第10話 異世界で、はじめての料理
借りたエプロンを身につけ、日和は作業台の前に立った。
目の前には鶏肉、玉ねぎに似た野菜、じゃがいものような芋、それから先ほど見つけた森茸。まずは森茸を水に浸し、その間に包丁を借りる。
柄を握ると、不思議と手に馴染んだ。
「……大丈夫そう」
玉ねぎを半分に切って皮を剥き、薄く切っていく。考えなくても手が動き、とん、とん、とん、と一定の音が厨房に響いた。
さっきまで遠巻きに見ていた料理人たちが、いつの間にか日和の手元を見ている。
「日和様は料理人だったのですか?」
「分からないんです」
「分からない?」
「何をしてたか、覚えてなくて」
話しながら芋と根菜も切っていく。火の通り方を考え、大きさを揃えて少し大きめに切る。
やっぱり分かる。
何をどう切ればいいのか。次に何をすればいいのか。頭で考えるより先に、身体が動いていた。
鍋に油を引き、鶏肉を入れる。
じゅっ、と音がして、香ばしい匂いが立ち上った。すぐには動かさず、焼き色がつくまで待つ。
「煮込むのでは?」
料理人が不思議そうに尋ねた。
「煮込みますよ。でも、その前に焼いた方がおいしそうなので」
鶏肉の表面に焼き色がついたところで1度取り出し、同じ鍋に玉ねぎを入れる。ゆっくり炒めて甘い香りが出てきたところで、根菜と刻んだ森茸を加えた。
戻し汁も捨てずに鍋へ注ぐ。
「その水も使うのですか?」
「おいしい味が出てるので」
森茸の香りがふわりと広がった。鶏肉を鍋へ戻し、塩と香草を少し加えれば、あとはじっくり煮込むだけだ。
ぐつぐつと揺れる鍋を見ながら、日和は息を吐いた。
楽しい。
その感覚に気づいて、少し驚く。異世界に来てから分からないことばかりだったのに、ここでは違う。鍋の中で何が起きているのか、自分が次に何をすればいいのかが分かる。
味見をして、塩をほんの少し足す。
鶏肉の旨味と野菜の甘みに、森茸から出た味が重なっている。派手な料理ではないけれど、温かくて、ほっとする味だった。
「うん」
日和は頷いた。
「できました」
*
「なぜ私が呼ばれた」
夕食前。食堂にやってきたエリアスは、テーブルの上の皿を見て眉を寄せた。
「味見してほしくて」
「料理人がいるだろう」
「私が作ったんです」
エリアスの視線が皿へ戻る。
「君が?」
「はい」
皿に盛られているのは、鶏肉と野菜の煮込みだ。
「料理ができるのか」
「できました」
「そうではなく」
「最近の記憶は曖昧ですけど、料理は覚えてるみたいです」
エリアスは少し黙った。
「それで、私に食べろと?」
「嫌ならオスカーさんにお願いします」
「嫌とは言っていない」
エリアスは椅子に座り、スプーンを手に取った。
煮込みをひと口。
日和はその顔を見る。
「…………」
「…………」
エリアスは何も言わない。
「どうです?」
「普通だ」
「普通」
「問題なく食べられる」
「それ褒めてます?」
「褒めている」
とてもそうは聞こえない。
日和は少しだけ肩を落とした。
「まあ、初めて使う食材ですしね」
そう言って立ち上がろうとすると、エリアスに呼び止められた。
「どこへ行く」
「厨房に戻ります」
「まだ食べ終わっていない」
「どうぞゆっくり食べてください」
「そうではない。座っていろ」
「どうして?」
「感想が欲しいと言ったのは君だろう」
そうだった。
日和はもう1度椅子に座る。エリアスはそれ以上何も言わず、黙々と食べ続けた。
そして気づけば、皿はきれいに空になっていた。
日和は空の皿を見て、それからエリアスを見る。
「侯爵様」
「何だ」
「全部食べましたね」
「出されたものは残さない」
「おいしかった?」
「…………」
エリアスが黙る。
日和は待った。
「……悪くない」
「それ、おいしいって意味ですか?」
「好きに解釈しろ」
日和は少し笑った。
普通。問題なく食べられる。悪くない。
褒め方はどうかと思う。それでも、空になった皿を見ていると悪い気はしなかった。
「明日も何か作ってみようかな」
口にした途端、胸の奥がざわついた。
明日。
日和は小さく眉を寄せる。
まただ。
どうして自分は、明日という言葉がこんなにも苦手なのだろう。




