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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第6章 異世界暮らしは恋まで忙しいようです
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第81話 壁に目あり庭にも目あり


部屋に戻って扉を閉めた瞬間、日和はその場にしゃがみ込みそうになった。


『少なくとも、お前には正直でいる』


思い出す。


『俺は、お前を帰したくないと思っている』


さらに思い出す。


「……寝られるわけない」


帰したくない。それはつまり、ここにいてほしいということだろうか。


いや、そういう意味だとしても、それが自分と同じ気持ちだとは限らない。責任ではないと言っていたけれど、だからといってすぐ恋愛に結びつけるのは都合がよすぎる気もする。


それより気になるのは、途中から変わった一人称だった。


「……俺って言ったよね」


普段のエリアスは私と言う。それが、あのときだけは俺だった。


日和はベッドに倒れ込み、そのまま枕へ顔を埋める。


「無理。寝よう」


けれど目を閉じても、青みがかった灰色の目も、真っ直ぐこちらを見ていた顔も、言われた言葉も全部はっきり浮かんでくる。


これは朝まで眠れないかもしれない。


そう覚悟したはずなのに。


次に目を開けたとき、窓の外はすっかり明るくなっていた。


「……寝てるじゃん、私」


しかも、かなりぐっすりだった。


昨日は馬車で長く移動したうえ、浜辺で倒れている。いくら頭が冴えていても、身体の疲れには勝てなかったらしい。


身支度を整えて食堂へ向かったが、そこにエリアスの姿はなかった。


「あの、エリアス様は?」


近くにいた若い女性の使用人に尋ねる。


「旦那様でしたら、今朝早く視察へ向かわれました。お戻りは午後になるかと思います」


「そうなんですね」


ほっとした。


昨日あんな話をした直後に、どんな顔で会えばいいのか分からなかったから助かった。


……助かったはずなのに、少し残念に思っている自分もいる。


「面倒くさいな、私……」


「何かおっしゃいました?」


「ううん。なんでもないです」


女性が不思議そうに首を傾げる。


年は若そうだった。栗色の髪を後ろでまとめ、きびきびと動いているものの、表情は柔らかい。


「昨日もいましたよね?」


「はい。フィアと申します。普段はこちらの別宅で働いております」


「日和です」


「存じております」


「あ、そっか」


思わず笑うと、フィアも少しだけ笑った。


「日和様、お身体はもうよろしいのですか?」


「大丈夫です。昨日はご心配をおかけしました」


「いえ。私も驚きましたから」


「……やっぱり、みんな知ってるんですね」


「それは……」


フィアが言いにくそうに視線を逸らした。


嫌な予感がする。


「もしかして、エリアス様が私を運んできたところ、見ました?」


「……少しだけ」


「少しだけ?」


「玄関に入ってこられたところを」


日和は額を押さえた。


昨日は意識を失っていたから考える余裕もなかったけれど、浜辺からここまでエリアスが運んでくれたのだ。当然、誰かには見られている。


「できれば忘れてください」


「それは難しいかと……」


「ですよね」


フィアが困ったように笑った、そのときだった。


「もう起きて大丈夫なんですか?」


後ろから声をかけられ、日和は振り返る。


扉の向こうに、作業着姿の青年が立っていた。日に焼けた肌に短い茶色の髪、手には使い込まれた革の手袋を持っている。


「えっと……」


「マシューです。ここの庭の手入れをしてます」


「あ、日和です」


「知ってます。昨日、旦那様が抱えて帰ってきた人ですよね」


「……その覚え方やめてもらえます?」


マシューが声を立てて笑った。


「すみません。でも、本当にもう大丈夫なんですか? 昨日は意識なかったみたいだったから」


「はい。もう大丈夫です。……マシューさんも見てたんですか?」


「見てたっていうか、最初に会ったのが俺なんですよ」


「最初?」


「昨日、庭の手入れが終わって帰ろうとしてたら、旦那様があなたを抱えて戻ってきたんです」


日和は目を瞬く。


「それで、俺がオスカーさんを呼びに行きました。旦那様、声かけられる雰囲気じゃなかったんで」


「……そんなに?」


「かなり」


即答だった。


どんな顔をしていたんだろう。


気になるような、聞かない方がいいような。


「じゃあ、オスカーさんがすぐ来てくれたのって……」


「たぶん俺が呼んだからですね」


「そうだったんですね。ありがとうございます」


頭を下げると、マシューは慌てたように手を振った。


「いやいや、俺は呼びに行っただけなんで。お礼を言われるほどじゃないですよ」


「でも、助かりました」


「ならよかったです」


マシューは屈託なく笑うと、手にしていた革の手袋を腰のベルトに挟んだ。


「じゃあ、俺はこれで。今日はもう終わったんで」


「あ、お疲れさまでした」


日和が頭を下げる。


その隣からも声がした。


「マシュー、もう帰るの?」


フィアだった。


「うん。今日は朝の手入れだけだから」


「……そう」


「また明日な」


「うん。また明日」


マシューが軽く手を上げて出ていく。


日和はその背中を見送り、それから何気なく隣を見る。


フィアもまだ、閉じた扉を見ていた。


「……フィア」


「はい?」


「マシューさんと仲いいの?」


「えっ」


分かりやすく肩が跳ねた。


「ち、小さい頃から知ってるんです。家も近いので」


「へえ」


「それだけです」


「まだ何も聞いてないよ」


「……そうでした」


フィアが赤くなった頬を隠すように俯く。


日和はその横顔を見ながら、なんとなく察した。


昨日までの自分なら気づかなかったかもしれない。


人のことなら、案外分かるものらしい。


「マシューさん、もう帰っちゃったんだよね」


「はい」


「何かお礼したかったな」


「マシューなら気にしないと思いますよ。ああいう人なので」


「だから余計にしたくなるんだよね」


大げさなお礼をするほどではない。でも、何もしないのも落ち着かない。


少し考えていると、ふと昨日借りた厨房が頭に浮かんだ。


「……お菓子でも作ろうかな」


「お菓子ですか?」


「うん。今日も厨房、借りられるかな」


「もちろん大丈夫だと思います」


「じゃあ決まり」


日和は頷き、それからフィアを見る。


「フィアも一緒に作らない?」


「私もですか?」


「うん。1人で作るより楽しいし」


フィアは驚いた顔をしたあと、少しだけ嬉しそうに笑った。


「……はい。ぜひ」


「じゃあ、何作るか考えよっか」


「はい」


そう答えたフィアは、さっきまでより少し楽しそうだった。


日和はそれを見て、こっそり微笑んだ。



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