第11話 料理を仕事にできますか
翌朝。
目を覚ました日和は、しばらく天井を見つめていた。昨日、自分で口にした「明日」という言葉が、まだ少し胸に残っている。
理由は分からない。考えても答えは出ないし、無理に思い出そうとすれば頭が痛くなる。
「……お腹空いた」
日和はベッドから起き上がった。
とりあえず朝食にしよう。考えるのは、それからだ。
*
朝食を終えると、日和は昨日と同じ厨房へ向かった。
「今日も何か作られるのですか?」
オスカーに尋ねられ、日和は頷く。
「迷惑じゃなければ」
「もちろんでございます」
厨房では、昨日より料理人たちの視線が柔らかかった。まだ珍しそうには見られているが、少なくとも邪魔者を見る目ではない。
日和は並んでいる食材を眺め、籠に入った卵を見つけた。
「これ、使ってもいいですか?」
「ええ。何をお作りに?」
「卵焼きを」
「タマゴヤキ?」
聞き慣れない言葉に、料理人が首を傾げる。
「卵を溶いて、焼いて、巻く料理です」
説明しながら、日和は卵を器に割った。昨日使った森茸の戻し汁が少し残っていたので、匂いを確かめてから溶いた卵に少量加える。
醤油もみりんもない。だから、味付けは塩を少しだけ。砂糖も使いたかったが、この世界では高いと聞いていたのでやめておいた。
油を薄く引いた平たい鍋に卵液を流し、固まり始めたところで端から巻く。空いた場所にもう1度卵液を流し、それを何度か繰り返した。
「……よし」
できあがった卵焼きは少しいびつだったが、道具が違うのだから仕方ない。
切り分けていると、後ろから低い声がした。
「それは何だ」
振り返ると、厨房の入口にエリアスが立っていた。
「侯爵様。どうしたんですか?」
「こちらの台詞だ。なぜ君は朝から厨房にいる」
「料理しに来ました」
「昨日もしていただろう」
「料理は毎日するものですよ」
エリアスは何とも言えない顔をした。
日和は切った卵焼きを1つ、皿に乗せる。
「食べます?」
「朝食は済ませた」
「じゃあ、いらない?」
「…………」
エリアスの視線が皿へ落ちる。
「味見くらいならしてもいい」
昨日まで、食事は空腹を満たせればいいと言っていた人の言葉とは思えない。日和は笑いそうになるのを堪えながら、皿を差し出した。
エリアスが卵焼きを口に運ぶ。
「どうです?」
「……柔らかいな」
「卵なので」
「昨日の料理にも入っていたものか?」
「材料は同じでも、作り方で全然変わるんですよ」
エリアスは残っていたもう1切れも食べた。
自分が作ったものを誰かが食べる。それだけなのに、不思議と気分がいい。
「侯爵様」
「何だ」
「この街って、料理人の仕事はありますか?」
エリアスの手が止まった。
「料理人?」
「はい。いつまでもここでお世話になるわけにもいかないので、仕事を探そうと思って」
昨日、料理をして分かった。自分にはこれがある。
勇者の力ではない。この世界では珍しくもない、ただの料理。それでも、自分の手でできることには違いない。
「働く必要はない」
エリアスが言った。
「生活の基盤ができるまでは面倒を見ると言ったはずだ」
「だから、その生活の基盤を作りたいんです」
「…………」
「帰る方法がいつ見つかるか分からないなら、ずっと侯爵様に食べさせてもらうわけにもいかないでしょう」
「別に困らないが」
「私が困ります」
日和が即答すると、エリアスは黙った。
「料理ならできそうです。それに、結構好きみたいなので」
自分の仕事は思い出せない。どうしてこれほど料理を覚えているのかも分からない。それでも、料理をしている間は不思議と落ち着いた。
エリアスはしばらく考えてから口を開く。
「料理人として働きたいのなら、まずこの国の料理を知るべきだろう」
「この国の料理?」
「使う食材も、味付けも、食事の習慣も君の世界とは違う」
確かにその通りだ。
「じゃあ、どうやって勉強すればいいですか?」
「市場へ行けばいい」
日和は目を瞬かせた。
「市場?」
「ああ」
「案内してくれるんですか?」
「なぜ私が行くことになる」
「前に断られたので」
「なら聞くな」
「でも、文字も読めないし、お金の価値もまだよく分からないです」
エリアスの眉間に皺が寄る。日和は何も言わず、その顔を見つめて待った。
しばらくして、エリアスが深いため息をつく。
「……オスカーをつける」
「侯爵様は?」
「行かない」
「残念」
「なぜ残念そうなんだ」
日和は少し笑った。
とりあえず、次にやることは決まった。
まずは、この世界の食べ物を知ることから始めよう。




