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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第6章 異世界暮らしは恋まで忙しいようです
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第75話 海へ行くだけなのに落ち着きません


結局、昨日はエリアスに会えなかった。


夕食にも姿はなく、オスカーに聞けば仕事が立て込んでいるらしい。それなら仕方ないと思ったのに、少し残念に感じた自分には気づかないふりをした。


翌朝、まだ空が明るくなり始めたばかりの時間に玄関へ向かうと、外にはすでに馬車が何台か並び、護衛や使用人たちが出発の準備を進めていた。


「おはようございます、日和様」


「おはようございます」


「旦那様はあちらに」


オスカーの視線を追うと、馬車のそばで護衛と話しているエリアスがいた。灰色の髪に濃いネイビーの上着、朝から相変わらず人を寄せつけにくそうな顔をしている。


昨日会えなかったせいだろうか。姿を見つけただけで胸が大きく鳴って、日和は自分でも驚いた。


「日和」


こちらに気づいたエリアスが歩いてくる。


「おはようございます、エリアス様」


「ああ」


久しぶりに顔を合わせたわけでもないのに、名前を呼ぶだけで妙に落ち着かない。


「昨日、忙しかったんですね」


「少し仕事が残っていた」


「夕食にもいなかったから、相当だったんじゃないですか?」


「今日から数日空ける。その分を片づけていただけだ」


「大変ですね」


日和を連れていくと決めてから、エリアスが数日分の仕事を前倒しで片づけていたことなど日和は知らない。視察の途中で戻る必要がないようにと、昨夜遅くまで執務室にいたことも。


「日和様はこちらへ」


オスカーに案内されて馬車の前まで行くと、先にエリアスが乗り込んだ。


「……私もこれですか?」


「はい」


「てっきり別の馬車かと」


「なぜだ」


中から声がする。


「なんとなくです」


「なら問題ないだろう」


何が問題ないのかは分からないけれど、日和も馬車へ乗り込んだ。


向かいにはエリアス。扉が閉まり、馬車がゆっくりと動き出す。


護衛や使用人も一緒に来ているとはいえ、この中には2人だけだ。昨日まで楽しみにしていたはずなのに、いざ向かい合うと妙に意識してしまい、日和はなんとなく窓の外へ目を向けた。


「……何かあるのか」


「え?」


「さっきから外ばかり見ている」


「景色を見てるだけです」


「そうか」


それ以上は聞かれなかった。


街を抜ける頃には朝日も昇り、見慣れた建物が少しずつ減っていく。しばらく景色を眺めているうちに日和の緊張もほどけてきた。


「海の近くだと、やっぱり食べるものも変わるんですか?」


「多少はな。魚介が増えるし、塩漬けや干したものも多い」


「市場も大きいんですか?」


「ああ。港に入ったものだけでなく、周辺の村からも集まる」


「楽しみだなあ。見たことないものもありそうですね」


「食材を見るために来るわけではないぞ」


「分かってますよ。エリアス様の視察ですから」


そう答えながらも、頭の中ではすでに魚や貝、見たことのない野菜まで並び始めている。


そんな日和を見て、エリアスが小さく息を吐いた。


「……何ですか」


「いや」


「今、絶対呆れましたよね」


「まだ何も言っていない」


「顔に出てます」


「そうか」


「そうです」


話しているうちに、いつの間にか最初の緊張はなくなっていた。


けれど朝が早かったせいか、今度は別の問題が出てくる。


馬車の規則的な揺れと車輪の音が妙に心地よく、窓の外を見ていたはずなのに気づけば瞼が落ちていた。はっとして開け、しばらくするとまた閉じる。


「……眠いのか」


「眠くないです」


「今、寝ていただろう」


「目を閉じてただけです」


「それを寝ていると言う」


「まだ起きてます」


言った直後にあくびが出た。


エリアスが小さく息を吐く。


「寝ていろ」


「でも、せっかく景色が」


「海は逃げない」


「そうですけど」


「着いたら起こす」


その言い方が思ったより優しくて、日和は少し黙った。


「昨日、あまり眠れなかったのか」


「……ちょっとだけです」


「なぜ言わなかった」


「言うほどのことじゃないですよ。ただの寝不足です」


「それで体調を崩したら同じだ」


日和は瞬きをして、向かいに座るエリアスを見る。


「……心配性ですね」


「そうか?」


「はい。知り合いにもいるんですよ、そういう人」


エリアスの目がわずかに動いた。


「少しくらい大丈夫って言っても、全然聞いてくれないんです」


「心配されるようなことをするからだろう」


日和は思わず黙った。


「……それ」


「なんだ」


「その人も言いそう」


今度はエリアスが黙る。


「なんか似てますね」


「……そうか」


「はい。心配性なところとか、言い方とか」


顔も声も雰囲気も全然違うのに、時々ふっと重なる。どこがと聞かれるとうまく説明できないけれど、今の言い方は妙に似ていた。


不思議だなと思いながら見ていると、エリアスが視線を逸らす。


「いいから寝ろ」


「あ、それも言いそう」


「日和」


「はいはい」


少し笑いながら座席へ体を預ける。目を閉じると馬車の揺れが思っていた以上に心地よく、さっきまで気になっていた向かいの気配も少しずつ遠ざかっていった。


「着いたら起こしてくださいね」


「ああ」


「絶対ですよ」


「分かった」


その返事を最後に、日和の意識は途切れた。


どれくらい眠っていたのだろう。


馬車は変わらず規則的に揺れているのに、さっきよりずっと寝心地がいい。それに、なんだか温かい。


頬に触れるぬくもりに無意識にもう少しだけ身を寄せてから、日和はゆっくりと目を開けた。


近いところに誰かの肩がある。


「……ん?」


ぼんやりしたまま顔を上げると、すぐ近くにエリアスの顔があった。


「起きたか」


「……え?」


一瞬、何が起きているのか分からなかった。


エリアスの顔を見て、その肩を見て、ようやく自分がそこにもたれて眠っていたことに気づく。


「えっ」


眠気が一気に吹き飛んだ。


慌てて体を起こすと、向かいに座っていたはずのエリアスがいつの間にか隣にいる。


「なんでエリアス様がここにいるんですか?」


「寝にくそうだったからだ」


「だからって、なんで隣に……」


「何度も頭をぶつけそうになっていた」


「起こしてくださいよ」


「よく寝ていたからな」


「そうですけど……」


エリアスは何でもないことのように言うけれど、日和には何でもなくない。


さっきまで感じていた温かさがエリアスのものだったと分かった途端、急に頬まで熱くなる。


どれくらいこうして寝ていたんだろう。


「……重くなかったですか?」


「別に」


「ほんとに?」


「ああ」


「よだれとか」


「出ていない」


「そこ即答されると余計恥ずかしいんですけど」


エリアスの口元がわずかに緩む。


「今、笑いました?」


「笑っていない」


「絶対笑った」


「寝ぼけているんだろう」


まただ。


その返し方に、さっき感じたのと同じものが引っかかった。


「……やっぱり似てる」


「何がだ」


「さっき話した人です。なんか、たまに言い方が似てるんですよね」


エリアスがほんの一瞬黙る。


「……偶然だろう」


「そうだと思いますけど」


顔も声も違うし、雰囲気だってその人の方がずっと柔らかい。それなのに、こうして話していると時々同じ人と話しているような気がする。


そこまで考えて、日和は小さく首を傾げた。


まあ、似た人くらいいるか。


「もう眠くないのか」


「今ので完全に目が覚めました」


「そうか」


「誰のせいだと思ってるんですか」


「私か?」


「他に誰がいるんですか」


エリアスがまた少し笑った。


それよりも問題は距離だった。


もう起きたのだから向かいへ戻ると思っていたのに、エリアスは隣に座ったまま動く気配がない。少し腕を動かせば触れてしまいそうな距離を意識した途端、胸がまたうるさくなる。


「……戻らないんですか?」


「どこへ」


「向こうです」


「なぜ」


「なぜって……」


答えに困る。


近いから落ち着かないなんて、本人に言えるわけがない。


「……別にいいですけど」


「なら問題ないだろう」


「またそれ」


「何がだ」


「なんでもないです」


日和は逃げるように窓の外へ顔を向けた。


さっきまで眠くて仕方なかったのが嘘みたいに目は冴えているのに、肩にはまだあの温かさが残っている気がする。


しばらくすると、窓から入る風の匂いが少し変わった。


「……あ」


遠くに青いものが見える。


「海!」


一気に胸が弾み、日和は窓へ寄った。


「エリアス様、見えますよ」


「ああ」


振り返る。


隣に座っていたことを一瞬忘れていて、思った以上に近いところにエリアスの顔があった。


胸が跳ねる。


「……見てます?」


「ああ。見ている」


「海、あっちですよ」


「分かっている」


そう言いながら、青みがかった灰色の目はまだ日和を見ている。


日和はなんとなく耐えられなくなって、もう一度窓の外へ顔を向けた。


久しぶりに見る海は、記憶にあるものと同じように青い。


ずっと楽しみにしていた景色のはずなのに、今は肩に残った温かさと、すぐ隣にいるエリアスの方が気になって仕方なかった。


ここまで読んでくださってありがとうございます!


今日の更新はここまでです(((・・;)

明日の7:00をお待ちください~~!

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