第12話 異世界の市場はおいしそうです
翌日、日和はオスカーと一緒にアルノルトの市場へ向かった。
屋敷を出てしばらく歩くと、通りの先から賑やかな声が聞こえてくる。市場には色とりどりの野菜や果物、肉、魚、パンなどを扱う店が所狭しと並んでいた。
「おお……」
日和は思わず声を漏らした。
「お気に召しましたか?」
「はい。すごく」
馬車の途中で立ち寄った街でも市場は見たが、ここは規模が違う。見たことのある食材もあれば、初めて見るものもある。
日和は早速、野菜を並べた店の前で足を止めた。
「これ、じゃがいもですよね?」
「ジャガイモ、というものは存じませんが、こちらでは土芋と呼ばれております」
見た目はほとんどじゃがいもだ。
「こっちは?」
「火玉ですね」
「玉ねぎっぽいと思ってました」
「タマネギ?」
「私のいた世界に、よく似た野菜があるんです」
日和は土芋を手に取った。煮てもいい。焼いてもいい。潰してもいいし、揚げてもおいしいはずだ。
隣には人参に似た根菜、その向こうには葉物野菜が並んでいる。
「結構、何でも作れそう」
「何をお作りになるのです?」
「それを考えてるところです」
市場を歩くたびに、頭の中に料理が浮かんでくる。それが楽しくて、日和の足取りは自然と軽くなった。
少し進むと、今度は魚を扱う店があった。
大きな桶の中に何匹もの魚が並んでいる。
「川魚ですか?」
「ええ。この辺りではよく食べられています」
日和は魚を覗き込む。鱒に似ているが、少し模様が違う。
「塩焼きにしたい」
「シオヤキ?」
「塩を振って焼くだけです」
「それだけでございますか?」
「それだけがおいしいんですよ」
魚の横には貝らしきものまで並んでいる。
異世界へ来たというのに、食材を見ていると妙な安心感があった。名前は違っても、野菜は野菜で、魚は魚だ。
調理の仕方もきっと、それほど変わらない。
「日和様」
「はい?」
「楽しそうでございますね」
オスカーに言われ、日和は少し驚いた。
「そう見えます?」
「ええ。屋敷にいらしたときより、ずっと」
言われてみれば、そうかもしれない。
この世界へ来てから、自分がどうなるのか分からないことばかりだった。でも今は、次に何を見ようか、何を食べようか、そんなことを考えている。
「……料理、好きなんでしょうね。やっぱり」
「そのようでございますね」
オスカーが穏やかに笑った。
市場の奥へ進むにつれて、今度は食べ物の匂いが強くなってきた。
肉を焼く匂い。焼きたてのパン。大鍋から立ち上る湯気。
日和は足を止める。
「ここは?」
「屋台が集まっている場所です。昼時ですから、職人や商人たちが食事をしております」
長い木の椅子に人々が並び、パンに肉を挟んだものや、具の入ったスープを食べている。
日和は興味深そうに眺めた。
「みんな外で食べるんですね」
「昼食は簡単に済ませる者も多いですから」
「なるほど」
朝はパンや乳製品。
昼は仕事の合間に簡単なもの。
夜は家で煮込み料理。
オスカーに聞いてみると、一般的な家庭ではそんな食事が多いらしい。
「お米は?」
「オコメ?」
「……ないか」
少し残念だった。
そのとき、近くの屋台から声が飛んできた。
「姉ちゃん、食ってくか?」
見ると、大きな鍋の前に立った男性が笑っている。
鍋の中には、肉と野菜を煮込んだスープが入っていた。
「おいしそう」
日和が呟くと、オスカーが財布を取り出した。
「いただいてみますか?」
「いいんですか?」
「市場を知ることも目的でございますから」
「じゃあ、お願いします」
木の器に入ったスープを受け取り、近くの椅子に座る。
日和はひと口食べた。
「……おいしい」
肉の旨味がしっかり出ている。少し塩気は強いが、硬いパンと一緒に食べるならこれくらいでちょうどいい。
王宮で最初に食べたスープとは大違いだ。
「でも、これ……」
日和はもうひと口食べる。
森茸を入れたら、もっと味に深みが出そうだ。
火玉をじっくり炒めてから入れるのもいい。
香草は少し減らした方が、自分は好きかもしれない。
気づけば、また料理のことを考えていた。
「日和様?」
「すみません。どうやったらもっとおいしくなるかなって」
「食べながら考えておられたのですか?」
「癖みたいです」
日和はスープをもうひと口食べた。
知らない世界。
知らない街。
知らない食べ物。
不安なことはいくらでもある。
それでも。
この街で何を作ろう。
今はそれを考えている時間が、少し楽しかった。




