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弟と間違えて召喚されたので、異世界で小料理屋をはじめます~小料理屋《宵日和》~  作者: HaKo
第6章 異世界暮らしは恋まで忙しいようです
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第72話 領地の視察についていくことになりました


宵日和は、今日もいつも通り営業していた。


ガルドが酒を頼めばミレイユが飲みすぎるなと言い、そこから言い合いになる。最近ではすっかり見慣れた光景で、日和も止めるどころか笑って眺めるようになっていた。


「だから俺はまだ1杯目だっつってんだろ」


「その1杯が大きいのよ」


「日和、こいつなんとかしろ」


「ミレイユの方が正しいと思います」


「お前、どんどん遠慮なくなってんな」


「常連さんですから」


「扱いが雑になってるだけじゃねえか」


向かいでミレイユが笑い、日和もつられて笑う。


そんなやり取りをしながら夜は過ぎ、最後の客を見送った。


「じゃあね、日和」


「また来る」


「はい。おやすみなさい」


ガルドとミレイユが並んで帰っていくのを見送り、日和は店の扉を閉める。


「……最近、ほんと一緒に帰るなあ」


本人たちは何も変わっていないと言い張るけれど、以前より明らかに距離が近い。少し笑いながらカウンターの皿を集め、厨房へ運んでいると、閉めたはずの扉が叩かれた。


忘れ物だろうか。


手を拭きながら扉へ向かい、何気なく開ける。


「はい――」


声が止まった。


灰色の髪に、青みがかった灰色の目。店の前に立っていたのは、久しぶりに見るエリアスだった。


「……エリアス様」


名前を呼んだ瞬間、胸が大きく鳴った。


最後に会ったとき、これからは名前で呼べと言われた。何度か口にすれば慣れると思っていたのに、久しぶりに本人を前にして呼ぶと妙に意識してしまう。


「久しぶりだな」


「……はい。お久しぶりです」


いつも通り答えたつもりなのに、少し声が固くなった。


エリアスがわずかに眉を寄せる。


「どうした?」


「え?」


「何かあったか」


「何もないです」


返事が早すぎた。


日和は誤魔化すように笑い、ふとエリアスの目を見る。


日が沈んだあと、まだ少しだけ青が残っている空。


店の名前を決めた日のことまで思い出し、また胸が鳴る。


「……日和?」


「はい!」


今度は声が大きすぎた。


「本当にどうした」


「なんでもないです!」


怪訝そうな顔をされ、日和は自分でも分からなくなる。


なんでこんなに緊張しているんだろう。


「それより、どうしたんですか? こんな時間に」


「少し話がある」


「話?」


急に真面目な声を出され、今度は別の意味で緊張する。


「何かありました?」


「いや」


「……とりあえず入ってください」


侯爵が店先に立っているところを誰かに見られたら目立つ。日和はエリアスを中へ入れ、急いで扉を閉めた。


静かになった店内に2人きり。


そう意識した途端、また落ち着かなくなる。


「座ってください。何か飲みます?」


「いや、必要ない」


「じゃあ……そこに」


カウンターの椅子を示し、自分はその向こう側へ回る。これなら少し距離がある。


なぜ距離が必要なのかは分からない。


「それで、話って?」


エリアスは少し間を置いてから口を開いた。


「数日後、領内の沿岸部へ行く」


「沿岸部?」


「ああ。港と周辺の村を視察する予定だ」


「海ですか?」


思わず身を乗り出すと、さっきまでの緊張が少しだけ薄れた。


「この辺にも海があるんですね」


「領地の南西側だ。ここから馬車で半日ほどかかる」


「へえ……どんな魚が獲れるんですか?」


エリアスが日和を見る。


「……やはりそこか」


「何がですか?」


「いや」


日和の頭にはもう食材が浮かんでいた。


「貝とかあります? 海藻は? 干した魚とか」


「ある」


「塩漬けは?」


「あると思う」


「発酵させたものもありそうですよね」


「それは現地で聞いた方が早い」


「気になるなあ」


思わず呟くと、エリアスがじっとこちらを見る。視線が合っただけで、さっき少し落ち着いたはずの胸がまた騒がしくなった。


「……なんですか?」


「興味があるのか」


「あ、はい。ありますよ。この辺じゃ手に入りにくいものもありそうですし」


「そうか」


エリアスはそれきり黙った。


「エリアス様?」


呼ぶと、ようやく口を開く。


「……一緒に来るか」


「え?」


「沿岸部へ」


日和は瞬きをした。


「私が?」


「ああ」


「視察に?」


「ああ」


「なんで?」


またエリアスが黙る。


「……現地の特産品を見る機会にはなる。魚介類だけではなく、塩や加工品もある。市場も見る予定だ」


「市場も?」


「ああ」


それはかなり魅力的だ。


行きたい。


そう思ったのに、すぐには返事が出なかった。


エリアスと一緒に、馬車で半日かけて海へ行く。


そう考えた途端、食材とは別のところで胸が鳴る。


「……日和?」


「あ、行きます」


「そうか」


「はい。行きたいです」


エリアスの表情がほんの少し緩んだ。


それを見た瞬間、また胸が跳ねる。


「……」


「どうした?」


「なんでもないです」


今日何度目だろう。


日和は誤魔化すように沿岸部の食材について質問し、エリアスもひとつずつ答えてくれる。海の魚、貝、塩、加工品、市場――聞けば聞くほど楽しみになってくる。


けれど、その楽しみの全部が食材のせいではないことに、日和はまだ気づかないふりをした。


久しぶりに会ったから、少し緊張しているだけ。


きっとそうだ。


「楽しみだなあ」


日和が呟くと、エリアスがこちらを見る。


「……そうか」


「はい」


「なら、よかった」


その小さな表情の変化に、また胸が鳴る。


日和はそっと視線を逸らした。


海へ行く日までには、もう少し普通に話せるようになっているといい。


そう思いながら、なぜ自分がこんなに緊張しているのかについては、考えないことにした。


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