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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第5章 異世界暮らしは恋まで忙しいようです
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第88話 隣人の看病をすることになりました


その日の宵日和は、いつもより少し早く暖簾を下ろした。


最後の客を見送り、戸締まりと火の始末を済ませる。夕方に会ったエリオの顔色がどうしても気になって、営業中も何度か隣家のことを考えてしまっていた。


本人は寝れば治ると言っていたけれど、あの状態では素直に信用できない。


残っていた米と卵で消化のよさそうな雑炊を作り、小さな鍋に移して布で包む。食べられそうになければ無理に起こさなくてもいい。とにかく今は様子を見に行こう。


店を出て隣家へ向かい、扉を叩く。


「エリオさん?」


返事はない。


もう一度呼んでも物音がしないので、夕方に預かっていた鍵を取り出した。


「エリオさん、日和です。入りますよ?」


扉を開けると、家の中は暗かった。


持ってきた明かりを灯し、雑炊を置こうと机へ向かう。


そこで、日和はふと手を止めた。


「……あれ?」


さっきエリオを連れて入ったときは、そんな余裕がなかった。倒れそうな身体を支えて、とにかく座らせることしか考えていなかったから、部屋の中などほとんど見ていない。


改めて見回してみると、妙なことに気づいた。


何もない。


もちろん、家具はある。机も椅子も棚もあり、暮らすために必要なものは一通り揃っている。


けれど、それだけだった。


机の上には何も置かれておらず、棚には本が数冊並んでいるだけ。脱ぎっぱなしの服もなければ、読みかけの本や使いかけの小物もない。


日和の家なら、朝使ったカップを片づけ忘れていたり、買ってきた食材が籠に入ったままだったりする。店で使おうと思って持ち帰ったものが、いつの間にか机の端を占領していることだってある。


けれど、この家にはそういうものがまるでなかった。


「……綺麗好き、なのかな」


それにしても綺麗すぎる。


水場を覗いてみても、食材らしいものはほとんど見当たらない。


「エリオさん、普段何食べてるんだろ」


宵日和にはよく来ていたけれど、毎日ではない。


仕事で家を空けることが多いと言っていたし、今回もしばらく留守にしていた。それなら物が少なくても不思議ではないのかもしれない。


そう考えれば、一応は納得できる。


「……まあ、人の家を勝手に観察するのもよくないか」


今はそれより、エリオだ。


奥の寝室を覗くと、ベッドに横になっている姿が見えた。ちゃんと寝ていたことにほっとしたものの、近づいてみれば額には汗が浮かび、呼吸も少し荒い。


「……やっぱり大丈夫じゃないじゃん」


起こそうか迷ったが、よく眠っている。


せめて熱を冷ました方がいいだろう。


日和は水場へ戻り、布を探した。棚をいくつか開けて、ようやく見つけた布を水で濡らしてしっかり絞る。


「本当に物が少ないな……」


小さく呟きながら寝室へ戻り、ベッドの横に腰を下ろした。


栗色の髪が汗で額に張りついている。


「人のことはあんなに心配するくせに」


自分はこれである。


日和は小さく息を吐き、濡らした布を額へ乗せようと手を伸ばした。


そのときだった。


「……え?」


目の前で、栗色の髪が揺らいだ。


日和の手が止まる。


一瞬、灯りの加減かと思った。けれど、髪を覆っていた色が抜けていくように、栗色が少しずつ灰色へと変わっていく。


「……なに?」


変わっているのは髪だけではなかった。


柔らかかった顔立ちが揺らぎ、輪郭まで少しずつ変わっていく。


日和は息をするのも忘れて、その光景を見つめていた。


淡い光が身体の表面を走り、ふっと消える。


手から、濡れた布が落ちた。


灰色の髪。


鋭い顔立ち。


見間違えるはずがない。


つい数日前まで海の町で一緒に過ごした人。自分を抱きしめ、花の咲く丘へ連れて行ってくれた人。


そして――好きだと気づいた人。


「……え」


頭が追いつかない。


エリオが眠っていたはずのベッドにいるのは、どう見ても別の人だった。


けれど、その人を日和はよく知っている。


「……エリアス、様?」


返事はない。


エリアスは、何も知らずに眠ったままだった。


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