第65話 5皿目 ロールキャベツ
数日後、ガルドの右腕からようやく包帯が取れた。
「酒」
宵日和に入ってくるなりそう言ったガルドを、日和はカウンターの中から見る。
「怪我は?」
「治った」
「お医者さんは?」
「もういいってよ」
「じゃあ1杯だけ」
「なんでだよ」
「治ったばっかりだからです」
「治ったならいいだろ」
「じゃあ飲まなくても大丈夫ですね」
「……1杯でいい」
最初からそう言えばいいのにと思いながら、日和は酒を用意した。
今日は朝から、葉の大きな野菜を丸ごと茹でていた。
柔らかくなった外側の葉から1枚ずつ剥がし、厚い芯の部分を薄く削る。中に包むのはひき肉と細かく刻んだ火玉、それに香草。塩を加えて粘りが出るまで混ぜたら、葉の上にのせて端から丁寧に包んでいく。
それを鍋に隙間なく並べ、森茸から取っただしを注いでじっくり煮込んだ。
蓋を開けると、白い湯気と一緒に肉と森茸の香りが立ち上る。
「それ何だ?」
ガルドが鍋を見る。
「今日のおすすめです」
「肉か?」
「入ってますよ」
「じゃあそれ」
「中も見てないのに決めるんですか?」
「肉入ってんだろ」
「入ってますけど」
日和は苦笑しながら、大きな匙でロールキャベツをすくった。
深めの皿に置き、透き通ったスープをたっぷり注ぐ。仕上げに刻んだ香草を散らして、ガルドの前へ置いた。
「熱いので気をつけてくださいね」
ガルドがナイフを入れると、柔らかく煮えた葉はほとんど抵抗なく切れた。中から肉汁を含んだひき肉が顔を出し、スープに旨みがじわりと広がる。
一口食べたガルドが、小さく頷いた。
「うまい」
「よかったです」
「でも、なんでわざわざ葉っぱで包むんだ?」
「その方がお肉が崩れにくいんです。それに、煮てる間にお肉の旨みが外の葉やスープにも染みるので」
「包んでんのにか?」
「包んでても、全部閉じ込められるわけじゃないですから」
日和は鍋を覗きながら答える。
「中の味って、ちゃんと外にも出るんですよ」
「ふうん」
ガルドは特に興味もなさそうに、もう一口食べた。
そのとき、扉が開いた。
「こんばんは」
「ミレイユ、いらっしゃい」
日和が笑顔を向ける一方で、ガルドは無言で皿へ視線を落とした。
ミレイユも彼に気づき、ほんの少し足を止める。
「……いたんだ」
「悪いか」
「別に」
どうやら先日の喧嘩をまだ少し引きずっているらしい。
ミレイユはガルドから1つ空けた席に座った。
「私にもお酒」
「はい。これも食べる?」
日和が鍋の蓋を開ける。
「何それ?」
「ロールキャベツ。葉野菜でお肉を包んで煮たの」
「へえ。じゃあ、それも」
日和は同じものを皿によそった。
ミレイユはまずスープを一口飲み、目を細める。
「おいしい。優しい味だけど、ちゃんとお肉の味もする」
「中から旨みが出てるからね」
「中から?」
「そう。包んでても、味はちゃんと外に出るんだよ」
先ほどガルドにしたのと同じ説明をすると、ミレイユがナイフを止めた。
「……包んでても?」
「うん?」
「いや、なんでもない」
ミレイユはロールキャベツを切った。
柔らかな葉が開き、中に包まれていた肉が見える。口に運んでから、ちらりと隣を見る。
ガルドは黙々と食べていた。
「……ガルド」
「なんだ」
「この前のことなんだけど」
ガルドの手が止まった。
「まだ怒ってんのか」
「そうじゃない」
「じゃあなんだ」
ミレイユは少し黙ってから、皿の上のロールキャベツを見る。
「私があんたのこと気にするの、責任だけじゃないから」
ガルドが顔を上げた。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味」
「分かんねえ」
「少しは考えなさいよ」
「分かんねえから聞いてんだろ」
「そういうところが馬鹿なのよ」
「またそれか」
いつもの調子に戻りかけたミレイユが、ふと皿を見る。
切ったロールキャベツから肉汁が流れ出し、スープと混ざっていた。
「……さっき日和が言ってたでしょ」
「何を」
「包んでても、中の味は外に出るって」
「料理の話だろ」
「そうだけど」
ミレイユは少しだけ笑った。
「私も、出てるつもりだったのよ」
「……何が」
「だから、それを自分で考えなさいって言ってるの」
ガルドは眉を寄せる。
本当に分かっていない顔だった。
「昔の怪我のことを悪いと思ってるのは本当。でも、それだけなら、あんたがちゃんと食べてるかとか、お酒を飲みすぎてないかとか、仕事で怪我してないかとか、こんなに気にしてない」
「……」
「この前だって、怪我したって聞いた瞬間、昔のことなんて考えなかった。ただ、あんたが大丈夫なのかって、それしか考えられなかった」
ガルドは黙ったまま、皿へ視線を落とした。
しばらくして、残っていたロールキャベツを切る。
「……これ」
「何?」
「確かに、外まで肉の味するな」
「今その話する?」
「うるせえ」
ガルドはスープを一口飲んだ。
「俺は、こういうの分かんねえんだよ」
「何が?」
「どこまでが責任で、どこからが違うのか」
ミレイユが黙る。
「お前が俺のこと気にすんのも、ずっと昔のこと引きずってるからだと思ってた」
「だから違うって言ってるでしょ」
「ああ」
ガルドは珍しく素直に頷いた。
「……今は、そうなんだろうなって思ってる」
ミレイユが目を瞬く。
ガルドは皿を見たまま続ける。
「俺も、お前のこと気にしてんのは、昔の部下だからってだけじゃねえ」
「じゃあ、何?」
「……知らねえ」
「は?」
「そこまで分かるか」
「あとちょっとじゃない!」
「何がだよ」
「もう!」
日和は思わず笑いそうになり、鍋へ顔を向けた。
あと少しなのは、日和にも分かる。
けれど、それを言うのは違う気がした。
少しして、ガルドがぽつりと言う。
「ただ、お前が怪我すんのは嫌だった」
ミレイユが顔を上げる。
「傭兵やってた頃も、今もだ。あのとき庇ったことも後悔してねえし、それで傭兵辞めたことをお前のせいだと思ったこともない」
「ガルド……」
「だから、いつまでも責任感じんな」
ガルドはそこで言葉を切った。
「俺がお前を庇ったのも、部下だったからだけじゃねえ」
今度こそ、ミレイユが何も言わなくなった。
しばらくして、少しだけ頬を緩める。
「……そっか」
「なんだよ」
「別に」
「気持ち悪いな」
「なんでよ!」
「急に笑うからだろ」
「もうちょっと言い方ないの?」
また始まった。
けれど、さっきまでとは少し違う。
ミレイユは残っていたロールキャベツを口に運び、スープまできれいに飲み干した。
「日和」
「はい?」
ガルドが空になった皿を差し出す。
「これ、もう1つあるか?」
「ありますよ」
「私も」
ミレイユも皿を差し出した。
「気に入ってくれた?」
「うん。私、これ好き」
「俺も」
ミレイユが隣を見る。
「珍しく意見合ったわね」
「食いもんくらい合うだろ」
「そうね」
今度は喧嘩にならなかった。
日和は鍋から2つのロールキャベツを取り出す。
じっくり煮込んだ葉には、中に包んだ肉の旨みが染み込んでいた。スープにもその味が溶けていて、もうどこまでが中の味で、どこからが外の味なのかは分からない。
2人の前へ皿を置く。
「お待たせしました」
「ありがと」
「おう」
言えなかったことを全部言えたわけでも、2人の関係に名前がついたわけでもない。
それでも今日は、ずっと包んでいたものが少しだけ外へ出た。
きっかけになったのが自分の料理なら、それは少し嬉しい。
日和は空になった鍋を見て、そっと笑った。




