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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第5章 異世界暮らしは恋まで忙しいようです
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第91話 宿題の答えを持ってきたそうです


エリアスの正体を知ってから、数日が過ぎた。


その間、隣家の扉が開くことはなかった。


日和も訪ねなかった。


ガルドと話して、聞きたいことは本人に聞くしかないと分かっている。それでも、いざ隣の家を目にすると足はそちらへ向かなかった。


何から聞けばいいのか、まだ決められずにいた。


そんなある日の夜、最後の客を見送った日和は暖簾を外そうとしていた。


今日も無事に終わった。


あとは片づけて、明日の仕込みを少しして帰ろう。そう考えながら外へ出たところで、人影に気づいた。


「……あ」


灰色の髪。


見慣れた濃紺の服。


数日前、エリオの家で見た顔がそこにあった。


エリアスだった。


「……こんばんは」


「……ああ」


それきり、会話が止まった。


日和は暖簾を持ったまま立ち尽くし、エリアスも何も言わない。


気まずい。


ものすごく気まずい。


以前ならエリアスが黙っていても、こういう人なのだと思えた。けれど今は、エリオとして普通に話していたことを知っている。


つまり、この人は喋れる。


そう思うと余計に腹が立つ。


「……何か?」


結局、先に口を開いたのは日和だった。


エリアスは少しだけ間を置いた。


「宿題の答えを出しに来た」


「……宿題?」


一瞬、本気で何のことか分からなかった。


けれどすぐに、海の町を発つ朝のことを思い出す。


――何を作ってほしいか、だったな。


――そうです。ちゃんと考えておいてくださいって言ったじゃないですか。


日和は手にしている暖簾を見る。


それからエリアスを見る。


「……本当に来たんですね」


「ああ。行くと言った」


確かに言っていた。


戻ったら、宵日和へ客として行くと。


いろいろありすぎて、それどころではなくなったと思っていた。


「もう閉めるところですけど」


「分かっている」


「……じゃあ、どうぞ」


日和は外しかけていた暖簾を抱え、身体をずらした。


エリアスが店へ入る。


考えてみれば、エリアスがここへ来たこと自体はある。けれど、客としてカウンターに座るのは初めてだった。


エリアスが腰を下ろし、日和はカウンターの向こう側に立つ。


沈黙。


やっぱり気まずい。


「……体調は?」


気づけば、最初に出たのはそれだった。


エリアスがわずかに目を見開く。


「もう問題ない」


「熱は?」


「下がった」


「本当に?」


「ああ」


「無理して来てないですよね」


「していない」


日和はじっと顔色を見る。


あの夜ほど悪くはない。少なくとも、今にも倒れそうには見えなかった。


「……なら、いいです」


息を吐くと、エリアスの表情がわずかに緩んだ。


「何ですか」


「いや」


「今、笑いました?」


「少しな」


「なんでですか」


「お前は変わらないと思っただけだ」


その言葉に、日和は眉を寄せる。


「変わりますよ」


「ああ」


「聞きたいこと、いっぱいありますからね」


「分かっている」


エリアスの表情から笑みが消えた。


「全部話す」


真っ直ぐ言われ、日和は返事に詰まった。


聞かなければならない。


どうしてエリオになったのか。どうして隣に住んでいたのか、どうして自分に黙っていたのか。


聞きたいことはいくらでもある。


けれど。


日和はカウンターに座るエリアスを見た。


数日前まで熱を出して寝込んでいた人である。


「……その前に、ご飯にしません?」


「いいのか?」


「よくはないです」


「そうか」


「でも、今日は客として来たんでしょう?」


「ああ」


「だったら、先に食べてもらいます。そのあとです」


エリアスはしばらく日和を見ていたが、やがて小さく頷いた。


「分かった」


「じゃあ、宿題の答えを聞きます」


ようやく本題だ。


「ちゃんと考えてきました?」


「ああ」


「『何でもいい』は禁止ですよ」


「覚えている」


「じゃあ、何が食べたいですか?」


エリアスはすぐには答えなかった。


考えていないのかと思ったが、そうではないらしい。


やがて口を開く。


「お前が食べさせたいもの」


「……はい?」


「日和が、今の俺に食べさせたいと思うものが食べたい」


日和は瞬きをした。


「それ、『何でもいい』とあんまり変わらなくないですか?」


「違う」


即答だった。


「何が違うんですか」


「俺が選ばないというだけで、何でもいいわけではない」


「……屁理屈じゃないですか?」


「そうかもしれない」


認めた。


日和は呆れてエリアスを見る。


けれど、エリアスは真面目な顔をしていた。


「前に、お前が肉じゃがを作ったとき」


不意に出た料理の名前に、日和は黙る。


「あれは、お前が食べたいと思ったものだっただろう」


「……はい」


母の夢を見て、どうしても食べたくなった料理。


そして、自分が食べたいだけではなく、エリアスにも食べてほしいと思った。


「あのとき、お前が俺にも食べてほしいと言った」


「覚えてたんですね」


「覚えている」


エリアスは少しだけ間を置いた。


「だから今度は、お前が俺に食べさせたいと思うものを食べたい」


胸の奥が、落ち着かなくなる。


ずるいと思う。


エリオだったことについては、まだ何も説明されていない。聞きたいことも、言いたいこともたくさんある。


それなのに、こんなことを言われると困る。


「……分かりました」


日和は考える。


エリアスに食べさせたいもの。


今、この人のために作りたいもの。


浮かんだのは、青い海だった。


海の町で見た市場。並んで歩いた道。潮の匂いと、丘いっぱいに咲いていた花。


あの数日がなければ、自分の気持ちにはまだ気づいていなかったかもしれない。


そして、エリアスも今ここにはいなかったかもしれない。


「決まりました」


「何を作る?」


日和は少しだけ笑った。


「それは、できてからのお楽しみです」


エリアスがわずかに眉を上げる。


「教えないのか」


「私に任せたんでしょう?」


「……そうだな」


「じゃあ、待っててください」


日和は袖をまくり、厨房へ向かった。


今夜作るものは、魚の煮付けにしよう。


海の町で見た平たい魚によく似たものを、今日の市場で偶然見つけて仕入れてある。


それに、青菜のおひたしを添える。


海で過ごした時間を思い出しながら作る、今の自分がエリアスに食べてほしい料理。


宿題の答えを受け取ったのだから、今度は日和が答えを出す番だった。


次は11:00に更新しますφ(・ω・`)

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