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第9話 厨房を見せてください


「厨房を見せてもらえませんか?」


部屋を出た日和は、廊下で見つけたオスカーにそう尋ねた。


「厨房、でございますか?」


「はい」


オスカーは少し不思議そうな顔をしたものの、理由を聞くことなく頷いた。


「もちろんでございます。ご案内いたしましょう」


「ありがとうございます」


こういうところも好きだ。


日和はオスカーの後について、屋敷の1階へ向かった。



厨房は想像していたより広かった。


大きな作業台がいくつも並び、壁際には鍋やフライパンのような調理器具が掛けられている。奥には石造りのかまどがあり、その上では大きな鍋から湯気が立っていた。


何人もの料理人が忙しそうに動いている。


日和が入った瞬間、その手が止まった。


視線が集まる。


「……お邪魔します」


日和が頭を下げると、料理人たちは困ったようにオスカーを見た。


「こちらは日和様です。しばらく当家に滞在されます」


「見学させてもらうだけなので、気にしないでください」


そう言ったものの、日和の目はすでに厨房のあちこちへ向いていた。


玉ねぎに似た野菜。


じゃがいものような芋。


人参に近い根菜。


籠には卵があり、棚には小麦粉らしきものも置かれている。


「普通にいろいろある……」


もっと見たことのない食材ばかりだと思っていた。


もちろん形や色が微妙に違うものもあるが、使い方はなんとなく想像できる。


「こちらでは、どのようなものを作っているんですか?」


日和が尋ねると、恰幅のいい料理人が答えた。


「今夜は鶏肉と野菜の煮込みを。それとパン、焼いた川魚をお出しする予定です」


「鶏肉」


思わず反応してしまった。


「見てもいいですか?」


「は、はい」


案内された作業台には、下処理を終えた鶏肉が置かれていた。


日和は覗き込む。


ちゃんと鶏肉だ。


当たり前なのに、少し嬉しい。


「香辛料は?」


「こちらに」


見せてもらうと、塩のほかに乾燥させた香草が何種類かあった。胡椒に似た香りのものもある。


棚には酢や油も並んでいる。


これなら、かなりいろいろ作れそうだ。


日和はさらに厨房を見て回る。


その途中で、棚の端に置かれた小さな袋が目に入った。


「これは?」


中には、茶色く乾燥したものが入っている。


森茸(モリタケ)です。乾燥させたものですよ」


「きのこ?」


1つ手に取り、香りを確かめる。


その瞬間、日和の頭の中に料理が浮かんだ。


水で戻す。


戻し汁も捨てない。


鶏肉を焼いて、玉ねぎを炒める。


根菜を加えて、じっくり煮込む。


味付けは塩を基本にして、香草を少し。


醤油も味噌もない。


でも、これなら。


「……作れそう」


「日和様?」


オスカーに呼ばれ、日和は我に返った。


「あ、すみません」


手にしていた森茸を袋へ戻す。


「料理がお好きなのですか?」


「たぶん」


「たぶん、でございますか?」


「最近のことはあまり覚えてないんですけど、料理のことは覚えてるんです」


包丁の握り方も。


火の入れ方も。


味の整え方も。


食材を前にすると、次に何をすればいいのか自然と分かる。


日和は作業台の上の食材を見た。


見ているだけでは分からない。


本当に自分が料理できるのか。


確かめてみたい。


「オスカーさん」


「はい」


「私も何か作ってみていいですか?」


オスカーが目を瞬かせた。


厨房にいた料理人たちも、また手を止める。


「料理を、でございますか?」


「はい」


日和は少し考えてから付け加えた。


「食材は、無駄にしないようにします」


オスカーはしばらく日和を見つめたあと、穏やかに笑った。


「承知いたしました」


日和は自分の手を見る。


魔法は使えない。


剣も使えない。


勇者の力なんて、何もない。


それでも。


「ありがとうございます」


この手でできることなら、あるかもしれない。


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