第70話 これはデートだったようです
店の休みの日、日和は待ち合わせ場所へ向かっていた。いつもなら仕入れで歩いている道なのに、今日は妙に落ち着かない。
「……ちょっと早かったかな」
店でも仕事でもなく、ルカと2人で出かけるだけでこんなに違うものなのかと思いながら歩いていると、前から手を振る姿が見えた。
「日和!」
「ルカ。早いね」
「日和もね」
「待たせたら悪いと思って」
「俺も同じ」
顔を見合わせて笑うと、それだけで少し緊張がほどけた。
ルカが連れていってくれたのは、普段の仕入れではあまり通らない通りだった。小さな雑貨屋を覗いたり、露店で見慣れない果物を見つけたり、途中で焼き菓子を買って半分ずつ食べたりする。
「これ、お店で使えそうじゃない?」
「今日は仕入れじゃないって言ったでしょ」
「見ると考えちゃうんだよね」
「日和らしいけど。今日は店主じゃなくて、普通に楽しんでください」
「普通に楽しんでるよ」
「本当に?」
「本当」
嘘ではなかった。ルカといるのは楽しいし、話しやすくて沈黙しても気まずくない。こちらの知らない店や品物を教えてくれるのも面白く、昼を過ぎてからは川沿いを歩き、少し休んでまた話しているうちに、気づけば空が夕方の色に変わり始めていた。
「結構歩いたね」
「疲れた?」
「少し。でも楽しかった」
「よかった」
ルカが嬉しそうに笑い、日和も笑い返す。
ミレイユの言っていた通り、来てよかったと思う。ただ、確かに楽しかったのに、それが何の答えになるのかはまだ分からなかった。
「日和?」
「何?」
「また考え事?」
「してないよ」
「してた顔だった」
「今日はよく見てるね」
「今日は、じゃないけど」
「え?」
ルカは答えずに笑った。
帰る頃にはすっかり日が傾き、店へ戻る道を並んで歩いていると、不意にルカが足を止めた。
「日和」
「どうしたの?」
振り返ると、さっきまで笑っていたルカの顔が少しだけ真剣になっている。
「今日、誘ったのには理由があって」
「理由?」
「店とか仕入れとか、そういう理由がない日に日和と会いたかった」
日和は黙ってルカを見る。
「最初は面白い人だなって思ったんだよ。知らない料理を作るし、店を始めたばっかりなのに妙に落ち着いてるし」
「褒められてる?」
「褒めてる」
ルカは少し笑ってから、また日和を見る。
「でも会うたびに、もっと話したいって思うようになった。用事がなくても店に行きたいし、日和が笑ってたら嬉しいし、元気がなかったら気になる」
胸が小さく鳴った。何を言われようとしているのか、もう分かる。
「だから、俺、日和のことが好きです」
言葉が出なかった。驚いているはずなのに頭の中だけが妙に静かで、何か答えなければと思って口を開く。
「……ルカ、私――」
「今じゃなくていいよ」
ルカが先に止めた。
「今日言いたかっただけだから。ちゃんと考えてほしい、俺のことをどう思ってるのか」
「でも……」
「急がせて適当に返事される方が嫌だし」
「適当にはしないよ」
「知ってる。だから待つ」
その言い方がルカらしくて、日和は少しだけ肩の力を抜いた。
「……ありがとう」
「それ、返事じゃないよね?」
「違うよ」
「よかった」
「そこは確認するんだ」
「大事だから」
2人で笑ったものの、さっきまでとは何かが違っていた。
家の近くまで送ると言うルカを断り、日和は1人で歩く。少し考える時間が欲しかった。
好きだとはっきり言われた。ルカといるのは楽しいし、今日だって楽しかった。これからも会いたいと思う。
だったら、自分もルカのことが好きなのだろうか。
「……分からない」
ミレイユに言われた言葉が浮かぶ。
――もしかしたら、その間ずっと別の誰かのこと考えてるかもしれないしね。
今日は考えなかった。
少なくとも、ほとんど。
そこまで考えて、日和は眉を寄せた。ほとんど、という時点で駄目な気がする。
焼き菓子を食べたとき、エリオにも食べさせたらどんな顔をするだろうと思った。川沿いを歩いているときには、顔の怖い人の縁談の噂がふと頭をよぎった。
ルカと2人で出かけているのに、別の人のことを考えていた。それも2人。
「……最悪」
自分でも意味が分からない。
「ちゃんと考えないと……」
小さく呟きながら家へ続く角を曲がり、日和は足を止めた。
道の先に、背の高い男が立っている。
見覚えのある栗色の髪に、淡い緑色の目。
「……エリオさん?」
呼ぶと男がこちらを見た。一瞬だけ驚いた顔をして、それから少し笑う。
「ただいま戻りました」
1か月、毎日のように扉が開くたび、もしかしたらと思っていた人が目の前にいる。
胸の奥が大きく跳ね、考えるより先に日和の口元が緩んだ。
「……おかえりなさい」




