第73話 今まで通りが少し難しいです
ルカが店に来たのは、海へ行くことが決まってから2日後だった。
「日和、頼まれてたやつ持ってきたよ」
「ありがとう。そこ置いてもらっていい?」
「はいはい」
いつもと同じ声に、いつもと同じ笑顔。それなのに日和は妙に落ち着かなかった。
あの日から初めて会う。
――俺、日和のことが好きです。
思い出した途端、受け取った籠を置く動きまでぎこちなくなる。
「……重い?」
「え?」
「いや、なんか変な持ち方してるから」
「あ、大丈夫」
慌てて持ち直すと、ルカが少し笑った。
「そんな緊張しなくてもいいのに」
「……してないよ」
「してるよ」
即答された。
今までなら普通に話せていたのに、好きだと言われただけでどう話せばいいのかまで分からなくなる。ルカが来れば仕入れの話をして、くだらない話をして、時間があれば何か食べていく、それだけだったはずなのに。
「返事、急がなくていいって言ったでしょ」
「……うん」
「だから今まで通りでいいよ」
「今まで通りが分からなくなってる」
正直に言うと、ルカが吹き出した。
「そこまで正直に言う?」
「だって本当に分からないし」
「じゃあ、そのうち慣れて」
「雑だなあ」
「考えすぎるよりいいでしょ」
そう言って笑う顔がいつも通りで、日和も少しだけ肩の力が抜けた。
ルカはそれ以上、告白の話をしなかった。代わりに持ってきた野菜の出来や最近の値段、南から入ってきた品の話をしているうちに、日和もいつものように質問を返せるようになる。
「そういえば、数日店休むかも」
「珍しいね。どこか行くの?」
「海」
「海?」
「領内の沿岸部に行くことになって。港とか市場も見られるみたい」
口にすると自然と声が弾んだ。この辺にはない魚もあるらしいし、加工品や塩も見てみたい。
「完全に仕入れの顔になってる」
「だって気になるでしょ」
「日和はそうだろうね」
ルカが笑う。
「でも急だね。1人で行くの?」
「知り合いが領内の視察で行くらしくて、特産品に興味があるなら一緒に来るかって」
「知り合い?」
「うん」
ルカが少し黙った。
「……男?」
「男だけど」
返した途端、ルカの眉がわずかに動く。
「あ、でも2人じゃないよ。視察だから他にも人がいるし」
「……そっか」
「今ちょっと安心した?」
「した」
素直に認められて、今度は日和が黙った。
「好きな人が知らない男と海に行くって聞いたら、そりゃちょっとは気になるよ」
「あ……ごめん」
「なんで日和が謝るの」
「いや、なんとなく」
「謝らなくていいって。返事もまだもらってないのに、俺が日和の行動に口出すのは違うでしょ」
ルカはそう言って、いつものように笑う。
「行きたいんだよね?」
「……うん。海も見たいし、食材も気になる」
「じゃあ楽しんでおいでよ」
「いいの?」
「だから、なんで俺に許可取るの」
「それもそうか」
「そうだよ」
日和もつられて笑うと、少しだけいつもの空気に戻った。
「せっかく行くなら色々見てきたらいいよ。この辺じゃ入らないものがあったら教えて、商会で扱えるかもしれないし」
「結局仕事の話になるんだ」
「商人だからね」
「じゃあ何か面白いもの探してくる」
「期待してる」
いつもの会話なのに、やっぱり以前とは少し違う。好きだと言われたことは消えないし、日和はまだ答えを出せていない。
ルカといるのは楽しい。話しやすくて優しくて、一緒にいて疲れない。でも、それがルカの言う「好き」と同じなのかはまだ分からなかった。
「じゃ、俺そろそろ行くよ」
「うん。ありがとう」
扉へ向かったルカが途中で振り返る。
「日和」
「ん?」
「楽しんできて」
からかうような調子ではなかった。日和は少しだけ目を瞬いて、それから頷く。
「……うん」
「帰ってきたら話聞かせて」
「分かった」
ルカが店を出ていくのを見送り、日和は小さく息を吐いた。
優しいな、と思う。だからこそ適当な返事はしたくないし、待つと言ってくれたなら自分もちゃんと考えたい。
数日後には海へ行く。そして、その隣にはエリアスがいる。
そう考えただけで胸の奥が少し騒がしくなり、日和は無意識に胸元へ手を当てた。
ルカと話していたときとは、少し違う。
その違いが何なのかは、まだ分からなかった。




