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第11話 料理を仕事にできますか


翌朝。


目を覚ました日和は、しばらく天井を見つめていた。昨日、自分で口にした「明日」という言葉が、まだ少し胸に残っている。


理由は分からない。考えても答えは出ないし、無理に思い出そうとすれば頭が痛くなる。


「……お腹空いた」


日和はベッドから起き上がった。


とりあえず朝食にしよう。考えるのは、それからだ。



朝食を終えると、日和は昨日と同じ厨房へ向かった。


「今日も何か作られるのですか?」


オスカーに尋ねられ、日和は頷く。


「迷惑じゃなければ」


「もちろんでございます」


厨房では、昨日より料理人たちの視線が柔らかかった。まだ珍しそうには見られているが、少なくとも邪魔者を見る目ではない。


日和は並んでいる食材を眺め、籠に入った卵を見つけた。


「これ、使ってもいいですか?」


「ええ。何をお作りに?」


「卵焼きを」


「タマゴヤキ?」


聞き慣れない言葉に、料理人が首を傾げる。


「卵を溶いて、焼いて、巻く料理です」


説明しながら、日和は卵を器に割った。昨日使った森茸の戻し汁が少し残っていたので、匂いを確かめてから溶いた卵に少量加える。


醤油もみりんもない。だから、味付けは塩を少しだけ。砂糖も使いたかったが、この世界では高いと聞いていたのでやめておいた。


油を薄く引いた平たい鍋に卵液を流し、固まり始めたところで端から巻く。空いた場所にもう1度卵液を流し、それを何度か繰り返した。


「……よし」


できあがった卵焼きは少しいびつだったが、道具が違うのだから仕方ない。


切り分けていると、後ろから低い声がした。


「それは何だ」


振り返ると、厨房の入口にエリアスが立っていた。


「侯爵様。どうしたんですか?」


「こちらの台詞だ。なぜ君は朝から厨房にいる」


「料理しに来ました」


「昨日もしていただろう」


「料理は毎日するものですよ」


エリアスは何とも言えない顔をした。


日和は切った卵焼きを1つ、皿に乗せる。


「食べます?」


「朝食は済ませた」


「じゃあ、いらない?」


「…………」


エリアスの視線が皿へ落ちる。


「味見くらいならしてもいい」


昨日まで、食事は空腹を満たせればいいと言っていた人の言葉とは思えない。日和は笑いそうになるのを堪えながら、皿を差し出した。


エリアスが卵焼きを口に運ぶ。


「どうです?」


「……柔らかいな」


「卵なので」


「昨日の料理にも入っていたものか?」


「材料は同じでも、作り方で全然変わるんですよ」


エリアスは残っていたもう1切れも食べた。


自分が作ったものを誰かが食べる。それだけなのに、不思議と気分がいい。


「侯爵様」


「何だ」


「この街って、料理人の仕事はありますか?」


エリアスの手が止まった。


「料理人?」


「はい。いつまでもここでお世話になるわけにもいかないので、仕事を探そうと思って」


昨日、料理をして分かった。自分にはこれがある。


勇者の力ではない。この世界では珍しくもない、ただの料理。それでも、自分の手でできることには違いない。


「働く必要はない」


エリアスが言った。


「生活の基盤ができるまでは面倒を見ると言ったはずだ」


「だから、その生活の基盤を作りたいんです」


「…………」


「帰る方法がいつ見つかるか分からないなら、ずっと侯爵様に食べさせてもらうわけにもいかないでしょう」


「別に困らないが」


「私が困ります」


日和が即答すると、エリアスは黙った。


「料理ならできそうです。それに、結構好きみたいなので」


自分の仕事は思い出せない。どうしてこれほど料理を覚えているのかも分からない。それでも、料理をしている間は不思議と落ち着いた。


エリアスはしばらく考えてから口を開く。


「料理人として働きたいのなら、まずこの国の料理を知るべきだろう」


「この国の料理?」


「使う食材も、味付けも、食事の習慣も君の世界とは違う」


確かにその通りだ。


「じゃあ、どうやって勉強すればいいですか?」


「市場へ行けばいい」


日和は目を瞬かせた。


「市場?」


「ああ」


「案内してくれるんですか?」


「なぜ私が行くことになる」


「前に断られたので」


「なら聞くな」


「でも、文字も読めないし、お金の価値もまだよく分からないです」


エリアスの眉間に皺が寄る。日和は何も言わず、その顔を見つめて待った。


しばらくして、エリアスが深いため息をつく。


「……オスカーをつける」


「侯爵様は?」


「行かない」


「残念」


「なぜ残念そうなんだ」


日和は少し笑った。


とりあえず、次にやることは決まった。


まずは、この世界の食べ物を知ることから始めよう。


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