ちますね」


「オスカーにも同じことを言われた」


屋敷を出るところで見つかり、行き先を聞かれて宵日和だと答えたらしい。


侯爵本人が何度も小さな料理屋へ通えば、嫌でも人目につく。日和の店に余計な噂が立つ可能性もあると言われ、結局エリオの姿で来ることになったという。


「事情は分かりましたけど……変な感じですね」


「何がだ?」


「エリアス様だって知ってるのに、見た目はエリオさんなので」


「そのうち慣れる」


「私が慣れるんですか?」


「他に方法がないだろう」


そう言ったところで、少し離れた席から低い笑い声が聞こえた。


ガルドだった。


日和とエリアスがそちらを見る。


ガルドは酒の入った杯を手に、明らかに面白がっていた。


「……何ですか」


「いや、別に?」


「絶対面白がってますよね」


「気のせいだろ」


「顔が笑ってます」


向かいに座っていたミレイユが、不思議そうに2人を見比べる。


「さっきから何の話?」


「いろいろありまして」


日和が曖昧に答えると、ガルドがまた笑った。


「いろいろ、ねえ」


「ガルドさん」


「なんだよ」


「楽しそうですね」


「まあな」


そのとき、隣から穏やかな声がした。


「僕はあまり楽しくないんですけどね」


日和は思わずエリオを見る。


さっきまでの低くぶっきらぼうな話し方とは違う。声も表情も少し柔らかくなっていた。


エリオの話し方だ。


「……戻るんですね」


小声で言うと、エリオがちらりと日和を見る。


「何のことです?」


「いえ、何でもないです」


分かっていて聞いている。


日和は少しだけむっとした。


「何よ。日和まで何か隠してるの?」


ミレイユがますます怪訝そうな顔をする。


「隠してるというか……私からはちょっと」


「何それ。余計気になるじゃない」


「まあまあ。気にしなくていいですよ」


エリオがにこやかに言う。


その笑顔を見て、日和はなんとも言えない気分になった。


今までなら、エリオはよく笑う人だと思っていた。


けれど中身がエリアスだと知ってしまった今では、目の前で器用にエリオへ戻られると妙に面白い。


「……エリオさんって、結構器用ですよね」


「そうですか?」


「そういうところです」


「よく分かりませんね」


絶対に分かっている。


ガルドが堪えきれずに吹き出した。


「お前ら、面白えな」


「ガルドさんまで何なのよ」


「何でもねえよ」


事情を知らないミレイユだけが納得できない顔をしている。


日和はこれ以上話すと本当に何か漏れそうなので、話題を変えることにした。


「それで、今日は何を食べます?」


「そうですね。日和さんにお任せします」


「駄目です」


「……駄目なんですか?」


「この前、宿題を出しましたよね」


エリオの笑顔がわずかに固まる。


「『何でもいい』も『任せる』も禁止です。ちゃんと自分で食べたいものを考えてきてくださいって」


「ああ……そうでしたね」


「忘れてました?」


「いえ」


「今、思い出しましたよね?」


「そんなことはありませんよ」


柔らかな笑顔のまま否定しているが、怪しい。


ガルドがまた笑った。


「ずいぶん言われるようになったな」


「……そうですね」


エリオは笑っている。


けれど日和には、今の返事だけ少しエリアスが混じったように聞こえた。


見た目も話し方も変わるのに、同じ人。


以前なら別々に見えていた2人が、少しずつ1人に重なっていく。


「じゃあ、考えてる間にこれでもどうぞ」


日和は小鉢を1つ、エリオの前へ置いた。


「ありがとうございます」


「それ食べ終わるまでに決めてくださいね」


「期限が短くないですか?」


「宿題を忘れた人が悪いです」


「忘れてはいませんよ」


「じゃあ問題ないですね」


ガルドがまた笑い、ミレイユはとうとう考えるのを諦めたように酒へ手を伸ばした。


少しだけ変わった、いつもの宵日和。


日和はそんな夜を、悪くないと思った。



王都の魔法研究院。


「――召喚術式が始まりました」


ノアは椅子を蹴るように立ち上がった。


「は?」


今日だなんて聞いていない。


「待って、止めろ!」


廊下へ飛び出し、階段を駆け下りる。


その途中で床が震えた。


「まだ――!」


廊下の先から眩い光があふれる。


ノアは走った。


けれど、光が消えるほうが早かった。


閉ざされた扉の前で足を止める。


「……間に合わなかった」


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