第9話 厨房を見せてください
「厨房を見せてもらえませんか?」
部屋を出た日和は、廊下で見つけたオスカーにそう尋ねた。
「厨房、でございますか?」
「はい」
オスカーは少し不思議そうな顔をしたものの、理由を聞くことなく頷いた。
「もちろんでございます。ご案内いたしましょう」
「ありがとうございます」
こういうところも好きだ。
日和はオスカーの後について、屋敷の1階へ向かった。
*
厨房は想像していたより広かった。
大きな作業台がいくつも並び、壁際には鍋やフライパンのような調理器具が掛けられている。奥には石造りのかまどがあり、その上では大きな鍋から湯気が立っていた。
何人もの料理人が忙しそうに動いている。
日和が入った瞬間、その手が止まった。
視線が集まる。
「……お邪魔します」
日和が頭を下げると、料理人たちは困ったようにオスカーを見た。
「こちらは日和様です。しばらく当家に滞在されます」
「見学させてもらうだけなので、気にしないでください」
そう言ったものの、日和の目はすでに厨房のあちこちへ向いていた。
玉ねぎに似た野菜。
じゃがいものような芋。
人参に近い根菜。
籠には卵があり、棚には小麦粉らしきものも置かれている。
「普通にいろいろある……」
もっと見たことのない食材ばかりだと思っていた。
もちろん形や色が微妙に違うものもあるが、使い方はなんとなく想像できる。
「こちらでは、どのようなものを作っているんですか?」
日和が尋ねると、恰幅のいい料理人が答えた。
「今夜は鶏肉と野菜の煮込みを。それとパン、焼いた川魚をお出しする予定です」
「鶏肉」
思わず反応してしまった。
「見てもいいですか?」
「は、はい」
案内された作業台には、下処理を終えた鶏肉が置かれていた。
日和は覗き込む。
ちゃんと鶏肉だ。
当たり前なのに、少し嬉しい。
「香辛料は?」
「こちらに」
見せてもらうと、塩のほかに乾燥させた香草が何種類かあった。胡椒に似た香りのものもある。
棚には酢や油も並んでいる。
これなら、かなりいろいろ作れそうだ。
日和はさらに厨房を見て回る。
その途中で、棚の端に置かれた小さな袋が目に入った。
「これは?」
中には、茶色く乾燥したものが入っている。
「森茸です。乾燥させたものですよ」
「きのこ?」
1つ手に取り、香りを確かめる。
その瞬間、日和の頭の中に料理が浮かんだ。
水で戻す。
戻し汁も捨てない。
鶏肉を焼いて、玉ねぎを炒める。
根菜を加えて、じっくり煮込む。
味付けは塩を基本にして、香草を少し。
醤油も味噌もない。
でも、これなら。
「……作れそう」
「日和様?」
オスカーに呼ばれ、日和は我に返った。
「あ、すみません」
手にしていた森茸を袋へ戻す。
「料理がお好きなのですか?」
「たぶん」
「たぶん、でございますか?」
「最近のことはあまり覚えてないんですけど、料理のことは覚えてるんです」
包丁の握り方も。
火の入れ方も。
味の整え方も。
食材を前にすると、次に何をすればいいのか自然と分かる。
日和は作業台の上の食材を見た。
見ているだけでは分からない。
本当に自分が料理できるのか。
確かめてみたい。
「オスカーさん」
「はい」
「私も何か作ってみていいですか?」
オスカーが目を瞬かせた。
厨房にいた料理人たちも、また手を止める。
「料理を、でございますか?」
「はい」
日和は少し考えてから付け加えた。
「食材は、無駄にしないようにします」
オスカーはしばらく日和を見つめたあと、穏やかに笑った。
「承知いたしました」
日和は自分の手を見る。
魔法は使えない。
剣も使えない。
勇者の力なんて、何もない。
それでも。
「ありがとうございます」
この手でできることなら、あるかもしれない。




