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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第6章 異世界暮らしは恋まで忙しいようです
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第82話 恋する人はわかりやすいようです


厨房へ向かう途中、日和は隣を歩くフィアをちらりと見た。


さっきマシューと話していたときの様子を思い出す。


帰ると聞いたときの少し残念そうな顔も、閉じた扉をいつまでも見ていたことも、仲がいいのかと聞いただけで慌てていたことも。


たぶん、そういうことなのだろう。


自分のことにはあれほど長い間気づかなかったくせに、人のことなら案外分かるものらしい。


「何を作りましょうか」


「そうだね。マシューさん、甘いものは大丈夫?」


厨房へ入りながら尋ねると、フィアはすぐに頷いた。


「食べますよ。でも、甘すぎるものはあまり好きじゃないです」


「へえ」


「木の実が入っているものは好きです。前にもよく食べていたので」


「なるほど」


日和はそれ以上何も言わなかった。


ただ、やっぱりそうなんだろうなとは思った。


厨房には小麦粉やバター、卵、砂糖が揃っていた。木の実もあったので、甘さを控えた小さな焼き菓子を作ることにする。


「じゃあ、木の実を刻んでもらっていい?」


「はい」


フィアが張り切って作業を始める。


日和はバターを柔らかくしながら、その横顔を眺めた。


「フィアって何歳?」


「22です」


「22?」


思わず手が止まる。


「はい」


「……弟と同じだ」


「弟さんがいらっしゃるんですか?」


「うん。7つ下だから」


湊の顔が浮かんだ。


昨日、浜辺で思い出した幼い頃の姿。それよりもう少し大きくなってからの、何かあるたびに姉ちゃんと呼んでいた弟。


懐かしいと思う。


少し寂しいとも思う。


けれど、昨日のように頭が痛くなることはなかった。


「仲がいいんですか?」


「どうだろう。喧嘩もしたけど、まあ、仲はよかったと思う」


「会いたいですか?」


日和は少しだけ考えた。


「……うん。会いたい」


それは素直に言えた。


元気にしているのか知りたいし、話したいこともある。


会いたい。


けれど、それがそのまま帰りたいという気持ちなのかは、まだ分からなかった。


「でも、フィアの方がしっかりしてるかも」


「弟さんに失礼ですよ」


「本人いないから大丈夫」


フィアがくすくす笑う。


昨日までは名前も知らなかったのに、こうして一緒に厨房に立っていると不思議と話しやすかった。


「そういえば、日和さん」


「うん?」


「旦那様とは、いつからなんですか?」


日和は混ぜていた手を止めた。


「……何が?」


「お付き合いされているんですよね?」


「…………誰と?」


「旦那様と」


「してないよ!?」


思わず声が大きくなった。


今度はフィアが驚く。


「えっ」


「えっ、じゃないよ。なんでそうなったの?」


「違うんですか?」


「違うよ!」


少なくとも、今は。


最後の言葉は心の中だけにしておいた。


フィアは本気で驚いたらしく、目をぱちぱちさせている。


「私、てっきり……」


「何を見たらそうなるの」


「だって、こちらに女性の客人がいらっしゃること自体、初めてですから」


日和の手が止まった。


「……初めて?」


「はい。旦那様は視察でこちらにいらしても、お仕事ばかりです。誰かを連れていらっしゃることはありますけど、皆さんお仕事の方ですし」


「今回も視察だよ?」


「日和さんは視察する方じゃないですよね?」


「……まあ、そうだけど」


「それに、いらっしゃる前から色々と準備するよう言われていたんです」


「準備?」


フィアは木の実を刻みながら頷いた。


「お部屋をいつもより念入りに整えるようにとか、寝具も新しいものに替えるようにとか。食事も、海のものをいくつか用意しておくようにって」


「……そんなことまで?」


初耳だった。


「市場も見たいだろうから、視察の予定を詰めすぎないようにって、オスカーさんとお話しされていたと思います」


日和は何も言えなくなる。


市場でエリアスが言った言葉を思い出した。


『後で見ればいい』


『そのために連れてきたんだからな』


あれは、その場で思いついたことではなかったらしい。


「あと、海が見えるお部屋をって」


「……それも?」


「はい。日和さんは海がお好きなんですか?」


「好き……だと思う」


少なくとも今はそう思う。


元の世界で海の近くに住んでいたことを、エリアスはここへ来るまで知らなかったはずだ。


なら、単純に海を見せようと思ってくれていたのだろうか。


そう考えると、また胸の奥が落ち着かなくなる。


「だから、てっきり恋人の方なのかと」


「違うってば」


「でも、旦那様も日和さんを見るときだけ、少し違いますよ」


「……何が?」


「目が優しいです」


日和は完全に黙った。


「普段はもっと怖いというか……」


「分かる」


「あ、分かるんですね」


「最初は怖い人だと思ってたから」


「ですよね」


妙なところで意見が一致した。


フィアは少し笑ってから、木の実を刻む手を動かす。


「でも、日和さんとお話しされているときは全然違いました。昨日も」


昨日。


その一言で、抱きしめられたことまで思い出しそうになり、日和は慌ててバターを混ぜた。


「……もうエリアス様の話は終わり」


「どうしてですか?」


「お菓子作るから」


「作りながらでも話せますよ」


「22歳ってこんなに強かったっけ……」


湊はもう少し扱いやすかった気がする。


たぶん。


日和は砂糖を少し控えめに加え、卵を混ぜる。そこへ小麦粉とフィアが刻んだ木の実を加えていくと、柔らかな生地がまとまっていった。


「じゃあ、今度は私から聞いていい?」


「何ですか?」


「マシューさんのこと、好きでしょ」


フィアの手が止まった。


「…………え」


「さっき見てて、そうかなって」


「な、なんでですか」


「帰るって聞いたとき、すごく残念そうだったし。ずっと見送ってたから」


「見てたんですか!?」


「隣にいたからね」


フィアの顔がみるみる赤くなる。


「違います」


「そっか」


「……」


「じゃあ違うってことで」


日和があっさり生地へ視線を戻すと、フィアが困ったように黙り込んだ。


しばらくして、小さな声がする。


「……好きです」


「うん」


「ずっと」


日和は顔を上げる。


フィアは恥ずかしそうにしながらも、今度は否定しなかった。


「小さい頃から家が近くて、気づいたらずっと一緒にいたんです。でもマシューは私のこと、たぶん妹みたいにしか思ってなくて」


「それでさっきも?」


「……帰るって言われたら、もう少し話したかったなって」


かわいい。


思わずそう思った。


「だから、日和さんが一緒にお菓子を作ろうって言ってくれたの、ちょっと嬉しかったです」


「お礼は私がしたいだけだけどね」


「分かってます」


「でも、一緒に作ったって言って渡せばいいよ」


「えっ」


「せっかくだし」


「それは……」


フィアが途端にそわそわし始める。


日和は笑いながら、生地を小さく丸めた。


「人のことだと簡単に言えるんだけどなあ」


「何か言いました?」


「なんでもない」


「……日和さんも好きな人いるんですか?」


日和の手が止まった。


フィアの目が大きくなる。


「あ」


「何」


「いますね?」


「なんでそうなるの」


「今、止まりました」


「生地の形を考えてただけ」


「さっきまで迷わず丸めてました」


意外と鋭い。


「誰ですか?」


「言わない」


「私のは分かったのに?」


「フィアが自分で言ったんでしょ」


「ずるいです」


日和は答えず、ひたすら生地を丸めることにした。


けれど、さっき聞いた話が頭から離れない。


女性の客人を連れてきたのは初めて。


海の見える部屋。


食事。


市場を見るための時間。


自分が知らなかったところで、エリアスが準備してくれていたもの。


昨日は、もう責任だけではないと言っていた。


そして。


『少なくとも、お前には正直でいる』


思い出しただけで、また顔が熱くなる。


「……日和さん」


「何?」


「顔、赤いですよ」


「厨房が暑いから」


「まだ火もつけてませんよ」


「フィア」


「はい?」


「お菓子、焼こうか」


これ以上話していたら、何を口走るか分からない。


日和は逃げるように天板へ生地を並べた。


隣でフィアが笑っている。


どうやら新しくできた22歳の友人は、弟よりずっと手強そうだった。


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